閑話 ドラゴン陣営・クチナシが往く

第99話 シゴクの修行と人間社会の噂

―――場面は再び切り替わり四大龍クチナシの動向へと移る。時間軸としてはクリム達と魔王達がそれぞれ船旅を終えた頃合い、シゴクの支配地域であるマラカイボ湖での出来事だ。

 一応おさらいしておくと、クチナシはクリムゾンとシゴクが一戦交えた事を知り、自身の縄張りである赤橙龍の渓谷から飛び出しクリムゾンの元へと向かっていた。クチナシはクリムゾンと初めて対面した際に勝負を仕掛けたのだが、その時はクリムゾンにやる気が無く相手にされなかった経緯があり、自身の事は無視したのになぜシゴクとは戦ったのかその真意を確かめる為だ。ところがクチナシはクリムゾンの居所を知らないので、ひとまずクリムゾンの居所を知っているであろうシゴクとキナリに話を聞くために、2人が一緒に居るという情報を頼りにシゴクの縄張りへとやってきたのだった。


 クチナシはシゴク達と合流するとクリムゾンとシゴクが戦った経緯、そしてシゴクの母アクアマリンの話等、彼女達がクリムゾンの元を訪れて知りえた情報を概ねすべて聞いたのだった。もちろん肝心のクリムゾンの棲み処の位置も聞き出していた。

 なお、すでに目的を果たしたクチナシがなぜまだマラカイボ湖に居座っているのかと言うと、キナリにシゴクの修行に付き合うように誘われたからであった。またクリムゾンが自身を軽んじている様に感じ苛立ちを抱えていたクチナシだったが、その憤りはもはや薄れつつあるのだった。なぜなら2人の話を聞く限りクリムゾンが相手に応じて対応を変える様な、小賢しい真似をするほど賢いとは思えなかったからだ。暗にクリムゾンをバカだと考えているクチナシは割と失礼だが、事実なので仕方がない。

 そんなわけでクリムゾンに会いに行く理由を半ば失ったクチナシは、どのみち暇だったのでキナリの誘いに乗ってシゴクの修行に付き合う事にしたのだった。


 シゴクはクリムゾンと再戦するために修行を開始していたが、まずは前回の戦いで破られた雷雲の改良を行っていた。シゴクが戦闘時に展開する雷雲は自身が発する雷撃を増幅する効果があり、雷雲内部で飛び回る無数の氷の粒が障壁となるので盾として扱う事もできる、攻守ともに有用な能力である。しかしクリムゾンが放った尻尾の鞭から副次的に発生した真空波によって雷雲を切り裂かれた事で、その弱点が露見したのである。シゴクの雷雲の要となる氷の粒は帯電しており、シゴク自身が発する電磁力によって操作しているのだが、真空状態では電気が伝導しないため氷の粒が操作を受け付けなくなり雷雲が破られたのだ。

 真空波が弱点だと判明したので、シゴクは雷雲内部の気圧を高めると同時に強烈な乱気流を起こす改良を加えた。

「よし、これでいいかな。クチナシでもキナリでもいいけど、私に向かって真空波を撃ち込んでみてくれない?」

「それじゃ私がやろうか。」

 クチナシが名乗りを上げるとともに翼をバサバサと激しく羽ばたかせて猛烈な風を巻き起こした。クチナシの起こした風は渦を巻いて極小の竜巻となり、雷雲を纏うシゴクに襲い掛かった。それはシゴクが依頼した単純な真空波ではなかったが、竜巻の中心部は真空状態となっているため、雷雲の改良の効果を試す上ではさほど影響はない。それどころかむしろこちらの方が条件は厳しいので、竜巻が防げたならば改良は成功だと判断してよいだろう。と言うわけでシゴクは実験を続行した。

