第48話 転移魔法ワームホール
レストランを後にした3人組はひとまず海岸に戻ってきた。
「さて、クリムゾンの元に戻るわけですが、どうやって移動しましょうか?私はこの島までは空を飛んできたのですが、クリムゾンの棲む島は意外と遠いし氷に閉ざされていてすごく寒いのですよね。エビゴンは津波に流されて偶発的にこの辺に流れ着いたようですが、サテラはどうやってこの島に来たんですか?」
「私も空を飛んできましたよ。私にはクリムさんのような翼はありませんから、飛翔魔法を使っての飛行ですね。」
飛翔魔法とは、魔法で起こした突風を推進力とし吹っ飛ばされる様に飛行する、優雅な言葉のイメージとはかけ離れた乱暴な魔法である。
「そうですか。ならエビゴンも空を飛べるのでみんなで飛んで行ってもいいのですが、あなた達は寒さは平気ですか?」
「俺は光の届かない深海出身っすから、割と寒さには強いと思うっすよ。」
「エビゴンが居たのはクリムゾンが眠っていた深海ですよね?たしかに深海は高水圧の極限環境ではありますが、水温で見ればせいぜい氷点下には達しない程度ですので、これから向かう島に比べれば暖かいと言えるでしょうね。私が島を出てきたのは太陽が出ている日中でしたが、それでも軽く氷点下30度くらいでしたからね。」
「氷点下って何すか?」
「水が凍る温度の事ですよ。」
「氷ってなんすか?」
「そこからですか。まぁずっと深海に棲んでいたなら氷を見たことが無いのも無理はないですが。氷というのは水の温度が下がった時にできる固体ですよ。」
クリムは魔法で水球を空中に生成すると、その中に手を突っ込んで水温を奪い取り、巨大な氷塊を作り出した。海岸にいるので海を凍らせてもよかったが、海水は塩分濃度が高いため凝固点降下が起きており、氷点下になっても凍らない事を考慮して、一応純水を使った凍結パフォーマンスを見せたのだった。
「これが氷ですよ。」
エビゴンは初めて見る氷に興味を惹かれたが、安全性が不明であったため恐る恐る人差し指でつついた。
「おお!冷たいっす!でもこのくらいならたぶん平気っすよ。」
エビゴンは氷点下0度くらいの氷であれば平気な様で、危険がないと見るや両手でべたべたと触り出した。
「エビゴンちょっと離れていてください。氷点下30度まで氷の温度を下げます。」
クリムはエビゴンを氷塊から引き離すと、再び氷塊に手を触れてその温度をさらに奪った。
「これが氷点下30度の氷ですよ。気温と氷の温度だと熱伝導の関係で同じ条件とは言えませんが、この氷に触れても平気ならば恐らくクリムゾンの棲む島に行っても平気でしょう。」
「分かったっす。」
エビゴンはつい今しがた氷を体験したので、温度は下がったものの見た目には変化のない氷塊に気を緩めてペタっと掌で触れてしまった。
「姉御が脅かすからどうなるかと思ったっすけど案外平気っすよ。・・・って、あれ?手が取れないっす。」
不用意に触れたエビゴンの手は氷に張り付き取れなくなってしまったのだった。それは氷に触れた手の温度により氷表面が溶解し、その後再び氷内部の温度によって表面にできた水の被膜が凍結する事により起きた現象だ。触れている手の温度は継続的に氷に奪われているため、再度氷が解ける事はなく張り付いたまま取れなくなってしまうのだ。
「いたたたた!なんか痛いっす!助けて姉御!」
「はいはい。しょうがないですね。」
クリムは魔法でぬるま湯を生成し、エビゴンの張り付いた手に掛けながらゆっくりとはがした。そして少し凍傷になっていたので回復魔法を掛けたのだった。
「ふー、ふー。酷い目に遭ったっす。」
エビゴンは痛みが冷めやらぬ手に息を吹きかけながら文句を言った。
「不用意に触るからですよ。と、まぁそれはいいとして、エビゴンは極度の寒さには弱いようですね。」
「そうみたいっす。」
クリムは実験が終わったので氷塊を解かして水に戻した。
「サテラはどうですか?寒いのは平気ですか?」
「そこまで寒い地域に行ったことは無いですが、
「そうですか。それならエビゴンには私がバリアを張って、みんなで飛んでいきましょうか。エビゴンは飛ぶのが遅いので私が抱えていきましょう。」
「ちなみに島までの距離はどのくらいあるんですか?」
「大体2000㎞くらいですね。」
