第26話 シャイタンの大きな家

 脱衣所から浴場へと移動した魔王達は、まず体を洗うためにシャワー台に向かった。シャイタン宅の風呂場は魔族の一般家庭としては大層贅沢な造りになっており、4人が同時に入るのに十分な機能を備えていたので、シャワー台には4人並んで体を洗う事ができた。そしてシャイタンとチャットは各々自分の体を洗い、フェミナが魔王の世話をすることになった。人選に問題がある気はするが、さっきの今でまた魔王に襲いかかる事は流石に無いだろうと言う事と、彼女が猛烈に立候補した事から、少々不安は残るものの部下を信頼するのも王の務めと割り切った人選である。


 ここでシャイタンの住む家に付いて少し補足しておく。

 シャイタンは一人暮らしだが、それにしてはいささか大き過ぎる一軒家に住んでいる。魔族としては若輩である彼女が、なぜそのような年齢不相応な家に住んでいるかと言うと、それは彼女の就いている職業が関係している。

 シャイタンは何度も述べている通り魔王クラスの力を持っており、魔族の中では魔王以外に並ぶものがなく飛びぬけて強い。そしてその実力から、彼女はほぼ強制的にある職業に就かされていた。その職業は魔族の住む最果ての島を守る事を生業とする防衛隊的な仕事であり、正式名称は悪魔の防人ディアブルガーディアンと言った。もっぱら省略して防人ガーディアンと呼ばれる。

 防人ガーディアンは魔族の中でも最上位の戦闘力を有する極一部のエリート魔族にのみ就任が許されるため、武闘派の魔族にとっては憧れの職業である。

 その主な職務内容は、極稀に島に流れ着く怪物や漂流者への対処と、無断で島外に進出しようとする魔族を止める事の二つである。しかし年中嵐で閉ざされた海域に浮かぶ最果ての島にはほとんど何も来ないし、シャイタン的には出ていきたい魔族は出ていけばいいくらいのスタンスなので大体暇であった。そして暇すぎるがゆえに、シャイタンは何か頼まれごとを受けたら暇つぶしも兼ねて安請け合いしていたので、魔王復活の儀式への協力要請も深く考えず引き受けたのであった。

 話が逸れたが、防人ガーディアンはその性質上本来は危険を伴う職業であるため、就業手当の1つとして豪奢な家が与えられているのである。”本来”というのは普通の魔族であればという意味であり、最強の魔族とも言えるシャイタンにとってはその職務は退屈な見回りでしかない。仮に彼女に危険が及ぶ様な事態が起これば、それはこの島全体の危機が訪れた事を意味する。


―――補足説明はこのくらいにして、体を洗っている少女達に視点を戻そう。

 少女達は和やかに会話しながら体を洗い流していた。

 シャイタンとチャットは手早く自身を洗い終わったため、フェミナが魔王の身体を隅々まで丁寧に、そしてねっとりと洗っている様子を横に座って見ていた。二人からはフェミナの手つきが少しいやらしく見えたが、フェミナ本人は普通に洗っているつもりである。女淫魔サキュバスはその蠱惑的な容姿と生来備わっている他者を魅了する特性のため、何をしていても淫猥に見られがちなのだ。

 フェミナは魔王の全身をきれいに磨き上げると、今度はちょっと不純な気持ちでマッサージを始めた。フェミナは鼻息荒く緩んだ笑顔で女淫魔サキュバス特有の淫靡なテクニックを用い、魔王の体のあちこちをわさわさと揉みしだいたが、魔王には強固な魅了耐性が備わっており、また幼い身体には性的快楽は通用しなかったためフェミナの超絶技巧を受けても平然としていた。

