第111話 アクアと格闘家親子ゴウ・アサギの繋がり

 大統領の隠れ家を後にし市街地へと訪れたクリムゾン一行は、まず手始めに世界闘技大祭グラディアルフェスタへの参加申請のために闘技場へと向かおうとしていたのだが、よくよく考えてみれば大統領と共に出掛けてしまったセイラン以外はこの国に来たのが初めてであり、土地勘が無いのですっかり道に迷ってしまっていた。


「いやー思わぬ落とし穴でしたね。まさか誰も道を知らないとは。」

 クリムはたくさんの人が行きかう町中を眺めながら言った。

「その辺の方に聞いてみましょうか。闘技祭グラフェスは結構な歴史がある大会ですし観戦客も多いですから、現地の方なら知っていると思いますよ。」

 大会への参加経験があるサテラは現状を分析してクリムに提案した。

「そうですねぇ・・・。」

 クリムが相槌を返しながら人混みを見渡していると、空手着を着た2人組が歩いているのが目に入った。それは魔王達が旅の道中で出会った格闘家親子、ゴウとアサギであった。

「ちょうどよいところにおあつらえ向きの方達が居ますね。彼らに聞いてみましょう。」

 そう言うとクリムは2人組の空手家の元へと歩み寄り声を掛けた。

「こんにちは。ちょっとお話を伺いたいのですが、お時間よろしいですか?」

「はい、こんにちは。用事が有るのであまり時間は取れませんが、少しくらいなら構いませんよ。なんの御用ですかなお嬢さん?」

 ゴウがクリムの問い掛けに答えた。

「ありがとうございます。実は我々は闘技祭グラフェスに参加しようと思っていまして、参加申請のために大会会場に向かっているのですが、この国に来たのは初めてなので道に迷ってしまったのです。見たところおふたりは武闘家の様ですから、大会会場の場所を知っているのではないかと思い声を掛けさせて頂きました。」

 クリムは現状をざっくりまとめて説明した。

「ほほう、お嬢さん方が闘技祭グラフェスに参加するのですか?」

 ゴウは見た目だけなら幼い少女の集まりであるクリム達が闘技大会に参加すると聞いて驚いたが、彼女達の姿を改めて観察すると角や翼が生えており普通の人間ではない事に気付いた。彼は亜人の種類に然程詳しくなかったため、クリム達がドラゴンである事までは分からなかったが、直前に出会った魔王達の存在もあり、格闘家としては歳若い娘のアサギよりもさらに幼く見える少女だからと言って、人を見かけで判断してはいけないと自身を戒めた。

 そしてゴウは言葉を続けた。

「実は我々も今から闘技大会の参加申請に向かうところなので、よければ一緒に行きませんか?」

「それはありがたいです。よろしくお願いします。」

「分かりました。では私達が先導しますのでついて来てください。」

 こうしてクリム達は格闘家親子と一時同行する事になった。


 ゴウとアサギの後に続いて市街地を歩きながら、クリムはアサギに話しかけた。

「あなたも闘技祭グラフェスに参加なさるんですか?えっと、おふたりのお名前を伺っていませんでしたね。」

「失礼、自己紹介がまだでしたね。どうも初めまして。私は格闘家のアサギで、こちら同じく格闘家で父のゴウです。お察しの通り私達は2人で組んで大会に参加しますよ。」

 アサギは自己紹介と共にクリムの質問に答えた。

「これはご丁寧に。私は龍の巫女のクリムです。」

「龍の巫女ですか?聞き覚えのない言葉ですが、それはどういったご職業なのでしょう?」

 アサギはクリムに聞き返した。

「龍の巫女は簡単に言えば特定のロード・ドラゴンに仕えて雑務をこなすのが仕事ですね。他には悪龍退治もやっていますが、近年は悪龍が発生していないので名目上の役割となっていますね。それと成人したら人助けしながら世界を旅するのが習わしとなっていまして、旅の途中でこの国に立ち寄ったところですね。」

 クリムはサテラから聞いた話を元に現代の龍の巫女のあり方を説明した。なおクリム自身がドラゴンであるため、正確には彼女は龍の巫女ではないのだが、その辺の話はややこしいし、初対面の相手にあえて話す事でもないので省略した。

