閑話 魔族陣営・人の国に生きる魔族

第98話 虚空を貫く光

―――クリム達が船旅を続けているのと同じ頃、同じく船で旅をしている魔王軍もまた航海の真っ只中であった。魔族達が住む最果ての島を出発してからおおよそ丸一日が経過し、まもなく船は島を覆う万年嵐の海域を抜けようとしていた。


 晴れ渡る蒼海を走るクリム達とは真逆に、荒れ狂う嵐の海をひた走る魔王の船だったが、その天候がゆえに反って外敵に襲われる心配がなく、また船への天候の影響はシャイタンの張った結界と船体を安定させる魔法によって軽減されており、いたって快適なクルージングを送っていた。強いて言えば荒れ模様で景色が変わり映えしないのが玉に瑕か。

 船室で舵を握るフェミナのすぐ近くで、魔王シャイタンチャットの3人は簡素な作りの木造テーブルを囲んで配置された椅子に座り、チャットから人間社会での常識やルール、そして魔族であるとボロを出さない為の注意事項を一通り聞いていた。

「人間達は国ごとに習慣が違うから、多少怪しまれてもよっぽどのことが無ければ旅の異邦人と言う事で誤魔化せるにゃー。何か困ったらとりあえず旅行者だと言っておくといいにゃー。」

「そんな適当でいいんですか?」

 チャットの楽観的な展望に少々不安を感じたシャイタンは聞き返した。

「大丈夫にゃ。人間の国は数が多いからすべての国に詳しい人は居ないにゃ。」

「なるほど。魔族もかつては多数の勢力が存在していたと聞いていますが、魔王様によって一勢力に統一され現在ではみんな最果ての島に住んでいますし、国ごとの風習や習慣の違いというものに馴染みが無いですね。もちろん魔王様が封印された後、魔王軍から離脱した一部の幹部達は別ですが。それにしても人間達は昔から変わらずバラバラなんですね。人間達の中には魔王様の様な強力な支配者が産まれなかったんでしょうか?」

「人間は寿命が短いからにゃー。強力な指導力とカリスマ性を持った支配者が産まれたとしても、せいぜい100年しか生きられない個人が世界中の国を統一するのはほとんど不可能だと思うにゃ。それと国がバラバラなのは悪い事ばかりじゃないにゃ。国ごとに文化が違うから旅をしていて飽きないしにゃ。得意な分野も国ごとに違うから、足りない部分を補い合う事もできるにゃ。いわゆる多様性って奴だにゃ。」

 魔王軍に所属しているチャットであるが、彼女の種族は猫精ケットシーであり魔族ではないため、人間と魔族の種族としての優位性に対するスタンスは中立的だ。彼女が魔王軍に所属している理由は単純に魔王が好きだからと言うのが1つの理由ではあるが、魔王すらその存在を伝説上の物と考えていた魔族の祖大魔人アークデーモンと面識が有るなど、魔族自体に味方する別の理由もある様だ。

「そう言うものですかね?すべての国が協力した方がより良い成果が得られる様に思えますけど。」

「生物の進化と同じだにゃ。色んな奴が居た方が環境の変化に対応できる可能性は高まるんだにゃ。魔族だって魔人デーモン真魔人ディアボロス獣魔人ビースティアンの三種に大別されるけれど、それぞれいい所があるよにゃ?」

「そうですね。真魔人ディアボロス達は自分達こそが魔族の正しい姿であるとして、他の二部族を下に見ている節がありますが、私が見る限りどの部族にも長所短所があって、お互い補い合う関係ですね。」

 魔王とシャイタンは魔族の中でも突然変異的に飛びぬけた力を持って産まれた魔人デーモンであり、三部族それぞれの長所をすべて上回る能力を持っている。圧倒的な力を持っている彼女だからこそ、その目には偏見の色が無い。

 しかしそんなシャイタンの言葉を聞いて、舵取りをしていたフェミナも会話に入ってきた。

「私は真魔人ディアボロスだけど別に他の部族を見下したりしてないわよ。真魔人ディアボロスも含めてヤクサヤ以外の男には等しく興味ないからね。」

「それは分かってますよ。フェミナさんとスペリアさん、それと2人のご両親は真魔人ディアボロスの中でもちょっと変わってますからね。一緒くたにしたのはすいませんでした。」

真魔人ディアボロスには自尊心が強くて他者を見下すタイプが多いのは事実だから別にいいわよ。ヤクサヤが封印された時、さっさと魔王軍を抜けて行った幹部達もほとんど真魔人ディアボロスだったけど、あいつらは元々ヤクサヤの力を恐れて従っていただけで、機会さえあればいつでも裏切ろうと画策してた様な連中だったからね。」

 フェミナは少し棘のある言い方で離反した者達を非難した。

「その辺のことはある程度仕方あるまい。旧支配層の不満が溜まっていたのは我が急速に魔族の統一と支配を進めた結果であるからな。力でねじ伏せ恐怖で支配した以上、そうなる事はある程度覚悟していた。無論それをよしとして手をこまねいていたわけではないが・・・っと、これはシェンにも話したが、今更過ぎた事を後悔していても仕方あるまい。」

