第102話 魔王軍上陸と擬装家族の設定調整

―――クリム達が商会のルートを使って船ごと簡単に入国審査をパスしている一方、同じく船でヤパ共和国を目指していた魔王軍一行は、ヤパ共和国には直接寄港せず少し離れた海岸に小型船を停留していた。そして上陸の準備を整えているのだった。

 魔王達は替えの服等、旅に必要な最低限の荷物しか用意しておらず、ほとんど身一つの状態であったため上陸準備は間もなくして完了した。

 人間であれば旅をするに当たって色々と道具を準備した方がよい様に思えるが、魔族は基礎的な身体能力が人間とは比較にならない程強く、魔法も人間に比べれば遥かに堪能であるため、道具に頼らずとも問題ないのだ。むしろ余計な道具は邪魔になるだけなのだ。


 上陸準備を済ませた魔王達は、改めてチャットから人間の国で活動するにあたっての注意事項の説明を受けていた。チャットは見た目こそ幼い少女の様だが、その実年齢は数万年を生きている魔王達よりもさらにずっと年上であり、普段はのらりくらりといい加減な態度を取っているが、その気になれば年長者としてふるまう事もできるのだ。

「まずは出発前にも話した内容の確認だにゃ。魔族の名前は人間の名前とは響きが違うから、人間の国では偽名を使うにゃー。」

「私がシイタで、フェミナさんはフミナさん。魔王様がサヤちゃんでしたよね?それと猫精ケット・シーであるチャットさんは正体を隠す必要がないのでそのままでいいと。」

「サヤちゃんはやめいと言うておろうが。」

 シャイタンは事前に取り決めた偽名を完璧に答えたが魔王は不満げだ。

 そんな魔王を無視してチャットは話を続けた。

「いちいち呼び方を切り替えているとうっかりぼろが出るから、船から降りたら基本的にはずっと偽名で呼び合うにゃー。私もここからは魔王様じゃにゃくてサヤちゃんと呼ぶにゃ。」

「よろしくねサヤちゃん。」

「ぐぬぬ貴様らまで・・・」

 シャイタン、チャットに加えてフェミナまでもがサヤちゃん呼びを強硬してきたため、魔王は数の暴力に押されて反論しづらい空気に追い込まれていた。

「3人は観光旅行をしている人間の三姉妹と言う設定だから、見た目的に一番年下のサヤちゃんはそう呼ばれるのが自然だにゃ。」

「むぅ・・・気に食わんが正体を隠す上で必要と言うのであれば甘んじて受け入れよう。」

「それとシイタはちゃん呼びされる程幼くないから、まぁ呼び捨てでいいにゃ。サヤちゃんは大人を真似したい年頃だから、私とフミナを真似してシイタを呼び捨てにしてるって設定だにゃ。」

「私の事はお姉ちゃんって呼んでもいいですよサヤちゃん。」

 シャイタンはその呼び名を魔王が嫌がるであろうと分かっていたが、あえて困らせようと魔族らしい悪戯心からそう提案したのだ。

「貴様を姉と呼んではフミナとの区別が付かんであろうが。ここはチャット案を採用して呼び捨てとするぞ。よいな?」

「あっはい。」

 シャイタンの企みは魔王の冷静な状況分析により脆くも崩れ去ったのだった。


 それはさておき、チャットは話を続けた。

「フミナは母親でもよかったけど、シイタくらいの子供が居るにしては見た目が若すぎるから歳の離れた姉って感じで行くにゃ。思春期のシイタは既に働いている姉とは距離を感じていて他人行儀にフミナさんと呼んでいる設定だにゃ。サヤちゃんはシイタとは違ってまだ素直な幼女だから、フミナの事はお姉ちゃん呼びにするといいにゃ。」

「あ、私は思春期のめんどくさい感じの少女なんですね。なかなか攻めた設定ですね。私に演技できるでしょうか?」

 シャイタンは素の状態で割とめんどくさい感じだったので、魔王達は演技の心配は要らないだろうと思ったが、その指摘をするとやはりめんどくさい事になりそうなのでスルーを決め込んだのだった。

