閑話 魔族陣営・新生魔王軍結成

第19話 魔王の受難

―――ところ変わって魔族の住む最果ての島。時は少しだけ遡りクリムが誕生した頃合い。

 魔族の少女シャイタンに気絶させられ、かどわかされた魔王ヤクサヤは、シャイタンの家で朝までぐっすり眠り、日が登る時間になってようやく目覚めていた。もっとも最果ての島は常に天気が悪く、朝日を拝むことなど滅多にできないのだが。

「ふわぁー・・・。ん?」

 大きなあくびをひとつして起き上がろうとした魔王は、体にまとわりつく何者かによって拘束され、体を起こせない事に気付いた。

(む?見知らぬ天井・・・そして我にまとわりつく見知らぬ小娘・・・いや、よく見ればこやつ先だって我に腹パンした不敬者ではないか。なぜ一緒に眠っているのだ、状況が読めぬ。)

 魔王は復活したばかりでただでさえ何も分かっていないのに加えて、昨夜の騒動でシャイタンに気絶させられてしまったため、いまだ自身の置かれている状況がまるで飲み込めていなかった。

(しかし魔王は狼狽えない。魔王たるもの常に冷静であれ。)

「ふぅ・・・む?」

 落ち着くために一息つき、マントの襟を正そうと伸ばした魔王の手は虚空を掴んだ。それは封印される以前、魔王が思いがけぬ事態に直面した際に、心を落ち着かせるために行っていたルーティーンであるが、いつも魔王を包み込んでいた愛用のマントはあるべき場所に存在せず、魔王は階段を一段読み違えたような妙な違和感が残るその小さな手を見つめた。そして自身の身体に起きている異常にようやく気が付いた。

「ん?なんだか手が小さい・・・小さいというよりはまるで幼子のような・・・。」

 魔王は昨晩気絶させられる前に、自身が小さくなっていることは確認したはずだが、その後の混乱と一晩ぐっすり眠ったせいでそのことをすっかり忘れていたのだ。しかし寝ぼけた頭が明瞭になるにつれ昨晩の事を思い出していた。

「一体何がどうなって・・・。」

 魔王は自身の体中を触って確認し、幼い姿になってしまっていることを理解した。そしてその手は魔王の股間に伸び・・・。

「わ、我のご立派様がない!?」

 立派等と自分で言う事ではないが要するにちんちんが無かったのである。

「あわわわわ・・・。」

 大抵の事では驚かないと自負している魔王だが、ちんちんが無くなっているのは流石に想定外だった。


 隣でもぞもぞと動き回る魔王にゆすられて、魔王を抱き枕代わりに抱きしめながらぐっすりと眠っていたシャイタンが目覚めた。

「んん・・・なんですか朝っぱらから。魔族たるもの寝坊するのが正道ですよ。」

 魔族にそんな風習は存在しないが、朝が弱かったシャイタンは適当な事を言っていた。そして隣であわあわしている幼女に気が付いた。

「ああ、魔王様起きたんですね。おはようございます。」

「おはよう・・・ではないわ!我に何が起きたか説明せよ小娘!」

 魔王は昨夜思う存分狼狽えていたので、今回は復活が早かった。

「朝から元気ですねぇ。」

 シャイタンは当たり障りのない会話で誤魔化しつつ内心迷っっていた。自分の失態により魔王の復活が不完全なものとなった事実を正直に話すべきか、適当に誤魔化すべきか。そして数秒悩んだ末、誤魔化す事にしたのだった。

「すみません私にもさっぱりです。」

 少女はいい笑顔で息をするように嘘をついた。

 彼女にとって目の前の幼女が彼女の失態を知り怒ったとしても、正直怖くもなんともなかったのだが、相手がせっかく気づいていないのならば、自分が不利になる情報をあえて開示する必要はないだろうと、それはもう不誠実かつ合理的な魔族らしい判断による対応だった。

「なにぃ?状況的に貴様が何も知らんはずが無かろう。嘘をついているな小娘!正直に申してみよ。」

「そんな、滅相もないですよ。私が魔王様に嘘をついてなんの得があるでしょう?」

 シャイタンの薄っぺらい嘘は、数多の修羅場を潜り抜けてきた魔王によって秒で看破されたが、それを裏付ける証拠を魔王が持っていないのは分かり切っていたので、自白さえしなければ推定無罪の現状を、知らぬ存ぜぬで切り抜けるつもりなのだ。

「あ、それと私の名前はシャイタンですよ。えーっと・・・いちいち魔王様って呼ぶの堅苦しいので、ヤクサヤちゃんでいいですか?」

「いや、普通に嫌だが急に何を言っているのだ?」

「そうですか?ならヤクサヤちゃんだと長いのでサヤちゃんにしますね。」

「勝手に決めるな小娘ぇ!」

「もうさっきも言いましたが、私は小娘じゃなくてシャイタンですよ。あっ、お姉ちゃんって呼んでもいいですよ?」

「呼ばんわ!」

 少女は話を逸らして魔王の疑念を紛らわそうと画策し、魔王はまんまとその策に嵌ったのだった。


 ひとまず窮地を脱したシャイタンだが、このままいつまでも誤魔化せるものでもないので、何か手を打たなければと次の一手を考え始めたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る