第107話 大統領のお願い
―――魔王達がヤパ共和国へ入国しようと関所を訪れていたその頃、クリムゾン一行もまたヤパの港にあるアラヌイ商会のドックへと入港していた。
交易船の護衛任務は入港した時点でお役御免となったため、クリム達と四大龍セイラン、そして龍の巫女サテラは、一時旅を共にした船乗り達と別れの挨拶を交わして船を降りた。
「それではみなさんよい旅を。」
タラップを降りたクリム達に船長が声を掛けた。
「はーい、みなさんもお達者でー。」
クリムが代表して返事すると、船乗り達は一時荷下ろしの手を止め、クリム達に手を振って応えた。その後船長が手を上げて合図をすると、船乗り達は再び慌ただしく荷下ろしを再開した。
クリム達と船乗り達はほとんど会話すら交わして居なかったのだが、サテラとクリム達が襲撃者を撃退している様子を遠巻きに見ていた船乗り達は彼女達に守られた実感があったのだ。まぁその件の襲撃者と言うのはクリムゾン陣営の仲間の1人であるシュリを狙ってやってきた深海鮫のマナゾーであるため、半ばマッチポンプ的な撃退劇だったのだが、それは船乗り達のあずかり知らぬ所である。
初めての船旅を経験したセイラン以外の者達は、船を降りても波に揺られる感覚が治まらず足元がおぼつかなかったので、荷下ろしの邪魔にならない広場へと移動してしばらくのんびりしていた。
そんな折、セイランの元にゆったりとした足取りで近寄る小太りの男がいた。
「どーもどーもセイランさん、ご無沙汰しております。ようこそおいでくださいました。」
「やぁ久しぶりだね。」
男はセイランの前で立ち止まると仰々しい挨拶をしたが、セイランは普通に返事をした。
「お知合いの方ですか?どちら様で?」
クリムがセイランに聞いた。
「ああ、彼はこの国の大統領だよ。」
「大統領と言う事は最高権力者ですか?あなたやっぱり顔が広いんですね。」
「まぁね。」
クリムはすでに薄々勘づいてはいたが、セイランがこの国に強い影響力を持っている事を改めて確信した。
そんな事とは露知らず、セイランは大統領との会話を続けた。
「そちらのお嬢さん方はどちら様で?」
今度は男の方がクリム達の姿を見て、その素性をセイランに聞いたのだ。
「彼女達はまぁ詳細は省くけど、簡潔に言えば私の親族とその仲間達だね。それとこっちの子は龍の巫女のサテラだよ。」
「おお、セイランさんのご家族の方でしたか。察するに深く詮索しない方がよろしいですかな?」
「そうだね。そうしてもらった方がいいね。」
「分かりました。ともあれみなさん、ようこそヤパ共和国へ。」
男はクリム達を引き連れているセイランの事情こそ分からなかったが、彼女の親族であれば問題は起こさないだろうと信用したのだった。
「ところで、あなたが港まで来るなんて珍しいね。何か用事かい?」
「ええ、実は青龍会の方を待っていたのです。まさか幹部であるあなたが来てくださるとは思いませんでしたが。」
「その口ぶりからすると、うちの船の寄港予定日を早める様に仕向けたのはあなたなのかな?」
「はい。実は青龍会の方に秘密裏にお願いしたいことが有りまして、本来であれば正規の方法で依頼を出すべきところですが、騙すような形でお呼び立てしたことをまずは謝罪します。申し訳ありませんでした。」
男は言葉と共に深くお辞儀をした。
「よく分からないけど事情があるなら仕方ないさ。それでそのお願いってのはなんだい?」
「ここでは人目に付きますので、私の隠れ家でご相談させていただきたいのですが、よろしいですかな?」
「それは構わないけど、この子達も同行して大丈夫かい?」
セイランはクリム達の方に目を向けつつ男に尋ねた。
「はい。セイランさんのご家族と言う事であれば問題ないでしょう。」
「と言う事で、あなた達にも一緒に来て欲しいんだけどいいかな?」
セイランは1人でさっさと話を進めていたが、クリム達に一応確認した。
「急ぎの用事はないのでこちらは大丈夫ですよ。」
クリムが代表して答えた。
「うん、ならよかった。それじゃ行こうか。」
「はい。ご案内しますので付いて来てください。」
