第103話 魔王と盗賊と通りすがりの格闘家

 チャットから一通り人間社会での注意事項を聞いた魔王達は、船を停留させた海岸沿いの岩場へと降りたった。人目を避けるために人の手が入っていなさそうな、鬱蒼とした森に囲まれた海岸を選んで船を停めたので、人間達に船が発見され拿捕あるいは置き引きされる心配はあまりない様に思われた。そして船はここで乗り捨ててしまう予定であったが、ともすれば帰りにも船を再利用しようと考えた魔王達は人間に船が発見される可能性をより下げるためにカモフラージュを施す事にした。とは言え、見つかってしまっても問題はないので時間をかけてまで本気で隠すつもりはなく、周囲の森から拾ってきた落ち葉や枯れ木を適当にまぶしただけである。

「これでよし。」

 魔王は稚拙な擬装にも拘らず妙に満足げだった。

「まぁ無いよりはましですかね。」

 シャイタンは謎の自信を見せる魔王とは対照的に率直な感想を述べた。

「2人とも遊んでないでそろそろ出発するにゃ。あんまりのんびりしてると夜になっちゃうにゃ。」

「夜になると何かまずいんですか?」

 旅路を急かすチャットにシャイタンが理由を聞いた。

「人間の国では基本的に入国審査があるけど、3人は人間の国に行くのは初めてだから検問所で身分証を発行してもらう必要があるにゃ。でも夜間にわざわざ活動する人間は少ないから検問所の機能が制限されていて、そう言った事務処理がしてもらえないのにゃ。だから早めに到着する必要があるにゃ。」

「なるほど。そう言う事なら少々急ぎましょうか。」

「これから向かうヤパ共和国はその森を抜ければすぐそこだから、ゆっくりしているほど余裕はないけど急ぐ必要もないにゃ。ともあれまずは出発するにゃ。続きは歩きながら説明するにゃ。」

 チャットはそう言うと先陣を切って歩き出し森の中へと消えて行った。魔王達もそれに続き、人間であれば躊躇する程生い茂った森の中を悠々と歩き始めた。


 チャットは猫らしい身軽さで森の中をすいすいと進みながら、先ほどの話の続きを始めた。

「3人は人間の振りをしてるわけだから、普段通りの身体能力を発揮したら怪しまれるにゃ。どこで誰が見ているか分からないから本気で走ったり飛んだりするのは控えるにゃー。」

「そう言われてもどの程度まで力を出していいのか分からないですね。人間は魔族で言うとどの程度の力を持っているんですか?」

 魔族しかいない最果ての島で生まれ育ったシャイタンは人間を見たことすらないので、本気を出すなと言われても加減が分からなかったのだ。

「人間はたぶんシイタが思ってるよりずっと弱いから、口で説明しても分かりにくいと思うにゃ。どうせ人間の国に向かってるんだし実際見た方が早いにゃ。百聞は一見に如かずだにゃー。」

「それもそうですね。」

 シャイタンはあっさり納得した。

「それと人間は大人でも魔法が使えないのが普通なくらい魔法が下手だから、まだ子供のシイタとサヤちゃんは魔法は禁止だにゃ。」

「魔法なんて普段意識せず使ってますけど、まったく使えないとなると不便ですね。」

 シャイタンは不平を漏らしつつもチャットの言葉には従う意思を示した。

「言われてみれば人間の子供となると私も見たことが無いな。私が知っている人間と言えば戦場で戦った兵士達くらいだからね。魔法も使えず身体能力も低いなんて、人間の振りをするのは想像以上に大変そうだな。」

 魔王もシャイタンに同調した。


「力加減の話のついでだから旅の途中で襲われたりした場合の事も話しておくにゃ。私達は女所帯に猫一匹で護衛もつけずに旅をしているわけだから、フミナはそれなりに腕に覚えのある魔法使いって設定でいくにゃ。だからフミナはやり過ぎない程度に魔法を使っていいにゃ。」