「それ行け。」

 シゴクが掛け声と共に腕を振るうと雷雲はそれに合わせて変形し、迫りくる竜巻に衝突した。すると雷雲はわずかに揺らめいたもののほぼ損失なく竜巻を消し飛ばしたのだった。

 あらかじめ雷雲内部の気圧を高め暴風を起こしておく事で、外部からの気圧変化をある程度吸収できる様になったのだ。要するに改良は成功していた。

「どうやら改良は成功したみたいね。」

 少し離れて様子を見ていたキナリが2人の元に飛んできて言った。

「うん。ほとんど丸一日かかったけど、ひとまず雷雲の改良はこんなもんでいいかな。思ったよりずっと早くできたよ。2人ともありがとう。」

「どういたしまして。」

 シゴクのお礼にキナリが答えた。

「おお、完成したのか。よかったな。」

 クチナシはシゴクを労った。

 雷雲の改良には紆余曲折ありほぼ1日掛かりでここまで持ってきたのだが、シゴクはもっとじっくり検証しつつ改良を進めるつもりであったため、予想していたよりもかなり早く改良が済んだのだった。改良が早く進んだのは2人に意見を仰ぎ3人の知恵を合わせた事と、2人が実践的な検証実験の相手になってくれた事で、改良案の正否がすぐさま立証できたためであった。

 1人では時間のかかる実験が誰かと協力すればずっと早く完遂できるのだと実体験を通して学んだシゴクは、キナリが他のドラゴンとも付き合えと言っていた理由をわずかながら理解した。とは言え長い年月をかけて染みついたシゴクの人見知りの性格はすぐには治らないし、キナリもクチナシも顔見知りだからこそ気軽に頼れるだけなので、交友関係を広げようという気はさらさらないのだった。


「ところで2人とも何か予定はないの?修行に付き合ってくれるのはありがたいけど、縄張りを長期間留守にするとまずいんじゃない?」

「私は普段からほとんど縄張りに居ないしその点は大丈夫よ。シゴクちゃんの修行が済むまでいくらでも付き合うわよ。」

 まずはキナリが答えた。

「ほとんど留守にしてるのは大丈夫ではないと思うけど、まぁ付き合ってくれるならこっちとしてはありがたいしよろしく。」

「ええ、もちろん。」

 キナリは普段概ねシゴクの縄張り付近でうろうろしているので、実のところ現状はいつもとそう大差ない状態なのだ。

「私も暇だからしばらくは付き合うよ。うちの縄張りは私が居なくても大丈夫だしな。2人の所と違ってうちは眷属がたくさんいるからな。」

 ロード・ドラゴンともなれば普通はクチナシの様に多くの眷属を従え、自身に代わって様々な役割を担ってもらうものなのだが、シゴクは仲間を増やす有用性を低く見ていたため眷属が少なく、キナリは眷属をまったく作っていない変わり者なのだった。

「そう言う事なら2人とも引き続きよろしく。」

「ええ。」「任せろ。」

 こうしてシゴクの修行は引き続き四大龍二頭の協力を得て継続される事となったのだった。


 ところで、この様な状況は彼女達にとっては何気ない日常の一コマに過ぎないが、人間達から見た様相はまるで別の意味を持っていた。

 四大龍はその一頭一頭が強大な力を持っており、人間社会において最大戦力を持つ四大国が束になっても敵わない程の脅威である。それゆえに三頭が一堂に会している現状は、人間社会に不安を撒く十分な材料となるのだ。そうでなくともセイランとクチナシの二頭が揃って飛び回る姿と、キナリとシゴクが同様に飛び交う姿がここ数日のうちに各地で目撃されており、何かとてつもない事件が起きる前触れではないかと噂が立ち始めていたのだ。また魔族の活動が活発化しているという噂も相まって、噂が噂を呼び実態とはまるで異なる陰謀論が飛び出す始末となっていたのだ。多くの者はさほど本気ではなく噂話を楽しんでいるだけなのだが、中には本気で終末論を唱える極端な組織も混じっており、事実はどうあれ人間社会に影を落とす結果となっていた。

 永い眠りからクリムゾンが目覚め、新生した魔王軍が再始動している今、ある意味大事件が起こるという予測は間違ってはいないのだが、どの勢力も人間社会をどうこうしようという気は毛頭ないのですべては杞憂である。

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