第21話 魔王軍幹部登場

 シャイタンは現在の魔王の身に起きている事態が自身の責任であることを隠すため、どうにか嘘で誤魔化そうとした。しかし魔王ヤクサヤの鋭い洞察力と、かわいらしい威圧を受けて観念し、自身の知りうる真実を話し始めたのだった。

 と、その時である。

「ちょっと待ったー!」

 突如二人の会話を遮る何者かの声が、寝室の窓の方から飛び込んできたのだ。

 シャイタンと魔王が揃って声の方へと目を向けると、そこには二人がよく知る顔が並んでいた。それは昨夜シャイタンが遺跡に放置してきた魔王軍の幹部達だった。

「おはようございます。昨晩は大変でしたね。」

 シャイタンはまるで他人事の様に言い放った。爆発事故の大半の責任はシャイタンにあるはずだが、当人はさほど気にしていないのだった。

「おっはよーシャイタン。と、そっちのちっちゃいのが魔王様なのかニャ?」

 猫耳に猫の尻尾を持ち全体的に猫っぽい少女が、見た目通りの浅はかな語尾を付けて元気に挨拶を返した。

「その顔と珍妙なしゃべり方・・・貴様チャットか?」

「はいですニャ。魔王軍最高幹部が1人、猫精ケット・シーのチャットここに見参ですニャ。お久しぶりですニャー魔王様。」

 魔王がチャットと呼んだ少女は、窓からピョンと身軽に飛び込んできて魔王の足元にゴロゴロとじゃれついた。さながら猫そのものである。

「はっはっは、少し見ぬ間に大きくなったなチャット。」

 ずっと眠っていた魔王の体感時間では久しいという感覚が無かったので、自身が記憶しているよりも大きくなった部下の姿を見て、時の流れを感じていた。そしてじゃれつくチャットの頭を撫でながら、長い時を越えた再会を喜んだ。

 しかし魔王が感じた変化は実は気のせいである。猫精ケット・シーは魔族すら上回る超長命種であるため、数万年を経てもその背丈はほとんど変わっていないのだった。

 ちなみにチャットはシャイタンより少し小さいくらいの背丈だが、それでも幼女になった魔王よりは大きく、自分より小さな幼女にじゃれつく少女の姿は傍から見ると少し異様だった。

「魔王様はちっちゃくなっても堅苦しい話し方は変わらないニャ。懐かしいニャー。」

「む?・・・チャットが大きくなったのではなく、我が縮んでいるのか。」

 魔王はチャットの言葉を聞いて彼女を撫でていた小さな手を見つめた。そして自身の置かれている現状を改めて実感し、部下との再開の笑顔を曇らせてしまった。

「ニャー・・・。」

 主の様子に気付いたチャットはじゃれつくのをやめ、心配そうに魔王を見上げた。


「そのくらいにしておけチャット。魔王様は目覚めたばかりで未だ状況がつかめておらぬのだ。」

 犬顔の青年がチャットを窘めながら、窓枠をまたいで寝室に侵入してきた。少女の寝室に無断で入り込む様は不審者そのものだが、一応顔見知りなので辛うじてセーフだ。

「その口振りからすると貴様はシェンか?相変わらずチャットとは反りが合わぬ様だな。」

 魔王は部下2人が自身を気遣う様子に気がつくと、ひとまず懸案事項は横に置き、部下との再会を喜ぶことにした。いかなる時も部下の前で弱気な態度は見せないというのが魔王の信条だったからだ。

「お久しぶりです魔王様。魔王軍最高幹部が1人、犬精クー・シーのシェンここに馳せ参じました。」

「貴様はチャットと違って本当に大きくなったのだな。見違えたぞ。」

「魔王様の復活に長い時を要してしまった事、面目次第もございません。」

 魔王の言葉に他意はなかったが、シェンは自身の風貌が大きく変わるほどの長い期間、魔王の復活を果たせなかった事に責任を感じていたのだった。

「シェンよ気にする必要はない。なにも貴様を責めているわけではないのだ。貴様が誰よりも忠義に厚い男であることを我は知っている。些細は知らぬが、苦労をかけたようだな。」

「主人に忠義を尽くすは臣下の当然の務めゆえ、我が身には過ぎたるお言葉でございます。」

「シェンはお堅すぎるニャー。尻尾ブンブン振りながらカッコつけても様にならないニャ。正直に魔王様に甘えたらいいニャー。」

「なに!?これは違うのです魔王様!」

 平静を保っていた表情とは裏腹に、シェンの尻尾は主人との再会の喜びを隠しきれず、それはもう凄い勢いで振り回されていた。その事をチャットに指摘されたシェンは慌てて尻尾を抑えるのだった。

「構わぬ。我も貴様と再会できて嬉しく思っているのだ。貴様が同じ思いを抱いているのならば、それ以上の忠義はあるまい。」

「うう・・・魔王様ー寂しかったワン!」

 できる男感を出していた先ほどまでとは打って変わって、犬顔の青年は急に魔王に抱き着いた。

「よしよし。」

 魔王は豹変した青年に驚くそぶりも見せず、その大きな頭を撫でた。

 幼女に抱き着くいい歳したおっさんの姿は、少々危険な香りを放っていたが、その実態は長年待ち望んだ主人との再会を果たした忠犬なので大目に見よう。

 シェンは幹部という立場上無様な姿は晒せないと普段は意気込んでいるが、その本質は主人である魔王が大好きなワンコである。主人から掛けられた優しい言葉に、抑え込んでいた感情が堰を切ってあふれ出してしまったのだ。

