第106話 入国審査その2 魔族式審査抜けの裏技
魔王達が関所の中へと足を踏み入れると、間もなく夕暮れに差し掛かろうかという時間であったこともあり、屋内には魔王達を除けば関所に駐留している職員のみが居る状態であった。
魔王が建物内部の状況を確認しようと見渡すと、部屋の中央には小さな門が待ち構えていた。室内に存在する門と言う違和感に魔王は一時目を奪われた。
「なにあれ?」
魔王がチャットに聞いた。
「あれは身体検査する魔導機だにゃ。あの門を通ると荷物の中に危険物が無いか分かるのにゃ。」
チャットが答えた。
「なるほど。私達はほとんど手ぶらだから問題ないね。」
魔王は納得すると身体検査用の門へと歩みを進めた。
門の脇には警棒を腰に差した強面の警備兵が立っており、門へと向かってくる魔王達に笑顔で応対した。中身はともかく見た目は幼い少女である魔王を見た警備兵は、怖がらせない様にと気を遣ったのである。
「ようこそヤパ共和国へ。どうぞ1人ずつ門を通過してください。」
魔王達は警備兵に言われるがままに1人ずつ門を通過した。
魔王があらかじめ確認した通り、彼女達は着替え用の衣服くらいしか持っていないので、当然門は無反応だった。
ところで警備兵は若い女1人に幼い少女3人と言う偏った編成の来訪者に違和感を覚えていたのだが、魔導機によって検出されたチャットの強力な魔力を見て、彼女が護衛役なのだなと納得していた。獣人族には様々な種族が存在するが、その中には大人になっても人間の子供の様な容姿をしている者も居るので、彼はチャットがそう言った種族なのだと考えたのだ。ちなみに他の3人はフェミナの魔法によって魔力を弱く、しかも人間の魔力の波長に似せて擬装していたため、特に怪しまれることなく旅行者だと思われていた。
「はい結構です。それではよい旅を。」
男は魔王・フェミナ・シャイタンの3人が通り過ぎた後、最後に付いて歩いていたチャットに対して笑顔を向け手をさっと上げて会釈した。彼は国に雇われた傭兵であったため、同じく護衛のためにに雇われている傭兵だと推定したチャットに対して、同業のよしみで挨拶したのだ。
「お疲れさんだにゃー。」
チャットは警備兵の意図が分からなかったので馴れ馴れしい男だなと思いつつも、無視するのも悪いかと愛想を付けて返事をした。
魔王達が身体検査を済ませると、その先には入出国管理局と書かれた立て看板が掛けられたカウンターが設けられていた。そしてカウンターにはいかにもお堅そうな、目つきの鋭いメガネの女性が座っていた。
魔王が先頭を歩きカウンターの前へと進み出た。
「ようこそヤパ共和国へ。こちらは入出国管理局のカウンターです。IDカードをご提示ください。」
女性はその見た目通り生真面目であったため、子供の姿の魔王が相手でもきっちり定型的な対応をした。
「私達はルインズオブルインからの旅行客にゃんだけど、私以外は国を出るのが初めてだからIDカードを持っていないにゃ。だからIDカード作成をお願いするにゃ。」
チャットは輪っか状に結んだ紐に指輪型のIDカードを括り付けて首に掛けていたので、その指輪を女性に差しだした。
女性はチャットの指輪にIDカード情報を読み取る魔導機をかざしながら応対を続けた。
「承知しました。それではまずそちらのテーブルで書類に必要事項を記入していただきます。それが済みましたら再度こちらにお越しいただき、書類を提出してください。」
女性はカウンターの下から3枚の書類を取り出し1人1人に手渡すと、カウンター脇にあるいくつかのテーブル席で記入するようにと身振りで指示した。
「わかったにゃー。」
魔王達はチャットに連れられて女性が指示したテーブルへと向かった。
魔王達はカウンターから一番離れた4人掛けのテーブルを選ぶと、2人ずつ向かい合って席に着いた。
「それじゃフミナ頼むにゃ。」
「了解よ。」
