第96話 浄化の光 サンライトピュリフィケーション

 初めての悪龍退治をクリムから打診されたサテラは、最初こそ未経験かつ重要な任務に自信が持てず難色を示したが、クリムが自身に期待を持って仕事を任せてくれたことに気付くと、一転して悪龍退治の任を引き受けたのだった。


 浄化対象であるマナゾーはアクアの攻撃により気絶しており、特に事前準備が必要なかったためサテラはさっそく浄化を始めた。

「龍の威容を受け変異せし哀れな大鮫よ、妄執を捨てさり本来あるべき姿へと還るがいい。浄化の光サンライトピュリフィケーション。」

 サテラが魔法を発動するとマナゾーは眩い光に包み込まれ、体内に持っていたクリムゾンの魔力を放出し始めた。またその巨体も光の中で分解されて魔力へと変換され、見る見るうちに小さくなっていった。その姿はさながら天日干しされて干上がっていく魚の干物のごとしであった。なおそれらの魔力は浄化魔法の発動者であるサテラが吸収し、周囲への拡散を抑えた。単純にクリムゾンの魔力を浴びただけであればマナゾーの様に肉体が変異する事は無いのだが、なにぶんシュリとマナゾーを経由しているため、本来のクリムゾンの魔力から変質している可能性があったので念のための処置である。元々ドラゴンの力を宿し、魔力の扱いにも長けているサテラであれば、クリムゾンの魔力に中てられて異常を起こす事は無い。

 また例によってサテラは魔法を発動する際に詠唱を必要としないのだが、気分が乗っている方が魔法は安定しやすいため適当に言葉を紡いでいる。


 サテラが魔法を発動して数分の後、光に包まれたマナゾーはすっかり元の姿へと戻っていた。クリムは再度マナゾーの状態を観察し、その肉体からクリムゾンの魔力が消え失せており、姿も元に戻っていることを確認した。

「どうやら成功みたいですね。初めてにしては上出来ですよサテラ。」

「上出来だー。」

 クリムがサテラを褒めるとアクアも真似をして言葉を繰り返した。

「ありがとうございます2人とも。少し不安でしたがうまくいってよかったです。」

 サテラはふぅっと一息入れて満足げに額の汗をぬぐった。マナゾーが内包していたクリムゾンの魔力は大した量ではなかったので、浄化に際してサテラはほとんど消耗していないのだが、初めての経験で緊張したためにかいた冷や汗である。


 3人が呑気に談笑している脇で、元の姿に戻ったもののひっくり返ったままになっているマナゾーの白いお腹をシュリは突っついていた。昨日悪構いしたせいで噛みつかれてハサミをもぎ取られた事は忘れてしまった様で、懲りもせずに果敢にイタズラしているのだ。

 そして案の定マナゾーは目を覚まし、シュリの手に噛みつこうと牙を剥いた。

「おわっと危ない!」

 しかしシュリは高速で後方に飛びのきこれを回避した。その動きはアクアが巨大マナゾーを蹴り飛ばす前に見せた高速移動とまさに同じ動きだった。

「アクアの動きを一目見ただけで真似た様ですね。想像以上にやりますねシュリ。」

 クリムが誰にともなく呟いた。

「おお!なんか知らないっすけど避けられたっす!」

 当のシュリは無意識的に動きをトレースしただけで、頭で考えて真似しているわけではないのだった。

 捕食対象としか見ていなかったシュリの思わぬ移動速度に一瞬困惑したマナゾーだったが、それでもめげずにさらなる追撃を仕掛けようとシュリを追いかけ回すのだった。

 そんなマナゾーの猛攻を今しがた身に付けた体さばきで軽くいなしていたシュリだったが、マナゾーがあまりにもしつこいため飛行高度を上げて空中へと退避した。しかしマナゾーはそれでもまだ諦めておらず、先ほどと同様に海面ジャンプを見せたのだが、巨大化していた時に比べてそのジャンプ力は遥かに衰えており、シュリにはまったく届かないのだった。

