第97話 必殺エビビーム

 戦闘経験がまったくないシュリに魔法を教える事を決めたクリムだったが、諸条件を考慮した末に魔力の変換を伴う魔法をいきなり扱うのは難しかろうと考え直した。そして比較的威力の調整が容易で応用も効きやすい小技を教える事にした。その小技とは、魔力を一点に集中して放つ魔力収束砲、通称マジカル☆ビームである。

 シュリは一目見ただけでクリムの反重力子を扱う浮遊魔法を真似ていたので、魔法を習得する事自体は案外簡単であろうと予想されたが、クリムが危惧していたのはシュリが魔法の出力調整を誤りマナゾーを殺傷してしまう可能性の方だった。

 魔力収束砲マジカル☆ビームは単純な仕組みがゆえに、魔力の制御法を学び自在に出力を調整する術を身に着けるのに適した技でもあるのだ。そして魔力の制御を自在に行える様になれば、ゆくゆくは魔法を習得した際にその出力調整のコツが生かせるのである。


「と言うわけで、シュリには魔力収束砲マジカル☆ビームを覚えてもらいます。」

「どう言うわけか分からないっすけど、よろしく頼むっす姉御!」

「よろしい。あなたは口で説明されるよりも見て覚える方が得意でしょう。私が今から実際に技を放ちますから、よく見ておいてください。」

「おっす!」

 クリムはまず右腕をもたげて人差し指をピンと伸ばし、はるか遠くに見える入道雲へと向けた。そしてクリムがその気になれば予備動作なく一瞬でビームを放てるが、シュリがよく観察できる様にわざとゆっくりとした挙動で指先に魔力を集中させた。そして念のために射線上に生物や構造物が無いかを魔導反響定位法マジカル☆エコーロケーションで確認し、ビームの発射準備を完了した。


「よし、ではいきますよ。必殺ッ!マジカルビィィイムッ!」


 無駄に気合の入った掛け声と共にクリムは指先から魔力の奔流を放った。その流れは収束されて極めて指向性が強い光線の様になっており、閃光のごとく輝いて瞬く間に遠く離れた入道雲に着弾。ビームは見た目の通り光線と似た特性を持っており、着弾点で魔力は熱へと変わり周辺の空気が爆発的に膨張、巨大な入道雲の中心部に大穴を開けたのだった。

「おお!よくわからんけどとにかくすごいっす!」

 シュリが語彙力ゼロの感想を述べた。

「はい。それでは次はあなたがやってみてください。狙うのは当然マナゾーです。」

 クリムはいまだシュリの真下で海面から背びれをのぞかせて待機している襲撃者を指さした。

「了解っす。」

 シュリはクリムの動きを真似して人差し指をマナゾーに向けた。そして魔力を集中させたがそこで動きを止めてしまった。

「どうしたんですかシュリ?」

 クリムが聞くとシュリは腕を一旦下げて応えた。

「このなんちゃらビームって指からしか出ないんすか?」

「いえ、そんな事はありませんが、指から出すのが一番簡単だと思ったのでそうしたまでです。それがどうかしたんですか?」

「俺の中に眠る原始の記憶が、海老族の偉大なる意思が囁くんすよ。ビームは角から放てって。」

「え?何言ってるんですか?」

 シュリの唐突な発言にあっけにとられたクリムだったが、彼女の元々の種族で有る深海海老には先祖や仲間達の記憶が遺伝子に刻まれ蓄積されているという話を思い出した。そこから、恐らく彼女の種族が戦闘力を持たない今の姿に進化するより遥か昔の、まだ生存競争のために戦っていた種族であった時代の記憶が蘇ったのであろうとクリムは考察した。これまで戦いを避ける事で生存競争を生き抜いてきたシュリには必要のなかった記憶であるが、いざ戦闘技能を習得しようと意識に変化が起きた事で、太古の記憶が目を覚ましたのだろうと。

「うん、まぁあなたがその方がやりやすいのであれば、角からビームを出す事も可能なはずですよ。試してみたらいいんじゃないですか?」

「分かったっす!それじゃあ改めて。」

 シュリは頭に生えている海老の触角をみょんみょんと動かしながら、今度は額の中心に魔力を集中させた。そして両手をチョキにして手の甲を額に向けて構え、マナゾーの方に目線を向けて照準を合わせた。両手のチョキは海老のハサミをイメージした申し訳程度の海老要素であるが、これもまた太古の記憶によりシュリの身体が無意識に動いた結果である。

「必殺!エビビーム!」

 シュリの掛け声と共に額からビームが発射された。シュリは勝手に技名を変えていたが、そもそも技名を叫ぶ必要が無いので問題なかった。

 シュリの放ったビームは魔力量が桁違いであるためクリムの放ったそれとは比較にならない程か細い物であったが、速度はほぼ変わらない超高速であったため、マナゾーに回避する暇すら与えずにその鼻先に直撃した。

 マナゾーはビームで火傷を負ったらしく、しばらくバシャバシャと水面を揺らして暴れた後、再び海面から顔を出してシュリを睨みつけた。

「おっ?まだやる気っすか?」

 シュリがすかさずビームを発射する構えを取ると、それを見たマナゾーはちゃぷんと音を立てて水中に潜り、そのまま船とは反対方向に泳いで行ってしまった。

 先ほど自身の鼻先を焼いた謎の攻撃がシュリから放たれた物であると確認し、ただの餌だと思っていた相手が一筋縄ではいかない危険な生物であると認識したため、ようやく捕食を諦めて元居た深海へと帰っていったのである。

「どうやらシュリを食べるのは諦めた様ですね。」

「お・・・おお!やってやったっすよ姉御!完全勝利っす!」

 シュリは天敵を自分の力で撃退したことに打ち震え喜びを露わにした。

「これで後顧の憂いは断たれたわけですね。よかったですね。」

 クリムから見ればクリムゾンの力を内包しているシュリがその気になりさえすれば、マナゾーに後れを取るはずがない事は明らかであったが、シュリにとっては絶対的な捕食者に勝利した事実が大きな意味を持つ事も理解していたので余計な水は差さなかった。

「うっす!姉御のおかげっす!一生ついていくっすよ!」

「いえ、一生はちょっと。」

 シュリはクリムの言葉などお構いなしにいまだ冷めやらぬ興奮に浸っていた。


「さてと、それでは船に戻りましょうか。」

 シュリが落ち着きを取り戻し、一息ついたところでクリムが提案した。

「そうですね。随分長く船を開けてしまいましたし、急いで戻りましょう。」

 シュリのマナゾー撃退劇を黙って見ていたサテラだが、事が終わったのでようやく口を開いた。

 快速で飛ばす交易船からはかなり置いて行かれてしまっていたが、4人は横一列になって空を飛び無事船へと帰還したのだった。


 こうしてクリムゾンの細胞に端を発する一連の事件は終息を迎えた・・・かに思われた。しかし彼女達はすっかり忘れていたのだ。シュリが二度の脱皮を経ており、その抜け殻はシリカの沖合と、浜辺に放置されていることを。

 小さな不安要素を残しつつ彼女達の旅は続く。

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