第91話 巨大鮫VSサテラ

――少しだけ時間を遡り、謎の襲撃者を迎撃するために飛翔したサテラに場面は移る。


 海中から背びれだけを出し大きな波飛沫を上げて迫る巨大な影にサテラは接近した。そして影の上空を追随する様に滞空しながら、まずは襲撃者が何者であるのか、その姿を観察した。しかし海中を潜行する生物の実体は空中からでは判別しがたかったため、サテラは海面へと接近した。そして随伴飛行を継続したまま海面に片手を浸すと海中を伝播する魔力波を放った。それは昨日クリムが怪物(シュリの巨大海老形態)の調査を行った際に使用した魔導水中測距法マジカル☆ソナーと同じ物だ。


♦♦♦用語解説♦♦♦

魔導水中測距法マジカル☆ソナーとは

 水中探査に特化した魔導反響定位法マジカル☆エコーロケーションのバリエーションである。双方の測定法は原理的には同じ物だが、水中と空気中それぞれを伝播しやすい魔力の波長は異なるため、魔力を伝導する媒体に合わせて波長を微調整する細やかな魔力制御が必要となる高等技術だ。

 密度が高く振動減衰性が高い物質である程魔力を伝導させることが難しく、基本的には気体より液体、液体より固体に魔力を伝導させる方がより難しい技術となる。

♦♦♦解説終わり♦♦♦


 サテラは魔導水中測距法マジカル☆ソナーにより巨大な影の正体が体長20mはあろうかという巨大鮫であることを突き止めた。

(私が知る限りこれ程のサイズになる鮫は現代には存在しませんね。古代に存在したとされる絶滅種には怪物級のサイズを誇る鮫が居たとも言われていますが、彼の絶滅種はモウカザメ系統の高度回遊性を持つ鮫と記憶していますし、あいにくこの鮫の特徴とは一致しませんね。)

 サテラの観察によると眼前の鮫は泳ぎに特化した流線形をしておらず、海底を腹ばいで擦る様に泳ぐための平たい腹底をしており、また海底に潜む貝や甲殻類を捕食するための下向きの口に、硬い殻を削り砕くのに適した敷石状の平たい歯を持っていた。それらの特徴は海底に生息する底生遊泳魚の特徴であり、サテラが類推した古代鮫の持つ特徴とはまるで違っていたのだ。

(ともすればいまだ人類に発見されていない未知の深海生物かもしれませんね。しかしなんでまた船を狙っているんでしょうか?歯の形状などから察するに人を襲う類の鮫ではない様に見受けられますが。まぁいくら考えても鮫の思考なんて分かりませんし、当初の予定通り追い払う事にしますか。)

 サテラは観察を打ち切り、クリム達の乗る船を襲わんと迫る鮫を阻止するために行動を開始した。


 手始めにサテラは魔法を発動し指先に電撃を発生させた。

いかづち穿うがて、ライトニングスピア。」

 サテラの掛け声とともに彼女の指先に溜められた電撃は槍の様な形になり、鮫の鼻先に襲い掛かった。それは鮫を驚かせて追い払おうと放たれた一撃であり、殺そうとしているわけではないため威力は控えめに抑えられていた。ちなみにドラゴンの力を持つ彼女は普通の人間とは扱う魔法の性質が根本的に異なり、魔法の発動に際して詠唱が必要ないのだが、その場のノリで適当に格好つけているだけである。

<バチィッ>

 電撃の槍は見事に鮫の鼻先に命中したが、にも拘わらず鮫は意に介さず泳ぎ続けていた。サテラの目算とは裏腹に電撃の効果が薄い事は目に見えて明らかだった。

「おや?効果なしですか。」

 サテラはもちろん無策に電撃を放ったわけではない。彼女の知る鮫の特徴として、その鼻先には感覚器官が集中しており急所となっている事と、数十キロ離れた獲物の生態電流を感じ取れるとさえ言われる、電気信号を高感度に受信する器官を持っているという二つの事から、鼻先に電撃を打ち込む有効性を予測しての行動だ。

 なぜ電撃の効果が無かったのかと言うと、その答えは彼女が観察した鮫の特徴から見て取ることができた。深海鮫は回遊性の高い鮫とは異なり遠く離れた獲物を補足する必要が無く、それゆえにサテラが予測した鮫の特徴である、電気信号を高感度に受信する器官を持っていなかったのである。そして真っ暗な海底に隠れている獲物を探す必要があるので視力が優れているのだった。

 先入観に捉われず目の前の鮫の特徴から弱点を予測すれば、その大きな目が強烈な光に弱い事を見抜けたはずであるが、半端な知識はむしろ判断を誤らせる結果となったのだ。


 電撃の効果が無いと分かったサテラは鮫の進行を阻むため次の手を考えた。他に彼女が知る鮫の弱点として、内臓が骨格に覆われていないため腹部が弱点になっている軟骨魚類特有の構造的欠陥に思い至った。しかし彼女は水に濡れたくなかったので、海中に潜って直接的な打撃を与えるような手段は没となった。

