第108話 紅茶とクッキー

 ヤパ共和国の大統領から秘密の相談を受けるために彼の隠れ家に訪れたセイラン並びにクリムゾンの一行は、大統領自ら淹れた紅茶とお茶請けのクッキーで一息入れていた。

 紅茶は苦みの強い茶葉を用いたストレートティーであったが、バターがたっぷり練り込まれたサクサクの甘いクッキーとはとても相性がよく、単品では若干くどすぎる味の二つの品物だが、それらが合わさる事でお互いを引き立てる相乗効果を発揮していた。

「あら、たしかにお茶とよく合っていてとても美味しいですね。あの子達にも取っておいてあげましょうかね。」

 クリムは自分の分のクッキーを1枚食べて味を確認したので、残りは家の中の探検に行ってしまったシュリとアクアに残しておこうと考えたのだ。

「クッキーはたくさんありますから、ご自身の分はどうぞ遠慮なくお召し上がりください。おふたりの分は彼女達が探検から戻ってきたら改めて用意しましょう。お茶が冷めてしまっては美味しくありませんからな。」

 男はティーカップを片手に紅茶の匂いを楽しみながらクリムに提案した。

「ありがとうございます。それなら遠慮なくいただきますね。」

 クリムは厚意を無碍にするのも悪いと思い素直に彼の提案に従う事にした。


 残りのクッキーに手を伸ばしながらクリムはふとクリムゾンの方に目を向けた。すると彼女は実に美味しそうにクッキーを頬張っていたのだった。

「クッキーが気に入ったみたいですねクリムゾン。でも紅茶と一緒に食べた方がより美味しくなると思いますよ。」

 クリムはクッキーだけをパクパクと食べていた母に、より美味しい食べ方を提案したのだ。

「分かった。」

 クリムゾンは先に紅茶だけを飲んだところ、香りは良いが味に関しては苦いばかりであまり美味しくないと思ったため放置していた。しかし娘の提案に従いクッキーと共に飲んでみる事にした。彼女はまずクッキーをひと齧りしてサクサクと噛み砕き、口内が砂糖の甘味とバターの芳醇な香りで満たされたところに紅茶を一口すっと飲んだ。すると先ほど感じた紅茶の苦みは砂糖の甘味とバターの脂質によって緩和され、すっきりとした味わいへと変化したのだった。また紅茶によって口内環境がリセットされた事により、クッキーの次の一口はそれを初めて口にした時と同様の新鮮な甘みと香りへと昇華しているのだった。

「うん、美味しい。」

 クリムゾンは複雑な味の変化をたったの一言で言い表した。それはよく言えば千の言葉を並べ立てるよりも遥かに分かりやすい評価であったが、実のところ食事経験の乏しい彼女は感じた味の変化を言い表す言葉を知らなかっただけである。

「よかったですね。」

 感動の言葉こそ少ないものの、クリムゾンは今までにない満面の笑みを見せていたのでクリムも釣られて笑顔になっていた。

「そこまで喜んでいただけるとこちらもうれしくなりますな。どうぞおかわりもありますので、好きなだけ召し上がってください。」

 クリムゾンの無邪気な笑顔に、お茶を用意した男もほんわかとした温かい気持ちになり、相談事など忘れて一時の休息を楽しんでいた。


 クリムゾンは見た目こそ幼い少女であるし、その精神もまた幼いのだが、実年齢で言えば中年の男の数千倍の時を生きている。クリムは男が何を思い感じているのか大体分かっていたので、クリムゾンの容姿や言動は半分詐欺みたいだなと内心思うのだった。

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