「なるほど?それではみなさんその龍の巫女なのですか?」

「いえ、龍の巫女は私とサテラの2人だけですよ。ちなみに私達は4人で大会に参加する予定で、私とシュリが一組で、サテラとアクアがもう一組ですね。」

「俺がシュリっす。人呼んで海の掃除屋スイーパーっす。」

 シュリは誰も呼んでいない二つ名を名乗ったが、別に間違ってはいないので誰もつっこまなかった。

「そして私がサテラです。私はグランヴァニアの守護龍グラニアに仕える龍の巫女なのですが、まだまだ修行中の身ですね。どうぞよろしく。」

 かつて聖女と呼ばれた龍の巫女エコールの記憶を持つクリムから当時の話を聞いたサテラは、自身が龍の巫女として未熟であると自覚したため控えめに自己紹介したのだった。

「私はアクアだよ。私も格闘家だよ。アサギとおんなじだね。」

 アクアは構えを取りながら名乗った。

「上着だけですが空手着を身に着けていますしもしやと思っていましたが、やはりあなたも格闘家なんですね。それにその構え、うちの流派とよく似ていますね。」

 アサギがアクアに応える様に構えを取ると、彼女が言う通り2人の構えはかなり近い形であった。

 ところで、それまで少女達の自己紹介の様子を和やかな笑顔で見守っていたゴウだが、アクアの構えを見るとにわかにその目の色を変えたのだった。そして辛抱溜まらず慌てた様子でアクアに質問を投げかけた。

「お嬢ちゃんその構えはどこで習ったんだい?」

「別に習ったわけじゃないけど、海皇流戦闘術はアクアマリンが実戦の中で磨き上げて完成させた我流武術だよ。」

 アクアは素直に知っている事を答えた。

「海皇流戦闘術にアクアマリン・・・そしてよくよく見れば空手着の下に黒い肌着を組み合わせたいで立ちに海の様な青い髪。お嬢ちゃんの名前はアクアと言ったかな?もしかしてお嬢ちゃんそのアクアマリンの子孫だったりするのかい?」

「違うよ。」

 断片的な情報から何かを察した様子のゴウがアクアに質問したが、アクアはやはり素直にそして正直に否定した。

「何が言いたいのお父さん?急に話に割って入ってきて。」

 アサギはいまいち煮え切らない質問をする父に問いただした。

「いやすまん。アクアマリンと言えば私達の流派・海皇流古武術の始祖とされている伝説の格闘家の名前でな。言い伝えによればそこのお嬢ちゃんの身なりとそっくり一致する外見なんだ。まぁ伝説と言うだけあってその存在は疑問視されていて、一説では地味な古武術では入門者が募れないので、箔付けのために考えられた後付けの与太話ではないかと言われていたのだが、お嬢ちゃんの話と外見、そしてその構えを見るにあながち嘘ではないと思ったんだ。」

「構えはたしかにうちの流派と似てるけど少し違うよね。外見的特徴が伝承と一致するのはともかく、構えから何がわかるの?」

 ゴウは自身の質問の意図を説明したが、アサギにはさらに別の疑問が湧いてきたのだった。

「実は今お嬢ちゃんが取っている構えは、うちの流派の師範代のみが継承している秘伝の構えと同じでな、言うなればそれこそが真の海皇流の構えだ。まだお前には秘伝の技を教えていないから知らないのは当然だが、それは入門者に通常教えている技より遥かに実戦向けで敵を破壊する事に特化していて、要するに殺人術だな。そして危険な技術であるだけに継承者は心技体を認められた師範代に限られるわけだ。戦乱の時代であればまた別だが、平和な現代において殺人術は一般の武道を楽しむ方々には必要ないしな。かくいう私も技術の継承と言う意味で秘伝を修めてはいるが、今までのところ実戦で使用した経験は無いぞ。」

