第101話 入国審査 アラヌイ商会船籍の特別待遇
クリム達の乗るアラヌイ商会の交易船は目的地であるヤパ共和国の目と鼻の先までやってきた。そして間もなく港に入ると言う事でクリム達はサテラとセイランと合流し、下船の準備を整えて待機していた。
待機中特にやる事もなかったクリムは何の気なしに港の方へと目を向け、その見慣れない姿に驚いていた。と言うのも、クリムはヤパが比較的新興の国であると聞いていたため、さほど栄えていないのではないかと勝手に予想していたからである。海から見える港は彼女が見たこともない程平坦に整地されており、その一点を取ってもこの国の技術力の高さを彼女に感じさせた。それは現代では普通になったコンクリートで押し固められた港であるが、クリムの知る港と言えば無数のブロック石を組み上げて構築された石造りの港、あるいはもっと簡素な木造の桟橋の様な物であったため、一面すき間なくぴっちりと敷き詰まったコンクリート製の港は彼女には目新しく映ったのだ。また港には巨大な船が多数停泊しており、クリムの予想に反してヤパが非常に栄えた国であると実感させるのに十分であった。
「大きい港ですね。ヤパは案外大きな国なんですね。」
クリムは素直に感嘆の声を漏らした。
「ヤパは共和国と言うだけあって複数の国が集合した国家だからね。元々はバラバラの国家群だったけど、大国と対等に交渉するために1つに集まった感じだね。集合する以前の各国にもそれぞれ強みがあって、特産品が有ったり独自技術を持っていたりしたんだけど、小さな国だと足元を見られるから大国に比肩するにはある程度の規模が必要だったんだね。それでまずはいくつかの国が小さな集団になっていって、最終的には周辺国家がすべて集まってヤパが産まれたわけだね。」
セイランがヤパ共和国の成り立ちをざっくりと説明した。
「なるほど。新興国とは言っても元となった国々には個別に歴史や技術の蓄積があったと。であればこれだけ発展しているのも納得です。」
クリムは再び港に視線を向けると、港に並ぶ船や倉庫群の細部にまで目を凝らし、その緻密で精緻な人工物の造形から、しみじみと文明の発達を感じ取っていた。
ところで、ヤパの元となった国家群の中にはアラヌイ商会との関りが深い、つまりは四大龍セイランの息のかかった国が多数含まれており、共和国となった今でもセイランは国の要人とのコネクションを多数持っている。それゆえセイラン並びにアラヌイ商会はヤパに対して陰ながら大きな影響力を持っているのだが、それは表沙汰にはされていない裏事情であるし、またクリム達にはあまり関係のない話でもあったため、その辺の情報はあえて伏せたのだった。
「さてと、そろそろ入港するから注意事項を説明しておこうか。」
セイランは話を切り替えた。
「はい、お願いします。」
クリムとスフィーは説明を始めたセイランに注目したが、クリムゾン、アクア、シュリの3人はあまり興味が無い様子で各々ボーっとしていたり、港を眺めていたりした。クリムは最低限自身が各種情報を把握していれば問題ないと考えており、物事を覚えたり考える事が苦手な3人には追ってクリムが重要だと判断した事項だけ伝えればよいと言う事にして放置を決め込んだ。
「注意と言ってもこの船は入国ルートが通常と違っていて簡略化されるから、あまり気を付けるべきところはないんだけどね。」
「そうなんですか?」
「この船はアラヌイ商会の船籍だからね。世界中に展開している事によるネームバリューと、青龍会が後ろ盾になっている事による信用の高さから、四大国を除く大抵の国では商会の船は入国審査が緩くなっているんだ。積み荷に変な物が紛れていないか、密航者が居ないかとか、そう言った諸問題は
「それは楽ちんで結構ですが、私達みたいな見るからに人外の乗員が居ても問題ないんですか?」
クリムは全員が翼や角、尻尾等を生やしているクリムゾン陣営を見渡しながら言った。
「商会の船には必ず青龍会から出向してきた護衛役の者、具体的に言えば今回は私の事だけど、まぁ要するに人外の用心棒が乗っているのは周知の事実だから問題ないよ。通常1隻に1人しか護衛は付けないけど、今回は先方からの入港日時繰り上げ要請に応じた特殊なケースだから、護衛体制が変更されているのは理解してもらえるだろう。」
「そうですか。それなら安心ですね。」
「ええ。それとヤパは人間の国ではあるけど、亜人種がたくさん住んでいる多人種国家でもあるから、私も含めてあなた達はそこまで目立たないはずだよ。
「ああ、そうなんですね。私の知る限り人間と亜人種は敵対するにせよしないにせよ、明確に棲み処を分けて暮らしていましたが、現代では同じ国を持ち共存共生しているんですね。」
「その辺の事情は国によってまちまちだけどね。四大国なんかは旧態依然とした人間優位の社会をずっと続けているし、亜人種はごく少数しか住んでいないね。それとドラゴンに対して、より具体的にはグラニアと四大龍に対して悪感情を抱いているから、商会付きの護衛とは言えドラゴンの入国は制限されたりするね。」
「私の知る時代においては四大国の対応がむしろ普通でしたが、世界は大きく変化しているんですね。」
クリムは数千年という時の流れがもたらした社会常識の変化に改めて隔世の感を覚え、過ぎ去った時代を夢想し思いを馳せるのだった。
「そうだね。だからあなた達がよほど無茶な事をしなければ、普通に町中を散策する分には問題ないはずだよ。ただ植物の特徴を持つスフィーは目立つかもしれないね。亜人にもいろいろ居るけど、植物をその身に宿した様なタイプは私の知る限り居ないからね。亜人以外だと例えば
「木の精霊ドリアードですか。一部地域の植物がスフィロートの
スフィーは状況を整理すると同時に懸念を述べた。
「最初は勘違いされていても、仲良くなってから誤解を解いたらいいんじゃないですか?別にこちらから積極的に騙す必要はありませんが、相手が勝手に勘違いして好意を示してくれる分には悪影響は無いと思いますよ。」
クリムは自身が龍の巫女であると勘違いされたり、聖女エコールを知る者達からはその評判に引っ張られて高評価を受けがちなのを思い起こしつつ、スフィーにアドバイスを送った。
「それもそうですねぇ。ひとまずは勘違いされても気にしない事にします。」
スフィーはアドバイスを受け入れ彼女の抱いた懸念も解消された。
セイランの注意事項を聞いている間に、船は港でも一際大きな倉庫と隣接するドックへと入港を果たしていた。倉庫にはアラヌイ商会の看板が掲げられており、そこが商会専用のドックであることを物語っていた。大きな港の一部とは言え公共の施設を占有している事実は、この国に対する商会の影響力をクリムに感じさせたのだった。
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