第20話 魔王のトラウマ

 シャイタンは魔王の身に何が起きたのか大体の予想はついていたのだが、復活が不完全になった原因は恐らく自身のせいであるため、責任逃れのために嘘をついて誤魔化したのだった。

 しかしそれで魔王が納得するはずがない事は分かっていたので、うまく煙に巻く術はないかと思案していた。


「まったく我が魔王と知りながらいい加減な事ばかり言いおって、ある意味魔族らしいのでその太々しさは糾弾せぬが、これ以上我を欺こうというのならばこの魔王の怒りを買う事になると心得よ。」

 魔王はキリっと凛々しい顔で凄んだつもりだったが、見た目が幼女になっているため、残念な事にまるで威厳が無かった。とはいえ、魔王はシャイタンが嘘をついていることを完全に見抜いており、一時しのぎの誤魔化しは意味がないとシャイタンに悟らせたのだった。

「むむむ・・・うまく誤魔化せたと思ったのに、なかなか鋭いですね。」

「当然だ!魔王だからな!」

 魔王であることと洞察力が鋭い事の因果関係は不明だが、とにかくすごい自信だ。

「そうですねぇ、私が知っていることを教えるのは構いませんが、正直に話したら怒らないって約束してくれますか?」

「ふっふっふ、安心するがよい。魔王は神と違って寛大だ。貴様がいかなる大罪人であろうと、すべての罪を許すとここに誓おうではないか。」

 魔王は渾身の悪い顔で高らかに宣言したが、やはりその姿に威厳は感じられなかった。

「ありがとうございますサヤちゃん。そう言う事なら喜んでお教えいたしましょう。」

「ふん、最初からそうしておればよいのだ。あとサヤちゃん言うな。」


 魔王が自身を封印し眠りに付く以前、魔王は圧倒的な力とカリスマ性を背景にして魔族達を従えていた。その実力は他の魔族とは一線を画すものであり、魔族の中でも上位の戦闘力を誇る魔王軍の幹部達が、束になっても相手にならない程であった。魔王はその実力差に裏打ちされた絶対的な支配を敷いていたため、叛乱を恐れる必要すらなく、臣下である魔族達がどのような罪を犯そうと反省すれば許す王であった。ゆえにシャイタンが多少舐めた態度を取ってもほとんど気にしていないのだ。


 魔王が怒らないという言質を取ったので、シャイタンは心置きなく話し始めた。

「まずどこから話したものか・・・ところで魔王様は現状をどの程度把握していますか?すでに分かっている情報を話しても仕方がないので、先に教えてもらえればいろいろスムーズになりますが。」

「それはそうだな・・・。我が分かっている事と言えば、理由は分からんが永い眠りについていた事と、気が付いたら身体が幼女こんなになっていたという事だけだな。我が身に一体何が起きたのだ?人魔大戦はどうなった?」

「おや?魔王様は自分自身を封じ込めたと聞いていますが、違うのですか?」

「何?なぜ我が我を封印するのだ?」

 深紅の災厄クリムゾンディザスターと呼ばれる強大なドラゴンとの戦いで魔王が致命傷を負い、生命維持のために自身に封印を掛けたという話は魔族の間では常識であり、子供でも知っている事だった。

 話が噛み合わない事に違和感を覚えたシャイタンは魔王にさらなる質問をぶつける。

「うーん?参考までに聞きますけど、魔王様が眠りに付く以前の事で覚えている最後の記憶はなんですか。」

「最後の記憶だと?そうだな、何か強大な存在と戦っていたような、あれはたしかドラゴンの・・・くっ、駄目だ思い出せん。頭にもやがかかったように曖昧模糊としておるわ。」

「なるほど。ではそれ以前の記憶はどうです?同じように曖昧ですか?」

「それ以前か、うーむ・・・いや、そんな事はないな。まるで昨日の事の様に明瞭に思い出せるぞ。」

 数万年ずっと眠っていた魔王からすれば、過去の出来事は実際昨日の事も同然であるため、記憶が明瞭である事は特に不思議ではなかった。逆に自身を封じる原因となった重大な戦闘を忘れてしまっている事が異常なのだ。

「なるほどなるほど。」

「なんだ?何かわかったのか?」

「えぇまぁたぶん。」

 魔王の反応からシャイタンはある仮説を立てた。

 魔王はクリムゾンとの戦いで身体だけではなく心にも深刻なダメージを受けており、そのダメージから精神を守るために記憶を封じているのではないか、という仮説だ。シャイタンは仮説を立証するために一つ実験をすることにした。

「魔王様あまり深く考えなくていいですけど、この言葉に聞き覚えは有りますか?”深紅の災厄クリムゾンディザスター”。」

「クリムゾン・・・いや知らんな。何なのだそれは?」

「あれ?おかしいですね。何か反応があると期待したんですが。」

「なんの話だ?」

「いえいえ、知らないならいいんです。お気になさらず。」

 クリムゾンの名を聞けばトラウマが刺激されて記憶が蘇るのではないかという、下手をすれば精神崩壊を起こしかねないリスキーな荒療治を、本人に断りなく試みたシャイタンだったが、その成果はまさかの無反応だった。シャイタンの仮説が間違っているのか、それとも名前すら完全に忘却する程に記憶に蓋がされているのか。

 そんな事を考えながらシャイタンがふと魔王の方を見ると、その腕がプルプルと小刻みに震えている事に気付いた。魔王の顔を見る限り本人は無自覚な様子だが、どうやら身体は戦闘で受けた恐怖を覚えていたようである。

 このことからシャイタンは自身の仮説が概ね正しく、魔王の記憶はクリムゾンとの戦闘に関する物だけが固く封印されている状態なのだと結論付けた。そして、あまり刺激すると不味そうだと感じたので、それ以上の実験は控える事にしたのだった。


「それでは改めまして、魔王様に関する今の状況を説明しましょうか。」

「さっきの話はなんだったのだ?まあよいが。」

「それはおいおいと言う事で。まず魔王様を復活させるに至った経緯から話しましょうか。あれはつい先日の事ですが旧魔王軍の幹部の方が私に魔王様復活の儀式を・・・」

 魔王の状況を把握したシャイタンが、ようやく本題である魔王復活儀式と、その失敗に付いて話そうとしたその時である。

「ちょっと待ったー!」

 寝室の窓の外から室内をのぞき込む怪しい影が叫んだ。


 突如現れた謎の影。その正体はいったい何者なのか。次回へ続く。

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