「分かったわ。サヤちゃんは私が守るわ。」

 フェミナは自信満々に分かったと言いつつ、チャットの戦闘全般を任せるという意図とは別の意味で言葉を受け取っていた。チャットはフェミナのぶれない態度に若干呆れつつも、現在旅をしている4人はいざとなれば大抵の襲撃者は個々人で撃退できる能力を有しているのでまぁいいかと楽観的に捉えた。

「襲われるって何に襲われるんですか?外の世界の森には魔物なんかが居ると聞きますが、魔物は魔族を襲わないですよね?」

 魔族しかいない島で育ち、産まれながらに強力な力を持っていたシャイタンはその身に危険が降りかかった経験がそもそもなく、襲われるという事態がいまいち想像できなかった。また学校で習った知識からも襲撃が有るとは思えなかったのだ。

「たしかに強力な魔力と戦闘力を持つ魔族を襲う様な存在は基本的には居ないにゃ。例外としては縄張り意識が強いドラゴンや犬精クー・シーなんかは勝てるかどうかは度外視して侵入者に対して襲い掛かるにゃ。」

「でも逆に言えば縄張りにさえ入らなければ平気って事ですよね?」

「そう言う事になるにゃ。その他の例外としては魔力を感じ取る事ができない動物や人間も襲ってくる可能性があるにゃ。そうでなくても今の3人はフミナの擬装魔法で魔力を弱く、しかも人間に擬態した状態に見せかけているから、勘の悪い魔物達も襲ってくる可能性があるかもにゃ。まぁ私が一緒に居る時はそっちの心配はないにゃ。私は別に魔力を抑えてもいにゃいし擬装もしてないからにゃ。」

「なるほど。そうなると襲ってくる可能性があるのは動物や人間くらいと言う事ですね。」

「まぁそうなるにゃー。」


 魔王達が話しながら森の中をグングン進んでいくと、それまで非常に険しかった森は少し開けて、言い換えると人の手によって整備された形跡の有る林道へと出たのだった。林道は車輪の轍状に草が生えていない状態であり、頻繁に馬車あるいはそれに類する乗り物が通っている事が伺えた。

「もうすぐ森を抜けそうだにゃ。」

 チャットは林道の様子から人里が近い事を察知した。

「案外近かったですね。とまぁそれはさておき、なんだか囲まれているみたいですね。」

 シャイタンはその優れた魔力感知能力により、木陰に隠れて魔王達の様子を伺ういくつかの魔力反応を検知したのだ。

 シャイタンの言葉を聞いた木陰の間者達は、ぞろぞろとその姿を現した。現れたのは薄汚い恰好に、それぞれが弓や剣等の武器を携えた見るからに盗賊風の10人前後の軍団だった。その中から恐らくリーダー格であろう一際体格のいい、顔に傷を持つ男が一歩前に出るとシャイタンに声を掛けた。

「勘がいいなお嬢ちゃん。よく俺達に気付いたな。」

「おっと、うっかりしていました。」

 シャイタンは現在人間の振りをしているので、魔力感知で推定盗賊達を発見した事は失敗だったと考えた。いまだ普通の人間というものがどの程度の能力なのか測りかねていたシャイタンだが、チャットの話と目の前のおっさんの反応から、普通の人間には魔力感知で視認できない相手を発見する事などできないと分かったからだ。

「何がうっかりか知らんが、バレちまったらしょうがねぇ。痛い目に合いたくなかったら金目のもんを置いていきな。」

 強面の男はするりと長剣を抜くと、その剣先をフェミナに向けた。

「それは脅しているつもりなのかしら?」

 フェミナは魔王軍の最高幹部であり、その力は人間であれば正規の国軍兵士が束になってもまるで相手にならない程である。それゆえその辺の盗賊など箸にも掛けない存在なので、当然剣を向けられたところで恐れるものではない。