「え?そんなに遠いんですか?ちょっと飛んでいく自信がないです。」
サテラは首を振りながら無理無理とジェスチャーをした。
「おや?そうなんですか?エコールがあなたくらいの時にはその程度の飛行はこなせたと思いますが。」
クリムは嫌味を言ったつもりはなかったが、つい自分の知っている龍の巫女と彼女を比べてしまったのだった。
「エコールは歴代の龍の巫女の中でも最強と言われていますし、それに今と昔では時代が違いますからね。言い訳になってしまいますが、今の平和な世の中では龍の巫女の力が求められる機会は少なく、また鍛える必然性も低いのですよ。」
「なるほど。たしかにエコールの生きた時代は世界中で争いが起きていましたし、実戦経験を積む機会には事欠かなかった様に思いますね。」
「申し訳ないです。」
「いえいえ、平和なのはいい事ですし、別にあなたを責めるつもりはないですよ。しかしどうしましょうか。私が2人を抱えて飛んで行ってもいいですが、魔力を抑えたままですと少々出力に不安がありますね。それならいっそ転移魔法で移動しましょうか。」
クリムは四大龍のキナリとシゴクの索敵から身を隠すため、島を出てからずっと魔力を抑えて活動していたのだった。
「クリムさんは転移魔法が使えるんですか?」
「ええ。あなたは使えないんですか?というのは少し意地悪ですね。龍の巫女が強いと言っても高位のドラゴンとは身体構造的に出力が違いますからね。エコールでさえ長距離転移にはそれなりの準備が必要でしたから、あなたが転移魔法を使えなかったとしても仕方がないですね。」
「はい・・・。」
サテラは伝説として語り継がれている聖女エコールに憧れを抱いているので、彼女と比較して自身の能力が低い事を、その聖女の記憶を持っているクリムに指摘された事で少しだけ落ち込んでいた。しかしのんびり旅をしていた自分にその原因がある事は明白だったため、気持ちを入れ替えて鍛え直そうと決心したのだった。
「それでは転移魔法を使いますから2人は少し下がっていてください。」
「了解っす。」
「はーい。」
2人が退避したのを確認したクリムは抑え込んでいた魔力を解放し真の力を発揮した。続いて両手を体の前面に伸ばして広げると、掌を向かい合わせて魔力を渦巻くように凝縮させ空間を湾曲させた。
「
<ビシィッ・・・パラパラ・・・>
クリムの掛け声とともに空間の歪みは音を立てて砕け、ガラスの窓が割れた様に崩れ落ちて空中に次元の裂け目ができた。その裂け目は人1人が通り抜けられる程度の大きさであったが、クリムは3人が通るための必要最低限にあえて規模を抑えただけであり、全力を出せばもっと巨大な裂け目を作り出す事も可能である。
ワームホールはクリムゾンの居る大空洞に直結しており、その裂け目からはクリムゾンの強烈な魔力と、クリムゾンに会いに来た二頭の四大龍、キナリとシゴクの魔力が溢れ出していた。この様に転移魔法を発動すると周囲へ与える影響が大きく、魔力感知能力に優れた者であれば容易に察知できるので、隠密行動には向いていない。
「成功ですね。穴が閉じないうちに通り抜けてしまいましょう。」
「了解っす。」
エビゴンはクリムに促されて次元の裂け目へと飛び込んだ。
「魔力を抑えていたんですねクリムさん。」
「ええ。あまり隠すつもりは無かったのですが、調査に向かう前にキナリに会うと説明が面倒だと思ったので、とりあえず気配を消していたのです。エコールとキナリは顔見知りですからね。まぁ話は後にしてさっさと通り抜けてください。」
「はい。」
サテラも次元の裂け目へと飛び込み、最後に周囲を確認してからクリムも続いた。
こうして港町シリカで出会った3人の少女は、クリムゾンの潜む大空洞へと一気に転移したのだった。
♦♦♦用語解説♦♦♦
・転移魔法
世界の理を破壊し時空間を歪め、一時的に遠く離れた地点同士を繋ぐ次元の裂け目を開ける不安定な魔法である。時間経過と共に時空間は平衡状態に戻るため、裂け目は次第に修復されてしまう。そしてその修復力は裂け目の規模が大きくなるに従い指数関数的に増大し、あまりに巨大な裂け目は修復に失敗して大災害を起こす危険があるので、通常使う者は居ない。
♦♦♦解説終わり♦♦♦
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