第93話 禁忌変異体<クリミナルバリアント>
なんやかんやあって船を追いかけてきていた巨大鮫が昨日クリムとシュリが出会った深海鮫マナゾーと同一個体であると判明し、またその狙いが昨日同様にシュリを食べる事であると予想された。身内であるシュリが原因で船が襲われたとあっては最早他人ごとではないため、クリムはサテラと協力して巨大化したマナゾーの対処に当たる事にしたのだった。
「さてと、マナゾーをどうにかするわけですが、そもそもなぜここまでシュリに固執するのでしょうか?昨日はたまたまシュリと一緒に津波で流されてきたものと思ったので気にしていませんでしたが、この様子からするとシリカの沖合で襲ってきたのはどうやら偶然ではなさそうですね。何か狙われる様な心当たりはないですかシュリ?」
「そうっすね。あいつは俺がまだ普通の海老だった時に襲ってきたのとたぶん同じ奴っすよ。他に俺が直接関わったマナゾーは居ないっすからね。それとマナゾーは一度狙った獲物を何度も繰り返し襲う習性があるっす。」
「なるほど。異様な執着心を持っているのでクリムゾンの魔力の影響で精神に異常をきたしているのかと思いましたが、元々執着心が強い種族なんですね。」
「深海では生物の個体数がそもそも少ないっすから、一期一会を大切にしないと生き残れないんすよね。だから深海を生き抜くための知恵なのはわかるっすけど、狙われる側としてはいい迷惑っすよ。」
シュリはやれやれと半ば呆れた様子で、自身の直下で旋回を続けるマナゾーを見降ろした。
そんなシュリに釣られてクリムもまたマナゾーに視線を移した。そして改めてマナゾーを観察すると新たな疑問が浮かんだ。
「どうにもわかりませんね。あれだけの巨体ですからシュリを食べても腹の足しにはならないと思うのですが、マナゾーはこの後どうする気なんでしょうね。」
「姉御ぉ、縁起でもない事言わないでくださいよ。」
シュリは不服そうに苦言を呈した。
「まぁまぁ、あくまでも例えばの話ですよ。マナゾーはサイズこそ数十倍に巨大化していますが、身体的な構造は変化していない様ですから、恐らく食性も変化していないはずです。しかしそうなると今のマナゾーが十分な量の食糧を得る手段は恐らく存在しないでしょう。仮にマナゾーが食べるのに適した巨大な貝や甲殻類がどこかに居たとしても、今まで存在しなかった上位捕食者が急に現れたら生態系が破壊されてしまうでしょうし、いずれにせよ立ち行かないはずです。」
「つまりあの鮫はこのままでは自然界で生きる事ができないと、クリムさんはそう考えているんですか?」
サテラはクリムの言葉を平易に言い換えた。
「そう言う事になりますね。同じく巨大な生物であるドラゴンは自然エネルギーや自然界に存在する魔力を吸収するだけで生存に必要なエネルギーを得られるので、摂食は可能ですが必要性はない行為であり、言ってみれば生態系の外側の存在であるため同じ問題は起きません。しかしあの鮫は魔力の流れを見る限りドラゴンの様な性質を備えていない様ですから、摂食による栄養補給が必要なはず。となればやはり既存の自然環境には適応できず、いずれは滅ぶ宿命にあるでしょうね。」
「そう聞くとなんだかかわいそうですね。どうにかならないのでしょうか?」
サテラがマナゾーの心配をする義理はないが、クリムゾンの細胞を取り込んだために起きた異常変異はマナゾーにとっても不本意であったろうと哀れに思ったのだ。
「シュリも同じ様な変異、もとい進化とも言える大きな変化を起こして巨大海老になっていましたが、あの状態のままでは自然環境に適応できなかったでしょう。ただシュリは脱皮による変態能力を持っていたので、今の姿になり意図せず環境適応を果たした感じですね。」
「おお!そうなんすか?なんか分かんないっすけど流石俺っすね。」
「まぁそうですね。」
シュリはなんとなく褒められている事だけは分かったので調子に乗っていたが、クリムは適当に相槌を打ってスルーした。
「冗談はさておき、シュリが巨大海老の状態でも既にドラゴンの角や鱗を持っていたのに対して、マナゾーは巨大化しただけでドラゴンの特徴は持っていませんね。この違いは恐らくクリムゾンの細胞を取り込んだ経緯、そして純度の違いによるものでしょう。」
「どういうことですか?」
サテラが聞いた。