「へっへっへ、強がる女は嫌いじゃないが怪我しないうちに降参しな姉ちゃん。別に命まで取ろうってわけじゃねぇんだ。俺たちゃ効率重視の盗賊団。盗みも追いはぎもやるが殺しは罪が重いからやらねぇんだ。」

「はぁ・・・なんだかしょうもない連中ですね。」

 偉そうに若干ヘタレたことを言う男を前に、毒気を抜かれて攻撃するのも馬鹿らしくなってしまうフェミナだった。

「んだとこのアマ!人が優しくしていれば調子に乗りやがって!殺しはしねぇがちっとくらい血ぃ見ておくかオォン?」

 フェミナの態度に怒った男は語気を強めて凄んだが、その言葉の節々からはやはりどこか煮え切らない小者臭が抜けないのだった。


 フェミナが男の脅しを無視し続けていると、いよいよもってしびれを切らした男は剣を振りかぶった。

 と、その時である。

「待てぇい!」

 掛け声と共に突如木の上から謎の人影が降ってきた。そして落下の勢いそのままに盗賊団の取り巻きの1人に飛び蹴りを食らわせたのだ。

「ぐえー!」

 蹴りを受けた取り巻きは危険な角度で地面に倒れ込んだが、謎の人影はわざと急所を外したようで、倒れた男は気絶するだけで済んでいた。

「何もんだてめぇ!?」

 盗賊団のリーダーはその矛先をフェミナから謎の人影へと変えた。

「悪党に名乗る名はない!私は通りすがりの格闘家ゴウだ!」

 ゴウと名乗った乱入者の男は、紺色の空手着を着用し腰には黒帯を巻いた、いかにも格闘戦が得意と言った風貌の厳つい大男だった。

「いや名乗るのかよ。」

 一瞬で言葉を違えるゴウに魔王が思わずツッコミを入れた。

「さぁ君たち、ここは私に任せて逃げなさい。なぁに私なら大丈夫。鍛えてるからね。」

「別に何も聞いてないにゃ。」

 勝手に話を進めるゴウにチャットは呆れて苦言を呈したが、見るからに脳筋の男の耳にはその声は届いていなかった。と言うのも、ゴウは1対1ならともかく、武器を持った10人あまりの相手をするのは、実のところかなり厳しいと考えていたからだ。悪漢に襲われる女子供の手前、安心させるために虚勢を張ったが、目の前の難局をどう切り抜けるか頭をフル回転して策を練っていたため、チャットの言葉が耳に入らなかったのだ。

「そこのお前、怪我したくなければ引っ込んでなさい。」

 フェミナはなぜか少し怒った様子でゴウに警告した。そして右手を開手で盗賊のリーダーに向けると掌に魔力を溜め始めた。フェミナは情けない盗賊団の相手をするのも馬鹿らしいと無視していたが、とは言え急に現れた男によって目の前で獲物を奪われた様で、それが気に食わなかったのだ。

「むむむ!この気配魔法か!?」

 ゴウは鍛えているだけあって、魔法は使えないもののある程度魔力を感じる事ができたので、フェミナが魔法を発動しようとしている事に気付いてその射線上から素早く身をかわした。

 フェミナが怒りに任せて加減を間違えないかと心配したチャットは、それとなくフェミナの視界に入り込んで、魔法の威力を抑える様にと身振りで合図を送った。口頭で伝えなかったのは周りの人間達に怪しまれない様にするためだ。

「心配しなくてもちゃんと手加減しますよ。と言うわけで、あなた達の流儀に習って私も殺さない程度に痛めつける事にしましょう。いかずちの精霊よ、我が声に応え敵を穿て、サンダークラウド!」

