第24話 女幹部フェミナ襲来
一足先に魔王の元に向かった二人に遅れてシャイタンが客間に到着すると、そこでは思いもよらぬ修羅場が展開されていた。
魔王軍幹部の1人である
「ヤクサヤ・・・あなたを愛しています。結婚しましょう。」
フェミナはソファーに座る魔王の上に馬乗りに覆いかぶさり、目を見つめながら愛を囁いた。
「何度言わせるつもりだフェミナよ。我は誰とも契りを結ぶつもりはない。少なくとも魔族の国家が安定するまではな。」
情熱的に迫るフェミナに対して、魔王は手慣れた様子で冷静に断りを入れた。
「14万と3422回目の告白よヤクサヤ。」
フェミナはいまいち噛み合わないとぼけた返事をしながら、魔王の服に手を掛けた。
「回数は聞いとらんわ!って待てぇい!服を脱がそうとするでないわ痴れ者が!」
冷静に対処していた魔王だが、フェミナが服を脱がそうとしてきたため流石に抵抗した。しかし幼女になって弱体化しているせいか、部下であるフェミナの凶行を止める事ができていない。
「フェミナよ冷静になれ。不本意ながら我は今女であるぞ。しかも自分で言うのもなんだが年端もゆかぬ幼子だ。同性である貴様とは結婚できぬであろうが。」
力で及ばぬと諦めた魔王は興奮するフェミナをどうにか落ち着けようと、言葉で諭そうとした。
「大丈夫!私女の子もイケルから!」
しかしフェミナはバイだったため効果が無かった。
そしてそれは魔王にとっては残念な報告だった。
「貴様が大丈夫でも我が大丈夫ではないわ!いいから放さんか愚か者がー!」
話が通じないフェミナを振りほどこうと、魔王は再びじたばたと暴れ出した。
状況が飲み込めずしばらく固まっていたシェンは魔王の窮地に我に返り、フェミナを引き離そうと飛び掛かった。
「勝手にどこかへ行ったかと思えば、現れて早々何をしているのだ貴様は!魔王様から離れんか!」
しかし同じ最高幹部である2人の力はほとんど拮抗しているため、簡単には彼女を引きはがせない。
「ニャーんだフェミナだったかニャ。慌てて損したニャー。」
チャットはやれやれと首を横に振って呆れている。
「呆けてないで貴様も手伝わんかチャット!」
シェンは傍観しているチャットに支援要請した。
「フェミナが魔王様に危害を加えるはずがないニャ。放っておいても大丈夫だニャー。」
「貴様目が見えぬのか!」
同じ女であり経験豊富なチャットは、フェミナが魔王に恋心を寄せていることをよく知っていたため、その凶行も驚く程のことではないのだった。
一方のシェンは仔犬の頃に群れからはぐれ魔王に拾われて育てられた経緯から、男女の情事に関しては知識としては知っていたものの経験がなく、フェミナが何をしようとしているのか正確に把握していなかった。
もっとも今は魔王が幼女になっているため、それを男女の情事とは呼べないのだが。
「放してシェン!私がヤクサヤを守らなきゃダメなの!だから結婚しないといけないのよ!」
フェミナは何か思いつめた様子で、いまいち要領を得ない主張をしている。
「貴様が魔王様に襲い掛かっておるのだろうが!貴様の方こそ放さんか!」
シェンは当然意味不明な発言をしている彼女の意図が分からず、とりあえずその行為を止めようとした。
フェミナは思い込みが激しく、一人で妄想を繰り返しては突飛な結論に至る事がこれまでにも度々あったので、傍観していたチャットはいつもの悪い癖かと思いつつ眺めていた。
魔王の服を掴んだフェミナの腕を、さらにシェンが引っ張った事で、魔王の服は今にもはちきれんばかりに引き延ばされ、いよいよ服が破れそうになりビリッと嫌な音を立て始めたのだった。
「よし分かった!我が悪かった!悪かったから一旦落ち着け貴様ら!」
魔王は特に何も悪い事はしていないはずだが、どうしようもなくなって謝りだした。
「何を謝っているのヤクサヤ?大丈夫よ私に全部任せて。痛いのは最初だけだから。」
「痛いって女同士で何をする気だ貴様!」
