第109話 大統領の相談事

 ドラゴンの少女達が紅茶とクッキーをあまりにも美味しそうに食べるので、気をよくした大統領は彼女達におかわりを用意しつつ、紅茶の産地や美味しい淹れ方、クッキーの銘柄等について楽しげに講釈を垂れていた。そしてクリムとクリムゾンの母娘は追加のクッキーを食べつつ、時折相槌を打ちながら彼の長話に付き合っていた。と言っても相槌を返していたのはクリムのみであり、クリムゾンは黙って食事を続けていたのだが、彼には2人の関係性は伝えていなかったし、外見年齢で判断するならば母の方が幼い容姿であったため、男が彼女達の母娘逆転したような態度を訝しむ事はなかった。


 大きなソファーに腰かけて紅茶トークに花を咲かせる3人の様子を、しばらく静観していたセイランだったが、男がなかなか本題に移らないので声を掛ける事にした。

「ところで相談が有ったんじゃないのかい?」

 男はすっかり和んでしまい当初の目的を忘れかけていたが、彼女の言葉にはっとして現実に引き戻された。

「失礼、肝心の話を忘れておりましたな。それではお嬢さん方、名残惜しいですが紅茶会談はこのくらいにしておきましょう。私はセイランさんと大事なお話がありますので、あなた方はどうぞ引き続きティータイムを楽しんでください。」

 会談と言っても彼が一方的に語り倒していただけの独演会であったが、当人同士が満足しているならばそれはそれで良好な関係と言えるだろう。そして男はまだ話足りないと言った顔をしていたが、クリムゾンは気にすることなく食事を続行していた。

「いえ、私もあなたの相談事に興味が有るので一緒に聞かせてもらいます。」

 ソファーから立ち上がる男に対してクリムは言った。

「そうですか。ではこちらにどうぞ。」

 男はセイランが座っているテーブル席に移動すると、セイランとサテラが並んで座っている隣の椅子を引いてそこに着席するよう促した。

「クリムゾンはどうしますか?一緒に話を聞きますか?」

 クリムはテーブルへと移動しながら母に確認した。

「ぼくはいいや。ここでそれとなく聞いておくよ。」

 クリムゾンはやはり食事する手を止める事なく娘に答えた。

「分かりました。スフィーはどうします?」

 話にこそ絡んでいなかったが、クリム達が座っていたソファー席に実はずっと一緒に居たスフィーにもクリムは声を掛けた。

「そうですね。迷惑でなければ私も参加させてもらいましょうか。」

「もちろん迷惑などと言う事はありませんよ。実は今回ご相談させていただく話なのですが、図らずもみなさんにも無関係と言うわけではないのです。ともすれば協力をお願いするかもしれませんので、どうぞこちらへ。」

 男はクリムが着席したさらに隣の椅子を引いてスフィーを招いた。

「よくわかりませんが、そう言う事なら遠慮なく失礼しますね。」

 スフィーが着席すると、男は彼女達の対面へと移動し席に着いた。

 

「さて、それでは件の相談事について話させていただきます。まずはこちらの資料をご覧ください。」

 男はテーブル上に予め用意されていた紙の資料を広げて見せた。

 資料はいくつかの綴りに分けられており、表紙には少女の写真が大きく掲げられ、その下には写真の少女の物と思われる名前が添えられていた。各々の資料にはすべて別の少女が写っており、その誰もがかなり幼い亜人族であった。そしてクリム達が資料をめくると、次のページ以降には表紙と同じ少女の別の写真が何枚も綴じられていた。

「なんですかこれ?盗撮ですか?」

 突然出された資料に目を通しながらクリムは思った事をそのまま言った。

「失礼、話が急に過ぎましたね。順を追って説明いたしましょう。」

 人の事をいきなり盗撮犯扱いしてむしろ失礼なのはクリムの方だったが、男は自身の説明不足を詫び、さらに話を続けた。

「実は写真の少女達は全員がここ数日の内に行方不明となった者達なのです。しかも御覧のとおり行方不明となったのは亜人族の少女ばかりでして、さらに彼女達の共通点として外国から訪れていた旅行客のご息女ばかりなのです。」

「行方不明?それは国内での話かい?」

 セイランが怪訝な表情を浮かべながら聞いた。

「はい。行方不明となった少女達の親族の話によりますと、どの少女もヤパ国内で家族そろって観光していた所、少し目を離したすきに姿をくらましたと聞いています。」

「ふーん。見たところ少女達はみんな別種族だね。それにみんなかなり幼い。となれば彼女達が示し合せて家出したという線は無いだろうね。彼女達が知り合いであればまた違ってくるけれど、彼女達に繋がりが有るとは思えないしね。」

