第94話 マナゾーの作戦

 海面ジャンプの射程外の高度で浮遊するシュリを、どうにかして捕食しようと企むマナゾーは、クリム達が長々と話している間も諦める事なくシュリの直下で時折顔を出しながら旋回を続けていた。

 そしてマナゾーがしばらく周囲を観察していると、先ほどサテラがマナゾーの進路を妨害するために作り出した氷塊が海面に浮いているのを発見した。巨大だった氷塊はマナゾーが衝突した際に亀裂が入っており、時間経過によって亀裂の入った部分から少しずつ溶けて崩壊し、おおむね1m前後の無数の氷塊へと分裂していた。


「おや?マナゾーが何かするつもりみたいですね。動きが変わりました。」

 氷塊の方へと泳ぎ始めたマナゾーにクリムが気づいた。

「あれはさっき私が作った氷ですね。何をするつもりでしょうか?」

 クリムの言葉を聞いたサテラもマナゾーの動きに注目し、その進行方向に浮かぶ氷塊群に気が付いたのだった。


 マナゾーは一度海中深くに潜ると氷塊群の浮かぶ海面に向かって急上昇し、海面直前でクルッとターンして氷塊群目がけて尾ひれを叩きつけた。その巨体から繰り出される尻尾の一撃は強力で、いくつかの跳ね飛ばされた氷塊が空中で浮遊していたクリム達に、まるで散弾の様に襲い掛かった。

 迫りくる氷の弾丸にクリム・アクア・サテラの3人は即座に反応し、クリムとサテラは最小限の動きでこれをかわし、アクアは打拳や蹴りによって氷弾を粉々に打ち砕いた。その一方でシュリは高速で飛来する氷弾に対応できず狼狽えていた。

<ガゴンッ>

「あいたー!」

 氷弾の1つがいい音を立ててシュリに直撃したので、驚いたシュリは体勢を崩して飛行状態を保てなくなり、ついには墜落してしまった。


 即席の作戦が思いのほか狙い通りの結果になったマナゾーは、落ちてくるシュリの元へと喜び勇んで泳ぎ出した。そして再び海面ジャンプし、シュリに食らいつこうと襲い掛かるのだった。

「のわー!食われるっす!」

 今まさに食らいつかれそうになっているシュリが元気に叫んだ。

 シュリはクリムゾンの鱗から作られた服を着ていたため、氷塊の直撃を受けたにも拘わらず実のところまったくダメージを受けていなかった。ドラゴンの鱗は単純に硬いだけではなく、衝撃を吸収し分散する優れた強靭性も兼ね備えているのだ。


 絶体絶命かと思われたシュリの目の前に、視認できない程のスピードで小さな青い影が飛び込んできた。その影とはマナゾーに攻撃されたと判断したため反撃に転じたアクアだった。

 アクアは刹那のうちに魔力を練り上げ、凝縮された強烈な魔力を全身に纏った。そしてマナゾーの下顎を、これまた目にもとまらぬ速さで蹴り上げた。巨体を持つマナゾーは自身より遥かに小さなアクアの蹴りによってその全身が海上に露わになる程勢いよく浮き上がり、またとてつもない衝撃によって大きな目を白黒させていた。

「はぁっ!」

 アクアは掛け声と共に既にグロッキー状態のマナゾーの側頭部に、追い打ちの回し蹴りを放った。

<ドゴォッ>

 鈍く重い爆音と共に蹴り飛ばされた巨大鮫はきりもみ回転しながら水切りの小石の様に海面をパンパンと跳ねて吹っ飛んで行った。

「おー、すごいっすね。」

 アクアによって窮地を救われたシュリは、吹き飛ぶマナゾーを眺めながら、その強烈な蹴り技の威力に感嘆の声を漏らした。


 ここで1つ補足しておくと、マナゾーとアクアの体重差は実に数百倍であり、物理法則から行けばアクアの蹴りがマナゾーに通用するはずがないのである。しかしこれにはカラクリが存在する。それは魔力を凝縮して纏った蹴りを放つ前の予備動作に起因している。魔力には実体はないが質量は持っているため、凝縮して纏う事により見た目上の質量が増加し慣性が高まり、これによりたとえ空中で踏ん張りが効かない状態であっても、彼我の重量差を覆す程強烈な打撃を放つ事が可能なのだ。なお魔力は基本的に重力の影響を受けないため、凝縮した魔力を纏っていても体重自体は変わらない。


「助かったっすよアクア。流石姉御の妹っすね。」

「うん?私は攻撃されたから反撃しただけだよ。」

「あぁ、そうなんすか?まぁ理由はどうあれ助かったのは確かっす。ありがとうっすよ。」

「どういたしまして?」

 アクアはシュリを助けた覚えはなかったが、礼を言われたので反射的に定型的な返事をしたのだった。

 アクアとシュリが話している元に、クリムとサテラもゆっくりと降下してきて合流した。

「2人とも大丈夫でしたか?」

 すべて見ていたので聞くまでもなく分かっているが、クリムは一応確認した。

「見ての通り大丈夫っすよ。」

「大丈夫だよ。」

 シュリとアクアが順に返答した。

「それはよかった。それではマナゾーを追いかけましょうか。このまま放置したら回復した後にまたシュリを狙ってくるでしょうし、せっかくなので対策を打ちましょう。サテラもそれでいいですか?」

「はい。もちろん私も付いて行きます。既にかなり長い事船を開けてしまっていますが、船にはクリムゾンさんとセイランさんが残っていますし、仮に別の襲撃者が居ても平気でしょう。それに乗り掛かった舟を途中で放り出すのもなんですから、最後まで付き合いますよ。」

「そうですか。そう言う事ならマナゾーの処理はサテラにお願いしましょうか。ともすれば私の方でやってしまうつもりでしたが、こういった事例は龍の巫女が為すべき責務ですからね。」

「こういった事例と言うと?」

 サテラにはクリムの言葉がいまいちピンと来ていない様で聞き返した。

「ドラゴンに起因する事件の解決と言う意味ですよ。とはいってもクリムゾンが元凶なわけですから、私達が手を出すのも別におかしな話ではないのですが、今回はサテラにお願いします。」

 クリムは直接的には言わなかったものの、要するに未熟なサテラに経験を積ませるために任せるつもりなのだ。

「分かりました。任せてください。」

 サテラはクリムの意図に確証はなかったが、それとなく汲み取ったのでこれを了承した。


 話がまとまったところで、4人は揃って遠く吹き飛ばされたマナゾーを追いかけるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る