 次いで彼女が考えた方法は鮫の進行方向に氷塊を産み出し、物理的に進行を止める方法だった。もはや鮫の弱点など関係ない力技のごり押しだが、得てして単純な方法こそが効果的であったりするのだ。

「清廉なる浄水よ来たれティアドロップ。そして凍結せよアイスフォール。」

 さっそくサテラは魔法を発動して水球を発生させ、さらに水球を凍てつかせて巨大な氷塊とし、鮫の目と鼻の先に落とした。あえて魔法で水球を産み出さずとも海水を直接凍結させればよい様なものだが、塩分を多量に含む海水は凝固点降下により凍結させづらく、また高速飛行しながらピンポイントに海水を凍結させるのは少々難しかったので、空中に産み出した氷塊を落とす手段を取ったのだ。

 突如落下してきた氷塊に激突し巨大鮫はひとたび進行を止めたが、すぐに氷塊を迂回して再び船を追いかけ始めてしまった。

「あらら、驚いて逃げると踏んでいたのですが、なかなかガッツがありますね。」

 鮫を傷つけずに追い払う方法を考えているせいでいまいち有効打が打てないサテラだったが、十分に余力を残しているので焦ってはいなかった。


 ここまでサテラの存在を無視してきた巨大鮫だったが、氷塊に激突したことでようやく異変に気付き、追従してくる小さな人間を外敵として認識した。そして煩わしい蠅を追い払おうと尾ひれで海面を叩いて大きな水柱を上げた。

<バシャァッ>

 サテラは濡れたくなかったのでこれを素早く回避し、反撃とばかりに再度電撃の槍を放った。

「ライトニングスピア!」

<バチィッ>

 先ほどよりも威力を上げた電撃の槍は鮫の尾ひれを貫き、一時その遊泳機能を奪った。

 ドラゴンの様に電撃への耐性が極めて高い怪物を除き、常識的な生物であれば電気信号を用いて筋肉を制動しているので、強力な電撃はその信号伝達に異常をきたし、身体機能を奪うのは自明である。それゆえサテラは先ほど効果が薄かったのは威力を抑えたのが問題であると判断し、より強力な電撃を放ったのだ。

 この攻撃によりいよいよサテラを明確な敵と認めた巨大鮫は、船を追いかけるのは一時中断して、尾ひれの機能回復を待ってからサテラに敵意を向けた。空中に浮かぶサテラの周りをしばらくプレッシャーを掛けながら泳いでいた巨大鮫だが、サテラが微動だにしない事を確認すると業を煮やして攻勢に転じた。その巨体に似合わぬ俊敏さで一旦海中に潜ると、海面に突進する勢いそのままに空中へと飛び出してサテラに体当たりを敢行したのだ。

 濡れたくないので海中に潜るのは躊躇していたサテラだったが、鮫が自ら空中に躍り出てきたのを見るとこれ幸いと逆に鮫に襲いかかった。空中では移動方法が無い鮫の腹側へと素早く移動すると、鮫からは完全な死角である腹部に強烈な掌底を打ち込んだのだ。なぜ彼女が掌底を選んだのかと言えば、鮫の持つ鮫肌で拳を痛める事を警戒したのと、内臓への衝撃を与える目的であれば殴るより掌底の方が効果的だと判断したからである。ところが鮫はその巨体に見合った厚い腹肉と脂肪によって内臓を覆っており、相対的に小さなサテラの掌底ではその内臓まで衝撃が伝わらず、死角から急所への完璧な一撃であったにも拘わらず決定打とはならなかった。空中では踏ん張りが効かないため飛翔魔法による推進力のみが打撃力に直結するのだが、体重が遥かに軽いサテラでは鮫に打撃でダメージを与えるのはそもそも無理があったのだ。

 鮫は何食わぬ顔で水中へと舞い戻り、再びサテラの周りを泳ぎ始めた。

「どうやら打撃は効果無しですね。あまり長時間船を離れたくないのですが、さてどうしたものでしょうか。」

 サテラは鮫をあまり傷つけずに追い払う事に固執していたため、強力な魔法を使用するのは躊躇していた。もちろんその気になれば魔法への対抗策を持たない巨大なだけの鮫など簡単に吹き飛ばせるが、彼女が見たことも聞いたことも無い巨大鮫は恐らく希少な生物であるため、生態系への影響にも配慮すれば気軽に排除はできないのだ。


 こうしてサテラが手をこまねいていると、彼女の帰りが遅いのを気に掛けたクリムが魔力を隠してこっそり様子を見に来たのだった。

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