 セイランは資料と男の話から一旦状況を整理し、一つの仮説を提示するとともにすぐに否定した。

「はい。私もあるいはイタズラの線もあるかと考え行方不明者のご家族に他の少女の写真を見てもらったのですが、みなさんまったく見覚えが無いとおっしゃっていましたから、お友達同士ではない様ですね。」

「だろうね。となると第三者が介在した誘拐事件と見るのが妥当だね。あなたの口ぶりからすると誘拐事件と断ずるだけの証拠は無いようだけど、家族から相談を受けている以上は捜索はしているんだろう?何か手掛かりは見つかってないのかい?」

「はい、残念ながら何も。国内は国軍と駐在傭兵を動員して隈なく探していますし、複数の魔導士に依頼して魔法による探索も実施したのですが、こちらも成果はありませんでした。」

「つまり国外に連れ去られた可能性が高いって事だね。うーん、そいつは妙だね。」

 セイランは難しい顔をしながら腕を組んで唸った。

「何が妙なんですか?誘拐事件なら発覚しやすい国内に留まらず、国外に連れ去るのは普通だと思いますけど。」

 クリムはセイランの意図が読めなかったため確認した。

「ああ、私が妙だと言ったのは少女達を国外に連れ出すに当たって記録が残っていない事についてだよ。」

「と言うと?」

「ヤパに限らないけど、人が住む町や集落の周りには魔導機による結界が張られていて、関所以外から不正に国境を越えようとする者が居れば分かるようになっているんだ。当然関所を通って正規のルートを利用しても記録は残るし、仮に国外に連れ出されているなら何も手掛かりがないのはおかしいのさ。」

「なるほど。つまり今この国で起きている亜人少女連続誘拐事件は、不可能犯罪と言う事ですね。」

「そうなるね。まぁ抜け道が無いわけじゃないけど、人類が犯人だと仮定した場合ね。」

 クリムは無駄にいい顔で物々しい単語を並べ事件の深刻さを表現したのだが、セイランはさらっと流して事件の考察を続けていた。


 クリムはこれまでの話を頭の中で整理して疑問に思った事が有ったのだが、セイランは資料を精査し始めていたので、邪魔をしては悪いと思い大統領に確認する事にした。

「ところで今回の事件、あなたはなぜ誘拐事件だと思っているのですか?こう言ったらなんですが、彼女達が既に亡くなっている可能性はありませんか?仮に誘拐ではなく殺人事件であった場合、すでに死体が処理されていたならば少女達が国外に出ていなくても発見できないですよね。」

 それは最悪の事態を想定した話であるが、実現不可能な誘拐事件よりは現実味のある仮定であり、考慮しないわけにはいかない可能性の1つなのだ。

「いえ、それはありません。実は資料の2ページ目以降の写真は恐らく犯人から送られてきた物なのですが、写真には遊んだり食事している少女の姿に加え行方不明になった日以降の新聞が一緒に写されていまして、彼女達がまだ生存している事を示す証拠となっているのです。」

「犯人から送られてきたと言うなら、発送元を調べられないのですか?それに写真の背景から撮影場所を絞れそうにも思いますが。」

「いえ、残念ながら犯人に繋がる様な情報は今のところ得られていません。写真は今回の行方不明者捜索用に立ち上げた捜査本部に知らぬ間に置かれていたのですが、いつ誰が置いたのかまったく不明でして。しかも犯人からはなんの要求もされておりませんし、一体何が目的なのやら。」

 男はお手上げと言った様相で首を横に振った。

「その捜査本部と言うのは誰でも入れる様な場所にあるんですか?」

「いえ、基本的には政府関係者しか立ち入りできない庁舎内にあります。」

「うん?それってつまり・・・?」

「はい。もうお分かりの事と思いますが、恐らく政府関係者の中に誘拐事件の首謀者あるいは協力者がいるのです。この事が青龍会に秘密裏に助けを求めた理由でもありまして、こうなってはもはや我々だけで事件を解決するのは不可能なのです。下手に動けば誘拐された少女達に危害が及ぶかもしれませんし、こちらの動向は犯人に筒抜けになっている可能性が高いので、表立って外部に協力を仰ぐこともできなかったのです。また政府関係者であれば結界や関所の管理に携わる者も居ますから、記録を残さずにそれらの関門を通過する手段を持っている可能性はありますし、そうなると前提条件が崩れて不可能犯罪ではなくなるのです。」