 フェミナが魔法を発動すると盗賊達の頭上に小さな雷雲が発生した。しかしそれ以外は特に何も起きず、身構えた盗賊達は呆気に取られていた。

「な、なんだ何も起きないじゃねぇか脅かしやがって。野郎どもやっちまえ!」

「行くぞー!」「おー!」

 盗賊達はリーダー格の号令を受けると一斉に武器を掲げ、鬨の声を上げながらフェミナとゴウに襲い掛かった。

「ライトニングボルト!」

 フェミナが追加で呪文を詠唱すると、先ほど彼女が発生させた雷雲から盗賊達が掲げた武器目がけて雷が落ちた。

「ぎゃー!」「ぐわー!」「あばー!」

 落雷を受けた盗賊達は武器を叩き落とされるようにして手放すと、十人十色の叫び声をあげながら糸の切れた操り人形の様にその場に崩れ落ちた。もちろん本物の落雷の直撃を受ければ人間などひとたまりもないのだが、フェミナは威力をセーブしていたため盗賊達は気絶するだけで済んでいた。


 フェミナはゴウの横やりに少し怒ってはいたが、彼女が暴走するのはあくまでも魔王が関わった事案に関してのみであるため、チャットの心配は杞憂に終わったのだ。

 フェミナは怒りながらも冷静に、人間が扱える程度の魔法の中で状況に合わせて有効な物を選び使用していた。魔王軍の面々とついでに格闘家であるゴウは電撃を誘引する様な長物、あるいは金属製武器、先端の尖った物等を持っておらず、誤って味方に被雷する可能性は低いと判断して選んだ魔法である。

 魔族の中でも魔法に長けた部族の、真魔族ディアボロスであるフェミナにとって、武器の有無に拘わらず狙った箇所に落雷を命中させるのは容易なことだが、あえて魔法の制御を雑にしたのは人間アピールのためである。

「武器を捨てれば回避できたものを、その程度の知恵も働かないとはとんだ小物だったみたいね。」

 フェミナは感電して気絶した盗賊達を見降ろしながら、自身の放った魔法への対処法をレクチャーしたが、当然気絶した者達に伝わりはしないのだった。

「盗賊稼業に身を落とすような連中は正規軍や傭兵になりたくてもなれなかった、半端な実力の落伍者が多いからにゃ。大したことないのは仕方ないにゃ。」

 チャットはフォローになっていないフォローをした。


 ちなみに人間の事をよく知らないフェミナが、なぜ人間の扱う魔法を知っているかと言うと、それは5万年程前に起きたある出来事に起因している。その出来事とは、魔族と人間との間で起きた世界大戦、通称人魔大戦である。彼女は人魔大戦で実際に人間と戦ったので、人間達が扱う魔法をある程度知っていたのだ。

 なお彼女が戦った人間達とは軍隊に属する正規兵達、すなわち人間の中でも戦闘に特化したエリート達であった。そして人間が魔族に対抗するために使っていた魔法とは、彼らに使用可能な最上位の大魔法であり、敵を殺す事に特化した攻撃魔法ばかりであった。しかも人魔大戦があった時代は、現代程世界が平和ではなく、もっとずっと荒れていた時期であるため、現代よりも軍隊の練度が高く、またそこで使用される魔法もより攻撃的な物であった。

 人間の扱う魔法など魔族から見れば児戯にも等しいため、フェミナは手加減して弱い魔法を使ったつもりだったのだが、雷雲を呼び出し狙った相手に雷を落とす魔法というのは、現代の人間の価値基準からすれば大魔法と呼べる代物だった。