「え?それはまぁナニを・・・。」
「やっかましいわ色ボケ淫魔が!」
魔王はフェミナとのやり取りがあまりにしょうもなかったので、思わず言葉遣いが崩れてしまった。
<バリィッ>
そしてついに二人の魔族の激しい圧し合いの末、魔王の服は大きな音を立てて破かれ、その無垢なる柔肌が露わになってしまった。
「ぬおぉっ!」
魔王の服が破れた拍子に反動でシェンは吹っ飛んでしまった。
そして自由の身となったフェミナの魔手が、衣服を奪われ無防備となった魔王に迫った。
「貴様いい加減に・・・。」
どれほどの蛮行に及ぼうと部下に手をあげるつもりはなかった魔王だが、フェミナのいつになく本気な様子に身の危険を感じ、少し本気を出そうと魔力を全身に漲らせた。
と、その時である。
「待てーい!」
無駄にいい声をした男の掛け声とともに、客間の窓から黒い影が飛び込んできたのだ。
一陣の風の様に現れたその影はフェミナの前を駆け抜けると、すっぽんぽんの魔王を奪い去った。そして魔王をフェミナの魔の手から救い出した男は、腕に抱えた少女が裸であることに気付くと自身のマントを脱ぎ去り、彼女の肌を覆うようにと手渡したのだった。突如現れた謎の男は、一挙手一投足がいちいち無駄にイケメンであった。
「顔は少々老けた様だが、その声に立ち居振る舞い・・・貴様スペリアか?」
魔王は自身を救った男に問いかけた。
「魔王軍最高幹部が1人、
フェミナとよく似た特徴の容姿を持ちスペリアと名乗った男は、妹の非礼を詫びながら深々と最敬礼した。
「助かったぞスペリア。貴様は相変わらずの様だな。」
「お久しゅうございます我らが魔王よ。積もる話もありますが・・・まずは我が愚妹の対処から致しましょうか。」
数万年の恋煩いを越えてようやく手に入れかけた(と当人は思っている)想い人を奪われたフェミナは、魔王を奪い去った張本人である実の兄に対し臨戦態勢で怒りをあらわにしていた。
「そこまでだ我が妹よ!これ以上の横暴はこの兄が許さんぞ!」
「どけスペリア!」
なぜか演劇調な兄とは対照的に妹は本気のブチ切れモードであった。
シャイタンは魔王軍の痴話喧嘩にはあまり関係がないので、しばらくチャットと共にその様子を傍観していたのだが、何やら戦闘が発生しそうになっているので流石にそれは止めたかった。もちろん彼らを心配しての事ではなく、自宅を破壊されてはたまらないからだ。
「お二人とも落ち着いてくださいな。やるなら外でやってください。」
「そうだニャー。みっともないからいい加減にするニャー。」
我関せずと黙って見ていたチャットだったが、シャイタンが二人を止めに入ったのに合わせてついでの様に苦言を呈した。
さらに吹っ飛んで転がっていたシェンも起き上がり魔王を守る側に立った。
「いたた・・・魔王様ご無事で何よりです。それにしても何を考えているのだフェミナは。乱心したか。」
相変わらずシェンには恋する乙女心が理解できていなかったが、その推測の一部は当たっていた。とはいっても、フェミナが乱心しているのは今に始まった事ではなく元からであるが。
魔王軍の最高幹部3人に加えシャイタンまでもが魔王の防衛に回り、勝ち筋のない戦いを前にした事で、ご乱心のフェミナは少々躊躇い冷静さを取り戻しつつあった。
諦めきれないフェミナと即席の魔王防衛隊によるにらみ合いが続く中、またしても窓の方から声が飛び込んできた。
「ほっほっほー窓から失礼するぞ。」
音もなく飛行しふわりと室内に降り立ったのは、白い翼のような腕を持つ高齢の魔族だった。
シャイタンは揃いも揃って窓から侵入してくる魔王軍の幹部達に、そういう決まりでもあるのかと思ったが、いちいち聞くのも面倒なので黙っていた。
「カドル爺は何も変わっておらぬな。息災な様で安心したぞ。」
魔王は魔王軍の最高幹部最後の1人であり、魔王の実祖父でもあるカドルに声を掛けた。