チャットの合図を受けてフェミナはテーブルの周囲に魔法で結界を張った。それは内部からの音を遮り、外部からの音は通す特性を持つ遮音の結界であった。魔王達は書類の記入に当たってチャットから説明を聞く必要があったが、魔族であると怪しまれる様な会話を聞かれては困るので取られた措置だ。カウンターから遠い席を選んだのは、受付の女性に魔王達の会話が聞こえなくても不自然ではない様にするためである。
結界が張られたのを確認し、魔王達は早速書類への記入を始めた。
「それじゃ上から順番に行くにゃ。まずは自分の名前を書くにゃ。もちろん本名じゃなくて偽名の方だにゃ。」
シャイタンの隣に座ったチャットは、シャイタンの書類を覗き込みながら3人に指示を出した。チャットは3人の記名欄をチェックし間違いない事を確認してから続けた。
「次は所属国の記入だにゃ。そこにはルインズオブルインと書くにゃ。」
「さっき受付でも言っていましたけど、そのルインズなんとかってなんなんですか?」
チャットが特に説明もなく出した単語に聞き覚えのなかったシャイタンは質問した。
「ルインズオブルインは旧魔王領にできた国の名前だにゃ。旧魔王領は聖女の襲撃を受けた際に放棄したのはシイタも知ってるにゃ?」
「はい、それは学校で習いましたね。魔王領を追われた魔族はその後最果ての島に移住したんですよね。」
「そうだにゃ。学校では教えてないみたいだけど、魔族が排除された旧魔王領には人間達が住み着いたのにゃ。その後なんやかんやあって人間社会に擬態して潜んでいた
「旧魔王領はそんな事になっていたんですね。どうして学校では教えないんですか?」
「私は学校の事は詳しく知らないにゃ。学校で何を教えるかはシェンとカドルが決めていたからにゃ。大方シイタみたいに島で生まれ育った新しい世代の魔族達が、島の外の世界に興味を持たない様にとか、そんなところだと思うにゃ。」
「なるほど。たしかに島の外にも魔族達が住む国が有ると知ったら、そこに行ってみたいと思う者は居そうですね。」
「そうだにゃー。魔王様を直接知っていて恩義を感じている古い世代の魔族達はともかく、新世代の子達は私達魔王軍幹部の命令に従う義理がないからにゃー。まぁ情報を秘匿したところで好奇心から島を抜け出す者は少なからず居るし、私は教えてもいいと思ってるけどにゃ。」
シャイタンは島を守る
魔王もまた封印されていた間の事情は知らなかったので、チャットの話に真剣に耳を傾けていたが、そこで1つの疑問が浮かんだ。
「魔族達が住んでいる国が有るならそこに向かえばいい気がするけど、どうしてこの国に最初に来たの?」
「ルインズはアサギが言っていた様に人民ネットに加盟していないからにゃ。これから旅をする上でIDカードを作っておきたかったから、まずは最果ての島から最寄りの大陸にあって、隠れ魔族も住んでいるヤパに来たのにゃ。」
ルインズオブルインだと長いので通常会話の中では略称のルインズで呼ばれる。
「その人民ネットってのは何なの?」
「簡単に言えば個人情報がまとめられた名簿帳だにゃ。」
「ふーん。そんな物作ってなんの意味があるの?」
「人間は魔族と違って数が多いし寿命が短いからにゃ。まとめて管理しておかないとどこの誰だか分からなくなってしまうのにゃ。その情報をまとめたのが人民ネットだにゃ。」
「それじゃIDカードって言うのは?」
「IDカードは国家間を移動する際に身分証として使うにゃ。」
チャットは首に掛けた指輪を魔王に見せながら言った。
「うん、さっき何かやってたね。」
「そうだにゃ。さっき受付では魔導機を使ってあっという間に私の個人情報を照会していたけど、いちいち口頭で身元確認したり裏を取る必要がなくなるから、時間も人手も減らせるのにゃ。」
「そっか。今はすいてるみたいだけど入出国する人がたくさん居たら、いちいち1人ずつ身元確認なんてできないね。その辺の面倒な処理を簡略化するために作られた物なんだね。」