 チャットが無駄に細かく偽の家族設定を練り込んでいるのは、すべてはいざという時にぼろを出さない為の作り込みであり、別に面白半分でやっているわけではない。すぐに見破られる付け焼刃の薄っぺらい擬装家族にならない様にという彼女なりの思惑から来るものだ。

「うむ、フェミナとは付き合いが長いがゆえうっかり本名で呼んでしまいかねんし、その方がよいか。っと、言ってるそばからうっかり本名が出てしまったな。と言うわけでよろしく頼むぞ、お姉ちゃん。」

「おねっ・・・!?ごめんなさい。よく聞いてなかったから、もう一回言ってもらえるかしら?」

 魔王からの不意のお姉ちゃん呼びにより、フェミナは形容しがたい奇妙な感覚に襲われ一瞬言葉を失った。そして彼女はその感覚の正体を探るべく、魔王にアンコールを掛けたのだった。

「よくわからんがもう一度言えばいいのか?お姉ちゃん。」

「!?・・・ふむ。これはこれでありですね。」

「何を言っているのだお前は。」

 魔王はフェミナの奇行に慣れているので、おかしな様子を見せる彼女を見てもいつもの事かと思うばかりであった。

 一方フェミナの方は魔王に対して、これまでに感じた事のない母性にも似た保護欲を感じ戸惑ったが、彼女が長い間魔王に向けていた恋心は魔王からの実質的なプロポーズを受けた事で抑制されていたので、その穴を埋める様に母性が湧き出してきたのがその感覚の実態であった。

 また魔王にはフェミナの心の機微は伝わっていなかったが、チャットは年長者だけあってフェミナの恋心と母性が綯い交ぜになった様な歪な愛情を概ね理解していた。しかし2人の関係性を鑑みれば放っておいても問題ないと判断したので特に口は出さないのだった。


「ところで、出発前にも指摘したと思うけど、サヤちゃんは話し方が堅すぎるにゃ。もっと幼い少女みたいな感じを出して欲しいにゃ。」

「む?そうだったな。なにやら気恥ずかしいが、これも目的達成のためならば仕方あるまい。それでは改めて・・・硬い口調をやめればいいんだよね?こんな感じでいいかな?普通に話すのは久しぶりだからあまり自信が無いけれど。」

 少女らしいかはともかく、魔王は偉そうな口調を修正しそれなりに普通の話し方に変化した。

「うーん?まぁ及第点だにゃ。」

 チャットとしてはもっと幼い感じが欲しかったが、あまり無理な演技をするとそれはそれで嘘っぽくなるので妥協した。

「手厳しいね。何かダメだった?」

「口調はいい感じだけど、言葉選びから歳不相応なさかしい感じが出てるにゃ。でも最近の子は進んでるとも聞くからこのくらいは許容範囲だにゃ。」

「そう?それならいいか。」

 すっかり魔王口調をやめて普通に話始める魔王だった。

 魔王は気難しい魔族達の頂点に立っていたため、舐められない様に威厳のある態度や言動が必要であると考えて口調を堅苦しくしていたが、ひどく驚いた時には素が出てしまうなど、実は普通に話す事ができるし、どちらかと言えばむしろ普通に話す方が楽なのだった。


 偽名や偽称するお互いの関係性を再確認したので、チャットは次の話題へと移った。

「それじゃあ、その他の注意事項も再確認しておくにゃ。繰り返しになるけど最初が肝心だから、念には念を入れるにゃ。と言うわけでまずは人間社会での一般的な挨拶から・・・」

 魔王達は船旅の最中に何度も同じ注意を聞かされているが、万が一魔族である事が看破されれば旅を続けるどころではないので、チャットは口を酸っぱくして再度注意事項を繰り返すのだった。

 そして魔王達は唯一人間社会での活動経験があるチャットに旅の案内は一任しているため、素直に彼女の言葉に耳を傾けるのだった。

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