「そうですね。まずシュリが誕生した経緯を簡単に説明しましょうか。その昔、と言っても昨日の出来事ですが、シュリがまだ普通の深海海老だった時、マナゾーに追い回されて深海にある岩穴に逃げ込みました。実はその岩穴と言うのが深海で眠っていたクリムゾンの鼻の穴だった様でして、異物の侵入によって鼻孔がムズムズしたクリムゾンは大きなくしゃみをしました。この事件がクリムゾンが現代に覚醒した原因だったりするのですが、それはまた別の話なので置いておきましょう。」
「え?クリムゾンさんが目覚めたのはシュリさんのせいなんですか?」
「はーそうなんすねぇ。」
シュリは自分の事なのに他人事だった。
「その時のくしゃみでシュリは全身バラバラになって吹き飛ばされたらしいのですが、先に話した通りクリムゾンの魔力には生物に生命力を与える効果が有るので、バラバラになったシュリはクリムゾンの鼻粘膜細胞、要するに鼻水と混ざり合った状態で蘇生し、クリムゾンの細胞をその身に宿した新たな生物へと進化したのです。」
「なるほど。シュリさんはそんな経緯で産まれたんですね。」
「すべて状況証拠から導き出した推論ですけどね。当たらずとも遠からずと言ったところでしょう。いまさらですがシュリが誕生したタイミングは、恐らく私が産まれるより前になりますね。」
「えっ?そうなんすか?じゃあ姉御は実は妹だったんすか?呼び方変えた方がいいっすかね?」
「いえ、ドラゴンには年齢によって上下関係を判断する様な風習はないので、好きに呼んでくれて構いませんよ。」
「そうなんすか?」
「ええ。例えばセイランはロード・ドラゴンの頂点に立つ四大龍の一角を担っていますが、エコールの記憶に彼女の存在はありませんから、年齢はせいぜい6000歳前後でしょう。この年齢はドラゴンとしては若い方になりますが、彼女が若いからと言って見くびるドラゴンはいないはずです。基本的には歳を経る程老成して強くなりますが個体差がありますからね。それにアクアマリン・クリムゾン・サンライトの三原龍、そして私とアクアの様に産まれた直後からロード・ドラゴン級の力を持っている特異なケースもありますからね。」
「はえー、6000歳で若いんすか?ドラゴンってやばいっすね。」
「やばいかどうかは知りませんが、普通の生物とは一線を画す存在であることは確かですね。ドラゴンである私が言うのもなんですが。」
「話が逸れましたが、次にマナゾーの変異の経緯について考えましょう。」
「ああ、そんな話だったっすね。」
「軽くおさらいしますが、マナゾーは昨日遭遇した時は体長1m程の小型の鮫でしたが、今は見ての通り巨大な怪物となっています。これまた推測になりますが、昨日シュリのハサミを奪い取ったマナゾーが、その肉を食べた事でクリムゾンの細胞を間接的に取り込んだのが原因で起きた変異だと私は見ています。この変異はクリムゾンの細胞を直接取り込んだシュリとは異なり、一度変異を起こしたシュリの細胞を摂食によって取り込むという二次的なものであるため、クリムゾンの細胞による影響が少なくなっている物と思われます。実際その見た目にはドラゴンの特徴がありませんからね。」
クリムは再度眼下のマナゾーに視線を移した。
「変異の経緯に違いがある事は分かりましたが、結局のところあの鮫をどうにか環境適応させる手段はあるのでしょうか?」
一通りクリムの仮説を聞いたところで、サテラは再び同じ質問をぶつけた。
「残念ですが、ドラゴンの力を半端に取り込んだマナゾーが自然界に還るのは不可能でしょう。」
「やはりそうですか。」
サテラはクリムに倣うようにマナゾーを見降ろしたが、その目にはクリムにはない慈しみの光がともっていた。
「分不相応な力を手に入れたがために、環境適応を度外視した歪な変異を起こしてしまった必滅の異常個体。言わば禁忌の変異体、
クリムはドヤ顔で言い放った。
「えっ?なんすか急に?大丈夫っすか姉御?」
クリムの唐突な中二ネーミングにシュリが思わずつっこんだ。
「クリムゾンの細胞による変異である事と、本来あってはならない滅びの進化と言うダブルミーニングでクリミナルと付けているんですよ。かっこいいでしょう?」
「かっこいい!」
アクアが同意した。
「まじっすか2人とも?」
一方シュリにはドラゴン姉妹のネーミングセンスが理解できないのだった。
クリム達がマナゾーを放置して対応策を話し合っている中、当のマナゾーは彼女達の都合など知った事ではないためどうにかシュリを捕食しようと作戦を練っているのだった。
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