「ところで、こいつらどうしましょうか?」

 フェミナは転がっている盗賊達の処遇について魔王達に問うた。

「拘束して近くの国に引き渡すのが一般的だにゃー。でもこの人数を連れ歩くのは面倒だにゃ。先を急ぎたいしこの程度の連中なら放っておいても大した害はないと思うにゃ。」

「チャットがそう言うなら問題ないね。それじゃ行こうか。」

「ちょっと待った。」

 魔王が話をまとめ、改めて出発しようとしたところ、すっかり蚊帳の外になっていたゴウがずいっと割り込んできた。

「あなたまだいたんですか?聞いての通り私達は急いでいるんですが、何か用ですか?」

 フェミナはそっけない態度で応対したが、ゴウは構う事なく話を続けた。

「さぞ名のある大魔導士とお見受けしましたが、なぜ護衛もつけず、しかも徒歩でこんな辺鄙な森にいらしたのですか?いえ、先ほどの魔法を見れば護衛など不要であることは分かりますが、それにしても女性だけでは今回の様に要らぬ諍いを呼ぶでしょう?」

 フェミナの魔法を目の当たりにしたゴウは、彼女の正体がどこぞの国のお抱え魔導士だと考え、何か目的を持ってこの森を訪れたのだと勝手に深読みしていたのだ。

「大魔導士?何を言ってるのか分かりませんが、私達は家族で観光旅行のためにヤパ共和国を目指している普通の姉妹ですよ。この森に来たのはヤパに向かう通り道だったからで、他に意図はありません。」

「なるほど、正体を明かせぬわけがある様ですね。分かりましたこれ以上は詮索しません。」

 ゴウはまったく的外れの勘違いをしたまま勝手に納得してしまった。

「ところで、あなた達はヤパに向かっているのですね。これは奇遇ですな。実は私もヤパに向かうところだったのです。」

「あなた木の上から降ってきましたけど、旅の途中だったんですか?」

 シャイタンはゴウの言動を不審に思い質問した。

「ああ、木の枝を飛び移って移動していたのは修行のためです。私は見ての通り武道を嗜んでおりまして、ヤパに向かっているのも闘技大会に参加するためなのです。そしてただ歩いて旅をするのもなんなので、せっかくだから修業しながら旅をしていたのです。」

「なるほど。」

 シャイタンはゴウの事をとんでもない変人なのだと理解したが、嘘をついている様には見えなかったのでその言葉を信じた。

「闘技大会か、ちょっと興味あるね。時間が合えば見に行こうか。」

 魔王は現代の人間の力がどの程度なのか確認しておきたいと考えていたので、腕に覚えのある者が集まるであろう闘技大会は好都合だったのだ。


 魔王達がゴウに引き留められている間に、先ほどゴウの奇襲を受けて蹴り倒された盗賊は気絶から回復し意識を取り戻していた。そして目を覚ました男は周囲を見渡し、仲間が全員倒されている事に気付いた。彼には何が起きてこの様な惨状になったのかは分からなかったが、ピクリとも動かず倒れたままの仲間達の側でかすり傷ひとつなく談笑している魔王達を見て、自分一人ではどうあがいても勝てない事だけは分かった。

「よし逃げよう。」

 男はこっそりと立ち上がり忍び足でその場を去ろうとしたが、その時である。

「待てぇい!」

 聞き覚えの有るセリフが彼の頭上から降り掛かった。

「何者だ!?」

 密かに逃げようとしている最中にもかかわらず、男は声の主に律義に反応した。いまいちパッとしない盗賊達だったが、悪役としてのノリの良さだけは一流なのだ。

「悪党に名乗る名前はない!とぉう!」

 謎の声の主はやはり聞き覚えのあるセリフと共に木の上から飛び降りた。そして逃げようとしていた盗賊目がけて飛び蹴りを敢行したのだ。

「せいやー!」

「ぐわー!またかよー!」

 今回はゴウの奇襲とは異なり盗賊はあらかじめ襲撃者の存在に気付いていた。にもかかわらず、正面切って飛び掛かってきた相手に対して、まったく対処できずに再び昏倒してしまったのだった。

「よし!」

 盗賊を蹴り倒しビシッと構えを取ったのは、ゴウと同じ紺色の空手着を身に纏った1人の少女であった。しかしその腰に巻かれた帯は緑がかった淡い青色をしており、黒帯を巻いたゴウとはその点が異なっていた。