「こうして見ると魔王様とフェミナさんは親子みたいですね。容姿が似てるとかではなく背丈の話ですけど。」

 シャイタンは小さな魔王と、女性としては少し長身なフェミナを比較して言った。

「親子か・・・それも有りね。ママって呼んでもいいわよヤクサヤ。」

「呼ばんわ。」

 フェミナはシャイタンの何気ない言葉を聞いて少しその気になったが、魔王からは冷静に突き返されてしまった。

「この魔王を子供扱いとは剛毅な娘だな。いまさらだがシャイタンよ、貴様は何者なのだ?他の者との会話から察するに魔王軍の一員というわけではないようだが。」

 魔王は復活して以降、目まぐるしく変化する状況に追われてすっかりタイミングを逃していたが、考えてみればシャイタンの素性を聞いていなかった事に気が付いたのだ。

 そしてシャイタンの方もまた、言われてみれば名前くらいしか教えていなかった事に気付いたのだった。

「ええ、お察しの通り私は魔王軍ではないですよ。魔王様の復活の儀式に協力しただけの、ただの一般魔族です。ちょっとばかり強いですけどね。」

 シャイタンは実際にはとんでもなく強いのでかなり謙遜した表現だが、言葉とは裏腹にその表情は超ドヤ顔だったためいまいち謙虚さは無かった。

「薄々そうではないかと感じてはいたが、やはり貴様が我を復活させたのか。若い身空でよくぞ成し遂げたな。褒めて遣わすぞ。大義であった。」

 シャイタンのドヤ顔には特に触れず、魔王はその功績を褒め称えた。

「いやー、普通に褒められると照れますね。」

 魔王が幼女化してしまった原因がいまだ判然としていないため、シャイタンは自身に責がある可能性が排除しきれない現状で褒められても素直には喜べなかった。ドヤ顔でおどけて見せたのもそんな気持ちを誤魔化すための小芝居であったが、こうも普通に称賛されては何やら居心地が悪いのだった。

「男衆を待たせてる事だし、身体を洗い終えたならさっさと湯船に行くニャー。」

 そんなシャイタンの気持ちを察してか、チャットは流れを切るために提案したのだった。

「それもそうだな。では参ろうか。」

「あぁん。」

 魔王が立ち上がると、彼女をマッサージしていたフェミナは名残惜しそうな声をあげた。


♦♦♦この世界の文明レベルに付いて♦♦♦

 いまさらだがこの世界には魔法が当たり前に存在し、知的生命体にとっては便利な道具として広く活用されている。だからと言って魔法以外の技術が発達していないわけではなく、長い年月をかけて様々な物が道具や機械によって自動化、簡便化されてきた。それは主に魔法が得意ではない種族や、省力化の重要性に気付いた一部の変わり者によって細々と研究が重ねられた結果である。大多数を占める普通の人々は『魔法でできる事をあえて道具で代替するための研究』等という回りくどい行為には否定的であったことから、国を挙げた大規模な技術開発はほとんど行われてこなかったのである。また武器・兵器の開発に関しても、クリムゾンの災厄以降長く戦争が起きていない事からその必要性が薄まり、やはり一部の変わり者が道楽で作る程度であった。そのためこの世界では非常に長い時間を掛けて少しずつ技術革新が進んでおり、産業革命や戦争等のある種のターニングポイントから爆発的な急成長を遂げた現実世界とは事情が異なる。要するに需要が少なかったため技術開発は遅々として進まず、人類並びに魔族社会は有史から数百万年を数える長大な歴史を持ちながら、その技術レベルは重ねた年月の割には大したことない物となっている。


 技術史については触れる程度にとどめ、次はこの世界の技術がどのような物であるか簡単に説明しておこう。

 この世界には化石燃料や電気をエネルギー源として動く科学的な機械は存在しないが、代わりに魔力をエネルギー源として魔法的なプロセスで稼働する魔導機が存在している。もちろん魔力を必要としない普通の道具や、動力源を伴わない原始的な機構・絡繰りの類は存在しているが、複雑で高度な機械に関して言えばエネルギーの違いが現実世界との大きな相違点と言える。

 特に社会性の強い人間や魔族は他の種族よりも魔導機技術が幾分進歩しており、概ね21世紀の地球人類と同等の生活水準を持っている。

 一方で自然主義のエルフや獣人等、高い知性を有しながらも近代文明を好まず、森や山奥で古い様式の生活を送っている種族も存在する。


 世界の環境が現実とは異なるため必要な技術もまた現実と異なっており、様々な差異があるのだが、長くなるのでここでは細かく説明はしない。一つだけ例を挙げるなら、この世界においては航空技術はほとんど発達していない。空を飛ぶ怪物が跋扈する環境であるため、航空技術開発で勘案しなければならないリスクは現実の比ではなく、例え技術的には実用化できても運用上の安全確保が難しいからだ。


 シャイタンの家に備え付けられた風呂場には、蛇口をひねればお湯が出るシャワーが付属しているが、これも魔導機の一種である。特に言及しなかったが炊事場にも調理用の魔導機が備え付けられている。

♦♦♦解説終わり♦♦♦

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