「ニャー・・・。」

 チャットはシェンに甘えろとけし掛けておきながら、本当に魔王に甘えるシェンを見て少し引いていた。

「うわぁ・・・。」

 魔王とシェンの関係をよく知らないシャイタンもついでにドン引きしていた。

 そしてそんなチャットとシャイタンの反応を見てシェンは冷静に戻ったのだった。

「失礼しました魔王様。もう大丈夫です。」

「そうか。」


「ゴホン。ところでだ、昨晩の話に戻るが、我らが目覚めたら二人の姿はないし、周辺住人が集まって苦情を入れてくるし、本当に大変だったのだぞシャイタンよ。」

 シェンは醜態を誤魔化すために話題を変えて、昨晩置いてけぼりを食らった事に苦言を呈した。

「みなさん急に倒れてしまうものですから、私一人ではどうする事もできず、魔王様だけでもとお連れしてあの場を離れた次第です。私は私にできる最善を尽くしたつもりですが、呑気に伸びていただけのシェンさんがまさか私を非難するのですか?」

 シャイタンの行動だけを見れば一切嘘はついていないのだが、その思惑は面倒事を避けるための保身であり、言葉のニュアンスとはだいぶかけ離れている。基本的にあまりやる気がないシャイタンだが、責任転嫁と屁理屈だけは十人前だった。

「ぐぬぬ・・・それを言われては何も言い返せん。」

 シェンは正当性があるのか微妙なシャイタンの屁理屈を真に受け、言いくるめられてしまった。

「シェンはちょろいニャー。」

 チャットにはシャイタンの屁理屈が通じていなかったため、あっさり騙されるシェンに呆れて小声で呟いたのだった。


「そう言えば姿が見えませんが、他の幹部の方達はどうしたんですか?」

「カドルとスペリアは壊れた遺跡の片づけに残して、我ら二人が魔王様の捜索をするように分担したのだ。フェミナは目覚めてすぐどこかへ逃げてしまったのでよくわからんがな。」

「なるほど。鼻が利くお二人が私達の追跡を担当したわけですね。」

「まぁそう言う事だな。」

 猫精ケット・シー犬精クー・シーも種族として鋭い嗅覚を持っており、魔族である他の幹部達よりも人探しに向いているのだ。


「ほう、カドル爺はまだ健在なのか。思い起こしてみれば、昨晩ちらっと姿を見たような気もするが。」

 魔王軍幹部の1人カドルの名を聞いた魔王は、他2人を差し置いてカドルだけを特に気に掛けている様子だ。というのも、カドルが魔王の実の祖父だからである。魔族はさほど血縁を重視しないが、それでも魔王にとってのカドルは、他の幹部達より先んじて気に掛ける程度に特別な存在であった。

「ええ、カドルは相変わらずですがお元気ですよ。カドル・スペリアの両名とは後程合流する手筈になっていますから、本人とお話しされるのがよろしいでしょう。」

「そうだな。そうするか。」

 魔王は実の祖父だからと言って、同じ魔王軍幹部の中でカドルだけを特別扱いしない様にできるだけ平等を心がけていたが、シェンはその心中を察してあえて話をするようにと勧めたのだった。

「フェミナもその内ここに来ると思うニャー。魔王様に一番会いたがってたのはあいつだからニャー。」

 チャットが言い終わると同時に、ぐーっとシャイタンの腹の虫が鳴った。

「お話の途中で申し訳ありませんが、そろそろ朝食にしませんか?」

 再会を喜ぶ魔王達に圧されてなかなか言い出せずにいたシャイタンだが、お腹が減ってきたので話を遮った。

「いろいろと話したいこと、話すべきことはありますが、今後の指針を決めるのはひとまず魔王軍幹部が集結してからにいたしましょう。シャイタンよ炊事場を借りるぞ?」

「うむ、すべて貴様に任せるぞシェン。何をするにもまずは腹ごしらえだ。」

「え?みなさん食べていくつもりなんですか?別に構いませんけど。」

 シャイタンはこのまま居座る気満々の魔王軍の図々しさに少々戸惑ったが、朝食を作ってくれるなら楽でいいなとも思っていた。

「まぁまぁシャイタン。シェンは料理だけは上手だから心配しなくていいニャー。」

「だけとは何だ、だけとは。」

「そこは別に心配してないんですけど、そうまでいうなら期待しておきますね。」


 なんだかんだで魔王軍の活動に半分参加させられているシャイタンだったが、どうせ暇なのでまぁいいかとしばらく付き合う事にしたのだった。


♦♦♦登場人物紹介など♦♦♦※読み飛ばしてもあまり問題ないはず。たぶん。

・魔王軍幹部五人衆

 魔王復活を悲願としていた幹部達。魔王が健在の頃よりの最側近であり、我が強い魔族としては珍しく忠実な部下達だ。ちなみに魔王軍には魔族以外の種族も居る。

 幹部はもっとたくさん居たのだが、他の幹部は忠誠心が低く、魔王が眠りに付くと勝手に軍を離脱してどこかへ行ってしまった。


1.猫精ケット・シーのチャット

 種族・妖精猫ケット・シーの少女。身体の随所に猫の特徴が見られるが、二足歩行可能で両手は人間の様に器用に使える。魔族ではないが魔王に懐いており、成り行きで魔王軍に加入した。魔王からは普通の猫のようにかわいがられている。