 魔王達は盗賊が逃げようとしている事に気付いていたが、そもそも放置するつもりだったのであえて見逃していた。しかし突如現れ、盗賊を倒した少女には少なからず興味を惹かれたので、どう見ても関係者であるゴウとともに、小競り合いを終えた彼女の元へと駆け寄った。

 少女は近付いてくる一行の中にゴウの姿を認めると、周囲を見渡して倒れている盗賊達の様子を確認しある程度状況を把握した。

「一向に追いついてこないから戻って来てみれば、盗賊に出くわしていたのねお父さん。」

「お父さん?この子あなたの娘なの?」

 フェミナが訝しみながらゴウに尋ねた。なぜ訝しんだのかと言うと、その少女が厳つい男とは似ても似つかないかわいらしい少女だったからだ。なお少女はおおよそシャイタンと同い年くらいの外見で、10代前半くらいであると推定された。

「はい。この子は私の娘のアサギです。そして、こちらの方は旅行中の大魔導士様とそのご家族だ。挨拶しなさいアサギ。」

 ゴウは勝手にフェミナの事を大魔導士だと勘違いしたままでいたが、下手に訂正すると余計にボロが出そうなので、魔王達はひとまず彼の反応を見て自分達の身の振り方を修正しようと考えている最中であった。

「どうもみなさん、ゴウの娘で格闘家のアサギです。父がお世話になっています。」

 アサギはその年若い外見にそぐわぬ妙に堅苦しい挨拶をした。それは格闘家達の間で定型的に使われる初対面の相手に対する自己紹介の挨拶であった。

「あら?しっかりした子ですね。本当にあなたの娘なんですか?自首するなら今のうちですよ?」

 フェミナはゴウとアサギの血の繋がりをいよいよ疑い、どこからか攫って来たのではないかと疑った。フェミナは幼少期の経験から男に対する当たりが少しきついのだった。

「いえアサギは本当に私の娘ですよ。娘は母親似なんです。」

「ふーん?あなたお父さんに似なくてよかったわね。」

「はい。」

 フェミナはナチュラルに失礼なことを言っていたが、アサギ自身も母親に似てよかったと思っていたので正直に同意した。

「いや、はいじゃないが。私もそう思うけども。」


 ゴウとアサギの親子漫才が済んだ所で、魔王はアサギに質問を投げかける事にした。

「あなたさっき格闘家と言っていたけれど、もしかしてあなたも闘技大会に出るつもりなの?」

「そうですよ。私は格闘家としては若いし体格も決して恵まれてはいないですから、あなたが疑問に思うのも当然ですが、こう見えて私は父より強いですからね。」

 魔王の質問にアサギが答えた。

「そうなの?」

 意外な答えが返ってきたため、魔王はゴウの方に視線を向け事の真相を聞いた。

「勝負は時の運が絡むものゆえ、どちらが強いと簡単に断じられる物ではないですが、試合形式であればたしかにアサギの方に分があるでしょうな。」

 ゴウは含みのある言い方だが娘の発言を概ね肯定した。

「へー、そうなんだ。」

 魔王は人間の子供は弱いものだとチャットから聞いたばかりだったので、例外もあるのだなと認識を改めた。


 見た目だけなら幼い子供である魔王に、あまり難しい事を言ってもしょうがない様にも思えるが、ゴウはその厳つい見た目通りの愚直で馬鹿正直な性格であったため、子供相手でも雑にあしらう様な事はなく真面目に取り合ったのだった。