「小さくなっても相変わらずしつこいっすね。そう言う習性なのは知ってたっすけど。いい加減諦めて欲しいっす。」

 マナゾーのしつこさに辟易としているシュリの元に、他の3人も集まってきた。

「さてと、もはやマナゾーの脅威は去ったと見ていいでしょう。船に帰りますか。」

「ちょっと待ってくださいよ姉御ー。あいつ地獄の底まで俺を追いかけてくる気っすよ。」

 シュリはいまだ自身を睨みつけている小さな鮫を指さして言った。

「まぁまぁ、これから陸地に向かうわけですし、流石にそこまでは追ってこないでしょう。どう見ても陸生できる魚ではないですし。」

「あっ、それもそうっすね。でもずっと狙われているのは気が休まらないっす。」

「そうは言ってもあのしつこさはあなたが言った通り、マナゾーが元々持っている習性なんですから仕方ないでしょう。」

「そうなんすけど、なんとかならないっすか?」

「うーん、そうですねぇ。」

 マナゾーもかくやと言う勢いでシュリがしつこく食い下がって来るのでクリムは対応策を検討した。そしてほどなくして一つの案を思い付いた。

「よし、分かりました。おそらくマナゾーはあなたの事を弱い餌だと思っているから繰り返し襲い掛かっているのでしょう。であるならば、あなたがマナゾーより強いと分からせればもう追ってこなくなるはずですよ。」

「えぇ・・・俺がやるんすか?」

 小さな深海海老であった頃のシュリにとってマナゾーは絶対的な強者であり、反撃を試みようなどと考える事すらあり得ない天敵であった。そのため人型となった今でも苦手意識が強く残っているのだ。

「私達が追い払ってもきっとマナゾーは諦めませんよ。あなた昨日からマナゾーにビビって隠れたり逃げたりばかりしていたでしょう?そんなだからきっとマナゾーにも舐められているんですよ。一発ガツンと食らわせてやれば、あなたがただの餌ではないと理解するでしょう。」

「むむむ、そうは言っても俺攻撃の仕方なんて知らないっすよ。」

 腐肉食スカベンジャーの習性を持っているシュリは、海底に沈む生物の死骸や食べ残しを漁って生きていたため、生きている生物と戦う必要が無く戦闘能力は皆無なのだった。

「あなたよくそんな事でクリムゾンに挑戦しようと思いましたね。」

「そこはまぁ恩返しの為っすから。できるできないの問題じゃないっすよ。」

 シュリは少しいいことを言ったと自分でも思い、ドヤ顔を晒していた。

「あなたいい加減な態度な割に、変な所で律義ですよね。まぁいいでしょう。どのみち多少戦える程度ではクリムゾンの相手は務まりませんから私が鍛え直すつもりでしたし、ゼロから始めるか1から始めるかの違いでしかないですね。」

「うっす。よろしく頼むっす姉御。」

「よろしい。やる気があるのはいい事です。ではまず何から教えましょうか。」

 クリムは完全に戦闘経験が無いシュリにいきなり近接戦闘は荷が勝ると考えたため、遠隔からの魔法による攻撃を教えようと決めた。そしてシュリの魔力量で扱える範囲で、またマナゾーに致命傷を与えない様に殺傷力は低いタイプの、それでいてたしかに脅威を与え、シュリに対する恐怖心を与えられるような、諸々の事情を勘案した上で都合のいい魔法が無いかと思考を巡らせた。当然そんなにピンポイントな魔法はなかなか思い浮かばず長考していた。


 シュリとクリムが楽し気に話しているのを見て(実際には楽しんでいるわけではないが)、サテラは少しばかりシュリを羨ましく思い羨望のまなざしを向けていた。現在サテラが師事しているセイランに不満があるわけではないが、クリムに対する特別な思いが彼女の心に波立たせるのだった。

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