「なるほど。しかし犯人の目的は何なんでしょう?」

 クリムが大統領と同じ疑問に行きついたところで、ちょうどセイランが資料の精査を終えて顔を上げた。

「資料を見直してみたんだけど、彼女達の種族に関して不可解な所があるね。エルフにノーム、ハルピュイア、そしてセイレーン等々、どの子も個体数が少なく珍しい種族ばかりだ。さらに言えば単一種族で国を形成していて、他種族に対して少し排他的な傾向が有る種族達だね。偶然と言うには共通項がはっきりしているし、誘拐された少女達の人選には作為的な物を感じるね。明確な理由は分からないけど、少なくとも無差別に攫ったわけではないね。」

「言われてみれば、あまり見かけない種族の子達ばかりですね。」

 男はそう言うと改めて資料を見返し、ハッとした様子で言葉を続けた。

「すっかり失念していましたが、彼女達は私が主導している人間と亜人種の国際交流事業の一環でお招きした種族の方達ですね。観光誘致に関しては秘書に任せていましたから実情は把握していませんが、エルフやノームは彼らの自治領からほとんど出ない事で有名ですし、わざわざ観光に来ているのは、恐らくこちらからの招待に応じてくれたからでしょう。何はともあれ、ご本人たちに確認するのが一番早いですな。」

「そうだね。当事者の話は私も聞いておきたいから同行するよ。あまり大人数で行っても仕方ないし、あなた達はひとまず自由にしていていいよ。何かあれば協力をお願いすると思うけど、その時はよろしく。」

 クリムもスフィーも元々そのつもりではあったが、まだ協力するとは言っていないのにいつのまにかセイランの仕事に協力するのは決定事項となっているのだった。

「分かりました。私もできるだけの事はやらせてもらいますが、先述の通りあまり大きくは動けませんので、どうぞよろしくお願いいたします。」

 男は深々と頭を下げ、セイランに改めて事件解決への協力を依頼したのだった。


「ところでみなさん宿泊する宿は決めていますかな?」

 話がまとまったところで、男はテーブルを立ち上がりながらおもむろに質問した。

「いえ、港であなたと会ってここに直行しましたから、まだ何も決まっていませんよ。」

 クリムが答えた。

「それでしたら、よろしければこの隠れ家を自由にお使いください。ここには一応来客用の寝具が備え付けてありますし、一通りキッチン・風呂トイレ・家具類も揃っていまから、素泊まりの宿よりは快適であると思いますよ。もちろん備蓄してある食料もご自由に利用してください。それと他にも何か必要な物が有れば言ってください。直接的に動けない分、できる限りのバックアップはさせていただきますので。」

 男は隠れ家のスペアキーを取り出すとセイランに手渡した。

「そう言う事なら遠慮せずに使わせてもらおうか。私とサテラはここに泊まろうと思うけど、あなた達もそれでいい?」

「そうですね。断る理由はありませんし、私達もご一緒させてもらいましょうか。」

 クリムは一応クリムゾンに目配せして確認した。

「クリムに任せるよ。」

 クリムゾンは相変わらずクッキーを齧っていたが、話はすべて聞いていたのですぐに答えた。

「と言う事なので、私達も泊まらせてもらいますね。」

「よし。決まりだね。それじゃ私達は行ってくるよ。また後でね。」

 セイランは大統領に連れられて隠れ家から出て行った。


「さて、私達はどうしましょう。誘拐事件については勝手に動くわけにもいきませんしひとまず置いておいて、先に決めていた世界闘技大祭グラディアルフェスタへの参加申請に行ってきましょうか。」

 セイランを見送ってからクリムはサテラに聞いた。

「そうですね。一刻も早く少女達の救出に向かいたい気持ちではありますが、手掛かりも何もありませんし、ここで慌てても仕方ありませんよね。」

 サテラは誘拐された少女達を酷く気に掛けていたが、現状彼女にできる事が無いのは理解していたので、自分に言い聞かせる様にそう言った。

 仮に彼女が1人でこの事件に出くわしていたなら、当てもなく捜索に飛び出していた事だろう。それもまた経験ではあるが、事件解決を真に目指すのならば、はやる気持ちは抑えより確度の高い情報を得てから行動を起こすべきなのだ。

「そろそろシュリとアクアも戻って来るみたいですし、みんな揃ってから出かけましょう。」

 クリムは魔力感知により2人の行動を監視していたので、彼女達が隠れ家探検を終えて広間へと戻ってくるのを察知していたのだ。

「はい。」

 サテラは誘拐事件の話を聞いても全く動じる様子のないクリムを見て、思わず浮足立っていた自分を戒めるのだった。

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