第25話 鈍感系主人公な魔王

 魔王軍の最高幹部フェミナの凶行を、他の幹部達の協力もあってどうにか穏便に納めた魔王だったが、フェミナによってその衣服を引き裂かれてしまっていた。

 すべての最高幹部が集まりようやく魔王軍が再集結したものの、魔王は裸マント姿のままでいるわけにもいかず、また元々入浴する予定だったため、この際なのでそのまま風呂場へと向かう事にしたのだった。入浴の供としてチャットとシャイタン、そしてついでにフェミナを連れて。


 女性陣が揃って魔王の入浴に付き添っていったため、残された男の幹部達はひとまず各々が持つ情報を共有しつつ彼女達の帰りを待つことにしたのだった。


―――シャイタン宅、風呂場脱衣所にて。

 少女達は和気藹々と入浴の支度をしていた。少女と言っても魔王は元男であるし、フェミナは少女と呼べるほど幼くはないし、見た目こそ少女のチャットもその実年齢は魔王軍最高齢と言われているため、実質的に本当に少女と呼べるのはシャイタンだけなのだが、大雑把に鯖を読めば概ね少女と言っても差し支えないだろう。女の子は何歳になっても女子とは有名な言葉である。


 シャイタンは自分より小さい女の子が好きという、少々特殊な性癖を持っていたため、衣服を脱ぎ去り裸となった魔王とチャットをじっと見つめて、ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべていた。

 彼女自身も幼い少女の外見を持っているので、傍から見れば然程問題がある行為ではないのだが、その秘めたどす黒い感情に半ば気付きつつあった魔王は、彼女の熱視線にもまた気づいていた。そして入浴の供として彼女を選んだのはミスだったかといまさらながらに少し後悔していた。

「あまりじろじろ見るでないわシャイタン。第一こんな幼子の裸体を見て何が面白いのだ?」

 魔王はシャイタンが人目もはばからずガン見していたので、流石に気になってその行為を諫めた。

「私は好きですよ小さい子。それに小さい子にしか劣情を抱けない殿方もそれなりにいらっしゃいますから、もっと自信持ってください魔王様。」

 残念ながらシャイタンには魔王の言葉の意図がまるで通じておらず、なぜか励まされたのだった。

「いや、我は別にこの姿を卑下して言ったわけではないのだが。・・・まぁよいか。」

 魔王は繁殖能力すらまだ備わらぬ幼子に欲情する意味が分からなかったし、加えて同性であるシャイタンが自身にそう言った過剰を向けているのは輪をかけて理解しがたかった。軽いカルチャーショックを受けた魔王だが、あまり深くは聞きたくなかったのでそれ以上は追及しなかった。

「私も好きよヤクサヤ。」

「うむ、それはさっき聞いたから知っておる。」

 フェミナがシャイタンの言葉に乗っかってカミングアウトしてきたが、魔王は先ほど襲い掛かられた際に、彼女が男女ともイケる旨の発言をしたのを聞いていたため驚きはなかった。またそうでなくとも、女淫魔サキュバスが爛れた性生活を送っている事は一般によく知られている事実であるため、フェミナが特殊な趣向を持っていても特に疑問には思わなかったのだ。

 なおフェミナは女淫魔サキュバスとしては特殊な性格をしており、魔王以外には目もくれない一途さを持っていたのだが、魔王はその事を知らなかった。


 シャイタンは魔王に性癖を指摘され少々省みる所が有ったので、大好きな少女達から目を逸らし、自身の趣向とは異なるが大人の魅力を備えたフェミナに注目した。


 フェミナはともすればあばらが浮きそうなほど痩身で、どこか守ってあげたくなるような薄幸の魅力を備えていたが、かといって貧相というわけでもなく、その乳房は痩せた身体には似つかわしくない程大きかった。またその肌は玉のようにつやつやで、見るからに瑞々しく柔らかな弾力を感じさせる張りがあった。そして頭の巻角や背中の翼、そしてお尻に生えた悪魔の尻尾は、美しい顔や身体と合わさる事で反って禍々しさを際立たせていた。もっとも魔族にとっては悪魔のような外見というのはプラスにこそなれ、マイナス要素足りえないので、これは人間的な感覚の話である。