男は周囲を注意深く見回してから歩き始めた。
「どうかしたのかい?」
セイランは男の様子が気になり声を掛けた。
「ええ、先ほどのお願いに関わる事なのですが、誰かに後を付けられていると困るので少々警戒しているのです。」
「そう言う事か。私達なら誰か付けてきても魔力感知ですぐに分かるから気にしなくて大丈夫だよ。」
「おお、それは心強い。よろしくお願いしますぞ。」
男はセイランの言葉を聞いて安心し、その足取りは若干軽くなるのだった。
男に連れられて港のドックを後にし、市街地を歩く一行だったが、翼や尻尾、角を生やしている彼女達の姿は、やはり少しばかり目立っていたので人目を集めていた。ヤパには亜人種がたくさん住んでいるため、鳥人や
そして幸か不幸か、彼女達が目立っていたため、先頭を歩く大統領の姿は誰も気にしていなかった。
市街地を抜け建物がまばらになった郊外へと歩みを進めると、男は一軒の古びた小さな家の前で立ち止まった。
「ここが私の隠れ家です。どうぞお入りください。」
男は扉の鍵を開けるとセイラン達を招き入れた。
「では遠慮なくお邪魔するわね。」
セイランは1人さっさと家の中に入っていった。
「私達も行きましょう。お邪魔します。」「お邪魔するっすー。」
クリムがセイランに続いて家に入ると、さらにそれに続いて他の者達も家の中へと入っていった。
そして最後に残った男は一応周囲を見渡して誰もいない事を確認してから家に入り扉に施錠した。
家に入った一行は玄関を抜けて広間へと集まっていた。
古びた家の外観とは打って変わり、屋内は新築の様にきれいだったのでクリムは少し驚いていたが、権力者の隠れ家であれば目立たない様に外観を擬装していてもおかしくはないかと納得した。
「お待たせしてすみませんみなさん、どうぞ好きな席に掛けて楽にしてください。」
遅れてやってきた男は広間で立ったまま待っていたセイラン達に謝意を述べた。
家主の許可を得て各々ソファーやテーブル席へと腰を落ち着かせたクリム達だったが、シュリとアクアはがさがさと部屋の中を見て回っていた。
「勝手に触ったらダメですよ2人とも。」
クリムは落ち着きのない2人に注意した。
「この隠れ家は私の個人的な休養スペースでして、大したものは無いので好きに遊んで貰って大丈夫ですよ。」
「そうですか?すみませんね。」
「許しが出たから探検に行くっすよ。」「おー!」
クリムは別に許しを出した覚えは無かったが、シュリとアクアはあっという間に家の奥へと駆け出して行ってしまった。クリムは2人を追いかけようかとも思ったが、交易船の船内探検の際には2人とも物を壊したりはしなかったので、今回は信用して2人だけで行かせることにした。とは言ってもクリムは椅子に座ったままでも魔力感知によって彼女達の動向は常時監視できるのだが、それは彼女達を心配しての事であり、信用しているのもまた事実である。
それにクリムは大統領の秘密裏のお願いという物にも興味が有ったので、この場に留まり話を聞いておきたかったのだ。
「さて、さっそくご相談と行きたいところですが、歩いて喉が渇いた事でしょうしまずはお茶でも淹れましょう。みなさん紅茶でよろしいですかな?」
男は周囲を警戒して気を張っていたため緊張から喉が渇いていたので、客人を気遣ったのも事実だが、何より自分が一息入れたかったのだった。
「ありがとう。私は紅茶をいただくよ。みんなもそれでいいかい?」
セイランが問いかけると他の者は一様に頷いた。実はクリムゾンは紅茶がなんなのか分かっていなかったが、雰囲気に流されて適当に頷いていたのだった。
「みなさん紅茶でよいみたいですな。それならせっかくですから、お茶うけにお菓子も用意いたしましょう。紅茶に合う美味しいクッキーが手に入ったのです。すぐ用意いたしますので、少々お待ちください。」
男は言うが早いかキッチンの方へと浮かれた足取りで歩いて行った。
残されたクリム達はやる事も無いので大人しく男の帰りを待つのだった。
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