「ほほ、やはりお主がヤクサヤなのか。随分とまぁかわいらしくなってしまったのう。」
「うむ、我にも何が起きたのか分からぬが、どういうわけかこんな姿だ。」
久々の再開を喜ぶ祖父と孫の姿を見て、荒ぶるフェミナは興が削がれたようでようやく臨戦態勢を解いた。
「やっと落ち着いたかフェミナよ。何を思ったか知らぬが、恐らく長い間留守にした我にも責任があるのだろう。此度の件に関しては罪に問わぬ事とするから、他の者もこれ以上の追及は不要だ。よいな?」
「分かったわヤクサヤ。続きはまた後で話しましょう。」
フェミナはまるで反省していない様子だったが、とりあえずは落ち着いているので魔王は最大限譲歩してよしとした。
魔王はフェミナにまた暴れられても困るので、刺激しない様に寛大な処置を与えたのだが、傍目には器の大きさを見せる形となっていたので、一人だけ状況を飲み込めていなかったシェンは痛く感動したのだった。
こうして魔王軍の最高幹部五人衆は揃い踏みし、ようやく現状の確認と今後の指針を話し合う事になったのだった。
「そろそろお風呂が沸く頃ですかね。」
シャイタンは思い出したようにつぶやいた。
「魔王様少々トラブルはありましたが、その恰好のままでは難でございますし、当初の予定通りお体をお清めになってきてはいかがでしょうか?」
魔王はフェミナに服を破られ、裸マント状態であったためシェンが進言した。
「そうだな。先に湯浴みを済ませてくるとしよう。チャットとシャイタンは供をせい。」
「はいですニャー。」
「わーい。じゃなかった、はいお供します魔王様。」
シャイタンは魔王と一緒にお風呂に入りたいと内心思っていたため、本人からの思わぬお誘いに喜んだ。
魔王はまだ男の姿であった時分も、入浴に際しては自らの手を動かす事はなく、配下に世話をさせていた。魔王本人としては風呂ぐらい一人で入りたいと思っていたが、無防備な状態で一人きりになる事を最高幹部達が危ぶみ、入浴並びに就寝の際には信頼のおける者を二人以上供につけていたのだ。一時はシェンやカドルのような男の幹部も供としていたのだが、男色の疑いを掛けられてしまい、そちらの筋の魔族達の目線が色っぽい物に変わったことから、いつしか男幹部を供とすることは禁忌とされた。
また魔王は国家運営にことさら重点を置いていたため、フェミナの求婚を何度も断ったのと同じように、数多の言い寄る女たちを袖にしてもいた。要するに恋愛を求めておらず、むしろ邪魔なものだと思っていたのである。そのため入浴や就寝の供をする配下はできる限り魔王に好意を寄せる心配のない歳若い少女と、チャットの様な異種族が優先して選ばれていた。そのせいで魔王は幼子にしか興味がないなどと噂されたが、元より恋愛に興味のない魔王にとって妙齢の女性から敬遠されるのはむしろ好都合だったので、いささか不名誉な噂は強くは否定されず、半ば公然の事実とされていた。
「あのヤクサヤ・・・私は?」
フェミナはさっきまでの大暴れが嘘のようにしおらしくなって魔王に問いかけた。
「う、うむ・・・貴様が望むならば供をするがよい。あえて言うまでもない事だが、我が信頼を裏切るでないぞ?」
「はい。」
魔王は未だその真意が掴めないフェミナと裸で向き合うのは正直気乗りしなかったが、ここで断ってはフェミナを恐れた様で格好がつかないので、一緒に入浴する事を許可したのだった。
魔王はフェミナのインパクトに圧されて忘れていたが、シャイタンもまた幼女の姿の魔王に対して常ならざる視線を向けていた。
魔王は危機を脱した事で油断しているが、今の状況が自ら猫を連れ込んだ籠の中の鳥のような状態である事に気付いていなかった。この場合の猫はもちろん文字通り
目覚めてからこっち色んな事が起こり過ぎたため、そろそろ一息つきたい魔王だったが、まだまだゆっくりはできそうにないのだった。
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