「とりあえずはその認識で問題ないにゃ。IDカードには他にも用途が有るけどそれはまた実際使う時に説明するから、今は記入を進めるにゃ。」
色々と疑問が湧いてきて手が止まっていた魔王だが、チャットに促されて書類の記入を再開した。
「あと必要なのは職業と家族関係だにゃ。他にも任意で記入する項目があるけど、気にしなくていいにゃ。職業欄にはサヤちゃんとシイタは学生で、フミナは魔導士って事にしておくにゃ。」
チャットは元々フェミナの職業を学校教師にでもするつもりでいたのだが、格闘家のゴウがフェミナの魔法を見て大魔導士だと勘違いしたのを逆手に取り、いっその事本当に魔導士とした方が誤魔化しが効きやすいと考えたのだ。
「家族構成はサヤちゃんとフミナさんを姉妹として記入すればいいわけですね。」
シャイタンがチャットに確認した。
「それでいいにゃ。」
「了解です。」
チャットの指示に従い魔王達はすべての必要事項を記入し終えた。その後チャットは全員の書類に目を通し問題がない事をチェックした。
「よし!大丈夫だにゃ。それじゃあ提出しに行くにゃ。」
話し合いが終わったのでフェミナは遮音の結界魔法を解除し、4人は揃って再びカウンターへと向かった。
カウンターに戻った魔王達は受付の女性に書類をまとめて提出した。
「記入が終わったから登録をお願いするにゃ。」
「はい承りました。内容を確認しますので少々お待ちください。」
女性は書類に記入された情報を精査しながら情報登録するための機器へと入力作業を進めた。
本来人民ネット非加盟国の住人がIDカードを作成する際には、身元確認のために所属国に連絡して情報の正否を照会するのだが、旧魔王領であるルインズには、まだ魔王領であった頃に魔族達が張った強固な結界が今でも残っており、他の国との魔術的な通信手段が使用できない。それゆえ手順が逆転する事になるが、先にIDカードを作成してから郵送にて登録情報の資料をルインズへと送り、承認文書の返送を持って本登録となるのである。
間もなくして入力作業は終了し、女性は事務手続きを再開した。
「書類の方は問題ありませんでしたので、次はIDカードを作成しますね。IDカードにはいくつかの形式が有るので、お好きな物を選んでください。」
女性はカウンターから立ち上がると、背後の戸棚から指輪型や腕輪型をしたIDカードのサンプルを持ち出し、カウンターの上へと並べた。
「いくつか種類があるんですね。どれがいいんでしょう?」
シャイタンがチャットに聞いた。
「好きな形を選べばいいにゃ。でもおすすめは腕輪型か首に掛けるドッグタグ型だにゃ。紛失しにくいし邪魔にならないからにゃ。」
そういいつつもチャット自身は指輪型のIDカードを持っており、しかもわざわざ紐でくくり付けて首に掛けるという二度手間な事をしていた。チャットは猫に変身するのでその際に腕輪型や指輪型だと抜け落ちてしまうのだが、猫なのにドッグタグを付けるのはなんだか嫌だったので、指輪をネックレスの様に着用するスタイルに落ち着いたのだ。
「それなら私は腕輪型にします。」
「じゃあ私も。」
シャイタンは特にこだわりが無かったのでおすすめされた腕輪型を選び、魔王もそれに倣った。
「2人とも腕輪型にするなら私もそうするわ。これでお揃いね。」
フェミナは魔王とお揃いにしたかったのであえて最後に選んだのだった。
「承知しました。みなさん腕輪型でよろしいですね?」
女性が改めて確認してきたので魔王達は頷いた。
「それでは今からIDカードの作成を行いますので、お好きな席にお掛けになってもう少々お待ちください。」
「よろしくにゃー。」
魔王達は再びテーブル席へと移動し、IDカードの完成を待つのだった。
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