 相反する要素を併せ持ちながらお互いに食い合う事が無く、奇跡的な調和を保っているフェミナの容姿に、シャイタンは不思議な美しさを感じた。

「フェミナさんはきれいですね。全然私の趣味ではないですけど。」

「あら、ありがとうシャイタン。後半の注釈は要らないと思うけど。」

「いえいえ、私がフェミナさんに気があると思われても困りますので、そこははっきりさせておきませんと。」

「女同士なんだからそんな心配は要らないでしょう?」

 フェミナは首をかしげながら真顔で言った。

「どの口が言うのだ貴様。」

 魔王はフェミナの本気なのかボケなのか分からない反応に突っ込みを入れた。

「何か勘違いされてる気がするけど、別に私は女の子が好きなわけじゃないのよヤクサヤ。あなただから好きなだけで。」

 フェミナは恥ずかしいセリフを恥ずかしげもなく堂々と本人に告げた。十万回以上も愛の告白をしている彼女にとって、魔王への親愛表現は日常会話と変わらないのだった。

「貴様はなぜ我に拘るのだ?貴様の美しさならば男など履いて捨てる程言い寄って来るだろうに。」

「はうぁっ・・・!」

 魔王はお世辞でもなんでもなく、フェミナの容姿が美しいというただの事実を述べただけなのだが、フェミナの方は想い人からの突然の誉め言葉に声を失って歓喜に打ち震えていた。

 女淫魔サキュバスである彼女は魔王が言う通り、その美しさに惹かれて集まってきた男達に嫌になるほど言い寄られていたため、異性からの誉め言葉や愛の囁きなど聞き飽きているのだが、魔王から直接褒められるのは滅多にない事だったので異様なまでに喜んでいるのだ。

 魔族は例外なく美男美女揃いなのだが、女淫魔サキュバス男淫魔インキュバスは魔族の中でも特段に美しい外見を有する種族である。相手を魅了し篭絡するのが得意な種族であるため、他者から好意を持たれやすい美しい外見は言わば彼らの武器なのだ。


 フェミナが喜んでいる脇で、話を聞いていたチャットは少し怒った様子で魔王の左右の頬をぐにっとつまんだ。

「口は禍の元だニャー。流石にフェミナがかわいそうだニャー。」

「はにほふふひゃっひょ。(なにをするチャット)」

 魔王はチャットが何を怒っているのか分からなかったので不満を漏らした。

 チャットが怒っていたのは一途なフェミナの想いに気付かず、他の男ではだめなのかと聞く魔王の言葉が、余りにも配慮に欠けていた事に対する物であった。当のフェミナは魔王の言葉を特に気にしていなかったが、チャットは女心を踏みにじる言動は目に余ると思いあるじの不義を正そうとしたのだ。

 しかしチャットは魔王に悪気がない事も分かっていたし、その鈍感さは今に始まった事でもないので、戒めにつまんだ頬をすぐに放した。

「魔王様はダメですねぇ。」

 シャイタンも異性には興味がないので魔王の気持ちは分からないでもなかったが、相手の気持ちが分からない程不器用ではなかったので、とりあえず魔王を非難したのだった。

「なんだ貴様まで。我に言いたいことがあるならば包み隠さず申してみよ。」

「私達が教えてどうなる物でもないですし、フェミナさんの前でする話でもないので、魔王様が自分で考えてくださいね。」

「なんだそれは?」

 魔王は何が悪いのかはわからなかったが、自身に非がある事だけは理解したため、自身の言動を自分なりに省みるのだった。


 脱衣所で長々といちゃついていた少女達だが、恋話もひと段落したところでようやく浴場へと向かうのだった。いうほど恋バナだったかは議論の余地があるが、それは見る人の感性に依るところである。

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