 魔王は自身が倒れた際には幹部達が離反する事を予見していたため、怒るでもなく悲しむでもなく、むしろフェミナの非難から彼らを庇い肩を持つのだった。

「ヤクサヤがそう言うなら私からは何も言わないけど、旧貴族達は話して分かる連中じゃないわよ。ましてや今のあなたの姿ならなおの事ね。」

 フェミナは魔王の方針に従いつつも、自身の見解を伝え、その考え方では問題解決は難しい事を具申したのだった。

「一筋縄でいかぬことは分かっている。離反者達の対応についてはまずは様子見から始めるとしよう。事を急げば仕損じるのはかつての失敗から学んでおるからな。何より我はまず真の姿と力を取り戻さねばならんからな。」

 魔王はフェミナの具申を受け入れ、しかし最終的な目標に変更はない事を表明した。


 4人が話している間にいよいよ船は嵐の海域を抜け、雲の切れ間から青空が覗き始めた。進行方向には見渡す限り海が広がっているだけで特に障害物もなかったため、フェミナも一時舵取りを休止し、せっかくの陽気なので4人揃って船室から甲板へと繰り出した。

 甲板に出ると海はすっかり凪いでおり、もはや船を守る結界は必要なくなったのでシャイタンは結界を解除した。

「風が止みましたね。それに明るくなってきたみたいです。」

 年中悪天候が続く最果ての島を初めて出たシャイタンにとっては滅多に見る事の出来ない景色であるため、その声からは興奮の色が滲み出ていた。

「私も島の外に出るのはいつ振りかしら。青空なんて見るのは本当に久しぶりね。」

 フェミナもまたシャイタン程ではないが浮かれた様子を見せていた。フェミナは口ではさほど魔王軍に思い入れが無いと言っていたが、最高幹部として魔王不在の魔族達を取りまとめるために影ながら活動しており、また封印された魔王から離れる事もできなかったので約6200年前に最果ての島に移住して以降島外に出る事は無かったのだ。

「こうもきれいに嵐の海域と、凪いだ青空の海域が分かれているのはなんとも不思議な物だな。」

 魔王は暴風が吹きすさんでいる元来た海路に目を向け、次いで進行方向に目を向けるとまったくの快晴である事を確認した。それは到底自然な現象とは考えづらく、何か大きな力が作用している様に思えたのだった。

「最果ての島を取り囲む異常気象に関しては分からない事が多いにゃー。まぁ魔族達にとってはこのくらいの嵐どうってことないし、人間は近寄れないから都合がいいけどにゃ。」

「うむ。それはそうであろうな。しかし不思議な現象であるな。」

 それは魔王でさえも見当のつかない異常現象であったため、魔王は顎に手を添え夢想するように空を見上げた。するとそこには巨大な積乱雲が浮かんでいた。


 と、その時である。空の彼方から一筋の光が走ったかと思うと、魔王が見上げていた積乱雲が崩壊し、まるで空が割れたかのごとき様相を見せたのだ。

 その光とは何を隠そう、前回クリムが入道雲に向けて放った魔力収束砲マジカル☆ビームである。クリムは特に意図を持ってこの積乱雲を撃ったわけではないが、たまたまその真下に魔王達の船があったのだ。

 ビームにより風穴を開けられて崩れた積乱雲は、大量の雨となって魔王達の上に降り注いだ。魔王達4人は各々が自身の頭上に薄いヴェールの様に魔力を展開し、まるでスコールの様な豪雨を防いだ。

「今のは魔力を用いた砲撃の様であったが一体何事だ?まさか我らを狙ったものではあるまいな?」

 魔王は突然で一瞬の出来事にも拘らずほぼ正確に事象を把握していた。

「船が何者かに補足されていたなら私の結界に反応があったはずですし、恐らく私達を狙った物ではないと思いますよ。」

 シャイタンが答えた。

「ふむ。であれば下手に探りを入れない方がよいか。探索魔法を用いれば相手にも気取られてしまうからな。何者かは知らんが、ここで余計な衝突を起こせば我らが魔族であると宣言する様なものであろう。」

 シャイタンの意見も参考にしつつ魔王は謎の砲撃への対応を決定した。

「そうですね。今の魔力の感じからすると魔族の放った物ではないですし、私達の目的とは関係なさそうですから無視するのが得策でしょう。」

 シャイタンは魔王の打ち出した方策に賛同した。

「今の雨で少し船の進路がずれたみたいね。私は舵取りに戻るわ。」

 フェミナはそう言うと船室へと戻っていった。

「私達も戻りましょうか。ここに居ても仕方ないですし。」

 シャイタンが提案した。

「うむ。そうだな。」

 これを魔王はすぐに了承し、チャットを伴い3人揃ってフェミナの後を追った。


 こうして魔王達はクリムとの予期せぬニアミスに肝を冷やしつつも、それでも順調に旅を進めて、ついには最初の目的地である大陸へと辿り着いたのだった。

 実は魔王達の次の目的地である人間に擬態して暮らしている魔人デーモンの一勢力が住んでいる国と言うのは、他ならぬヤパ共和国なのだが、偶然にもクリム達と目的地を同じくしていたのだ。

 魔王は因縁浅からぬクリムゾンと思わぬ形で再会を果たそうとしていたが、いまだ失った記憶を取り戻していない状態で、記憶を失う原因ともなったかつての宿敵と接触する事がいかなる影響をもたらすか、それは誰にもわからないのだった。

 魔王達の始まったばかりの旅の行方に、早速最大級の暗礁が立ちふさがる形となったが、彼女達はまだその事を知らない。

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