「ところでお嬢ちゃんは格闘技に興味があるのかい?よければうちの道場に入門してみないかい?」

 ゴウが魔王に聞いた。

「興味が無い事もないけど私はお爺ちゃんから格闘術を教わってるから、他流派に入門するのは遠慮しておこうかな。」

 魔王は目的を持って旅をしている最中なのでやんわりと勧誘を断ろうとしたのだが、その言葉はむしろ逆効果であり、ゴウの妙な闘争心に火をつける結果となった。

「なんと、その若さで既に格闘術を修めているのか。であれば、お嬢ちゃんも闘技大会に出てみないかい?」

 魔王は格闘術を教わっていると言っただけで修めているとは言っていないのだが、ゴウはフェミナを大魔導士と勘違いしたのに伴い、その家族である少女達も何かしら特別な存在であろうと決めつけていたので、魔王の事は格闘術を極めた天才少女であると脳内で勝手に変換していたのだ。

 一方魔王は闘技大会には興味があったが、人間に成りすまして活動している関係上あまり目立った行動はできないので、自身が出場するという発想はなかった。しかし少女でありながら闘技大会に出場するというアサギの存在を知ったので、それもありなのかと心が揺らいだのだった。

「そうだね。出てみようかな闘技大会。」

「え?」

 シャイタンは魔王の予期せぬ心変わりに驚き、思わず声が漏れた。

「どうしたのシイタ?」

 魔王は何食わぬ顔でシャイタンの顔を覗き込んだ。

 シャイタンは魔王を止めようかと一瞬悩んだが、ひとまずチャットに意見を求めようと彼女に視線を送った。しかし頼みのチャットは偶然通りかかったチョウチョを追いかけて飛び回っていた。それを見たシャイタンはチャットが気にしていななら魔王の闘技大会参加を止める必要はないのだろうと判断した。

「いえ、なんでもないですよ。」

「そう?それならいいけど。」

 魔王は腑に落ちないと言った顔をしていたが、問いただす程の事でもないかとそれ以上は追及しなかった。

 

「ところでヤパで開かれる闘技大会は2人1組での参加が基本となっていて、私はアサギと共に参加する予定ですが、お嬢ちゃんも参加するつもりなら相方が居た方がいいですな。1人での参加も可能ですが、ここはひとつ大魔導士様も参加なさってみてはいかがですか?」

 ゴウは自身の空手が高位の魔導士に対して通用するか試してみたい欲求に駆られ、フェミナに大会参加を促したのだった。

「その大魔導士と言うのやめてくれないかしら。」

 魔王達は観光を楽しむ一般人を演じているつもりなので、フェミナは妙な呼び名で目立ちたくないと考えたのだ。

「これは失礼。お名前を伺っていなかったもので、なんとお呼びしたらよいでしょうか?」

「私の事はフミナでいいわ。それと私は大会には興味ないから遠慮しておくわ。」

「そうですか。それは残念。」

「残念?」

 フェミナには自身が参加しない事をゴウが残念がる理由が分からなかったため聞き返した。

「いえこちらの話ゆえ、お気になさらず。」

 ゴウは私欲のために小さな少女を利用しようとしたことを反省し、気の迷いから芽生えた欲求は心にしまう事にした。

 そんなゴウの葛藤など知りはしない魔王は相方を誰にするか考えていた。

「そうだな。それじゃあシイタも一緒に出てよ闘技大会。」

「え?私ですか?サヤちゃん1人だといささか心配ですし、別に構いませんが。」

 魔王は魔王軍幹部であるフェミナかチャットのいずれかから相方を選ぶものだとシャイタンは思っていたので、急な自身への指名に少し驚いたが、断る理由もないのですぐにこれを了承した。

「よろしくね。」


「そろそろ本当に急がないと夕方までにヤパに着けないにゃ。早く出発するにゃ。」

「そうだね。出発しよう。」

 出発を急かすチャットに魔王が答えた。

「私達も同行していいですかな?」

 ゴウがフェミナに尋ねた。

「お好きにどうぞ。」

 フェミナはやはりそっけなく答えた。


 色々あってすっかり時間を食ってしまった魔王達だが、ようやく目的地への歩みを再開したのだった。

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