 ゴウは細々と説明しても仕方がないと思い、娘が疑問に感じるであろう内容をあらかじめすべて話した。

「そうなんだ。でもアクアさんはアクアマリンとは関係ないんですよね?」

 アサギは父の話にひとまず納得したので再びアクアに質問した。

「関係ないわけじゃないよ。アクアマリンはお母さんのお姉ちゃんだし、私はアクアマリンの記憶を持ってるからね。」

 アクアは自分達の正体が看破されかねない情報まで当然のごとく素直に答えるのだった。

 クリムは妹の発言に対し内心不要な情報まで話さないで欲しいと思っていたが、かと言って素性を隠して活動しているわけでもないのでひとまず静観した。

「うん?お母さんのお姉さんと言う事は叔母さんですよね?海皇流古武術の始祖が本当にアクアマリンだとして、その姪が現代に居るというのはどういう理屈ですか?それに記憶を持っていると言うのもよくわかりませんが、どういう意味ですか?」

「どうって言われても言った通りだけど?」

 アクアはアサギが何に対して疑問を抱いているのかよく分からなかったので、その質問には答えられなかったのだ。

 アクアとアサギが双方共に首を傾げて顔を見合わせていたので、クリムは妹に成り代わり不要な情報は伏せつつ話をまとめる事にした。

「別に隠していないので言ってしまいますが、実は私達ドラゴンなんですよ。私とアクア、そしてクリムゾン、それと一応シュリも含めれば4人がドラゴンですね。と言うわけでアクアマリンはクリムゾンの姉で間違いないですよ。ドラゴンは人間が思うよりずっと長生きですから、あなた方人間にとっては遥か昔の、それこそ伝説の存在であっても、私達ドラゴンにしてみれば親戚の叔母さんだったりするんです。ちなみにこちらがクリムゾンで、私達姉妹の母ですね。」

 クリムは黙って歩いていたクリムゾンをついでに紹介した。

「へぇー、人型のドラゴンなんて居るんですね。と言っても私は普通のドラゴンも見たことが無いのですが。」

 アサギは特に驚くでもなく疑うでもなくクリムの言葉を信用した。それは彼女が言う通りドラゴンに対する知識がなかったためである。そもそも正常なドラゴンを知らないのだからクリム達がいかに特異な存在であったとしても、アサギはそれに気付く事ができないのだ。

 かつて聖女エコールが生きた時代、すなわち守護龍制度がまだ健在であった時代にはドラゴンと人間の関係性はもっと深く近かったので、人間はドラゴンについてそれなりに理解していた。しかし現代では一握りの守護龍を除いた多くのドラゴンは人間の生活圏から離れて独自の縄張りに籠っており、人間がドラゴンと出会う機会はほとんどないのだ。

 ちなみに四大龍セイランが率いる青龍会所属のドラゴン達は人間社会とそれなりに密接な関わりを持っているが、基本的には全員龍人形態ドラゴニュートとなって活動しているので、彼女達がドラゴンだと知らずに接している人間も珍しくはないのだ。


 ところで途中から黙っていたゴウだが、一連の話を聞いた末にアクアと戦いたいという激しい欲求に駆られていた。自らの修練する流派の源流たる伝説の存在アクアマリン、その技術を受け継いでいるという少女に自身の技が通用するか否か、どうしても試したくなってしまったのだ。また彼は世界最強の種族と言われるドラゴンと戦った経験などもちろんなかったので、期せずして舞い込んできた千載一遇の機会を是非とも物にしたいと、格闘家の血が騒いでいるのだった。


「自己紹介のタイミングを逃していましたが私はスフィーです。植物研究家なので植物に関して何か相談事が有ればお気軽に声を掛けてください。どうぞよろしく。」

 格闘家親子がアクアの事で盛り上がってしまったため、一人だけ自己紹介できていなかったスフィーは隙をみて自己紹介を敢行したのだった。

「スフィーさんは他のみなさんとは少し毛色と言うか羽色が違いますね。あなたはドラゴンとは関係ないんですか?」

 アサギはスフィーの葉っぱの様な翼を見て、他の者とは明らかに異なる特徴から一人だけ異質な存在だと感じたのだった。

「そうですね。私はみなさんとは出自がまるで違いますしドラゴンとは関係ないですね。しかし信頼のおける仲間であれば種族の違いなんて些末な問題ですよ。アサギさんもゴウさんもどうぞ仲良くしてください。」

「あ、はい。よろしくお願いします。」

 スフィーがあまりにも堂々としていたので、格闘家親子は彼女の分かるような分からないような主張に半ば強引に納得させられてしまうのだった。

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