 猫精ケット・シーは魔族よりも遥かに寿命が長く、チャットの正確な年齢は魔王ですら知らないが魔王軍最高齢と言われている。猫の様に気まぐれであまり役に立たないが、その実力は魔王に匹敵するらしい。ただし誰も本気のチャットを見たことがないので、実情としてはただのマスコットだ。


2.犬精クー・シーのシェン

 種族・犬精クー・シーの青年。チャット同様魔族ではないが魔王軍に加入しており、魔王に忠誠を誓っている。しかし魔王からはペットの様に扱われている。子犬の頃に群れからはぐれてしまい一匹で居る所を魔王に拾われ、そのまま育てられたため恩義を感じている。

 チャットをライバル視しており何かと競おうとするが相手にされていない。元々は語尾にワンと付けて話していたが、チャットとキャラが被るのが嫌で頑張って矯正した。しかし感情が高ぶると元の癖が出てしまう。犬精クー・シーは本来四足歩行だが、チャットに対抗して気合で二足歩行を実現している。

 魔族達は自分勝手で統率力が低く、チャットはやる気がないため、魔王が眠りについている間はシェンが実質的なリーダーとなっていた。


3.白梟ホワイトオウルのカドル

 白梟の翼のような腕を持つ魔族。梟と同じく風切り音を立てない特殊な羽毛を持っており、無音で高速飛行する事ができる。その特性から無音の暗殺者サイレントアサシンと自称しているが、白い羽毛は夜闇でもよく目立つため簡単に発見されてしまう。本人は真面目なのだが、気持ちだけ先行して空回りしがち。

 実は魔王の祖父で育ての親。魔王の両親は比較的温厚な魔族だったため、才気に溢れる我が子の扱いに困っていた。息子夫婦から相談を受けた武闘派の祖父カドルは、幼き日の魔王を引き取り、武闘派魔族としての英才教育を施したのだった。ただしその教育法は根性論主体であまり役に立ったとは言い難く、魔王は独学で力を付けていった。魔王が尊大な話し方をするのはカドルの教育のせいであり、それだけはカドルの功績(罪過?)と言える。


4.女淫魔サキュバスのフェミナ

 まだ眠りに付く前の、イケメンだった頃の魔王に恋をして言い寄っていた魔族。頭部には羊のような大きな巻角、背中には蝙蝠のような翼、そしてお尻には槍のような穂先の付いた細い尻尾を生やしている。スレンダー巨乳で露出の多いスケベな衣装を身にまとった蠱惑的な美女だ。

 上記3人が色物な事もあり、幹部五人衆の中では一番魔族らしい魔族。冷酷で打算的な性格をしており魔王への忠誠心は無いのだが、その恋心は本物であり魔王が眠りについた後もその復活を願い側を離れなかった。恋多き種族であるはずの女淫魔サキュバスなのに一途な変わり者。

 男女問わずイケる口なので、魔王が幼女になってしまった今もその気持ちは変わっていない。


5.男淫魔インキュバスのスペリア

 フェミナの兄でイケメン。外見上の特徴は概ね妹と同じだが高身長の細マッチョだ。わがままな妹に命令されて強制的に魔王軍に参加させられた。自ら志願したわけではないため魔王軍への思い入れは無いのだが、曲者ぞろいの魔族をまとめあげた魔王の実力は尊敬している。

 何かと不幸が降りかかる受難体質の苦労人。


6.魔王とシャイタンの外見について

 他の魔族の外見が出てきたので、魔王とシャイタンについてもついでなので触れておく。

 魔族の外観的特徴は、淫魔兄妹のように悪魔っぽい外観の真魔人ディアボロス、梟の特徴を持つカドルのように他の生物の特徴を持つ獣魔人ビースティアン、そして魔王やシャイタンの様に外見的な特徴は人間とほぼ変わらない魔人デーモンの3種に大別できる。

 一般に真魔人ディアボロスは魔法適性が高く、獣魔人ビースティアンは身体能力が高く、魔人デーモンは平均的な能力を持つ。

 姿はまるで違うが上記3タイプの魔族はすべて同じ種族であり、その祖先を辿るとたった一人の大魔人アークデーモンにまで遡る事ができるという。同じ種族であるため別タイプの魔族同士でも子供はできるが、普通は同タイプ同士でつがいになる。両親の特徴を受け継ぐ場合が多いが、両親とまったく異なるタイプの子供が産まれる事もある。

♦♦♦紹介終わり♦♦♦

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