第90話 生物(オーガニズム)と組織(オーガニゼーション)
謎の襲撃者の迎撃に向かったサテラを見送ったクリムだったが、万が一と言う事も有るのでサテラの動向を
ひとまずサテラの事は置いておいて、クリムはふと気になった事があったのでスフィーを探した。とは言ってもクリムは魔力感知により周囲の状況を把握していたので、船の最後尾で海を見ながら日向ぼっこしていたスフィーをすぐに見つけられた。
クリムが早速スフィーの元へ向かうと、彼女は緑の髪と背中の葉っぱに陽光を浴びて気持ちよさそうに光合成していた。
「寛いでいるところ悪いけど、ちょっといいですかスフィー?」
スフィーはクリムの呼びかけに振り返り笑顔で応対した。
「どうしたんですかクリムさん?」
「いえ、大したことではないのですが、あなたは植物なので潮風に当たっても平気なのかとふと思いまして、様子を見に来たんですよ。」
クリムは植物が過剰な塩分にさらされれば枯れてしまうものと認識していたので、スフィーもまた潮風を浴びると悪影響があるのではないかと考えたのだった。
「なるほど、私の事を心配してくれたのですね。ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。」
スフィーは両手を広げ、背中の翼状の葉っぱをはためかせて、すこぶる健康な様子をアピールした。
「見た所元気そうですし、たしかに平気そうですね。」
クリムはスフィーの外見のみならず、彼女が発する魔力の状態も合わせて観察し、異常が無い事を確認した。
「植物は塩に弱いと思っていましたから意外ですね。」
「私および私の本体たるスフィロートは、この星に自生する植物とは成り立ちが異なるのでまた話が変わってきますが、そうでなくともすべての植物が塩に弱いわけではないですよ。」
「そうなんですか?」
「ええ、例えばマングローブと言う植物を知っているでしょうか?」
「詳しくは知りませんが見たことはありますね。暖かい地域の水上に群生する背の低い樹木ですよね?」
「はい、その通りです。マングローブは川から流れ込む淡水と、塩分を含んだ海水とが混じり合う汽水域によく生えているのですが、彼らは塩水から真水だけを体内に取り込める特殊な細胞壁に包まれた根を持っているんですよ。高い塩分濃度が植物にとって害であることは確かですが、種類によってはある程度耐性があるんです。」
「あー、たしかに言われてみればマングローブは海の近くで見かける気がしますね。あまり注意して観察したことはありませんでしたが、塩に強い植物もあるんですね。目から鱗です。」
クリムは植物にそう詳しいわけではなかったので、スフィーの話は新鮮で興味深く、知識欲を刺激する物だった。
そんなクリムの食いつきを察したスフィーはさらに話を続けた。
「植物と一括りにしてもその生態は様々ですからね。ちなみに私はきのこの様な菌糸類、海藻の様な藻類と言った、人間の分類としては植物に当たらない生物群とも
「おや?急に話のレベルが上がりましたね。小さな魚が群れを成して泳ぐとき、まるで群れ全体が同じ意思を持った巨大な生物であるかの如く統率の取れた動きをしますが、そんな感じでしょうか?」
「そうですね。単体の生物が多細胞化して高性能になっても、集合する事でより大きな力を発揮するという基本的な構造は変わらないですね。より広範な視点で考えるなら、人間にも同じことが言えますね。人間は様々な役割を担う個人が集まり組織化する事によって、人間社会と言う巨大な生命体を稼働させていますからね。」
「なるほど、そのたとえは分かりやすいですね。要するに個々の力は弱くても、協力すれば大きな力が出せるって事ですね。」
「はい。なんだか壮大な話になってしまいましたが、私が菌糸類や藻類と
思わぬ方向に話題が飛躍したが、スフィーの持つ能力と、彼女が抱く他種族に対する意識について、クリムは少し理解が深まったと感じた。
スフィーと雑談したり、アクアとシュリが悪戯していないか様子を確認したりと、クリムが船内を歩き回りそれなりの時間が経過したにも拘らず、サテラはいまだ帰っていなかった。クリムはずっとサテラの動向をチェックしていたため、彼女が謎の襲撃者と引き続き交戦状態であり、また特に苦戦しているわけではないと分かっていたが、であればなぜ戦闘が長引いているのかまでは、魔力感知によって得られる情報だけでは分からなかった。
今回はサテラに任せて手を出さないつもりだったクリムだが、痺れを切らしてこっそり様子を見に行くことにしたのだった。
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