第18話 シゴク、母への想い
―――キナリがグラニアとアクアマリンの大決戦に思いを馳せている間、他三頭の四大龍はキナリから聞いた様々な情報を整理し考察していた。
キナリ自身はクリムゾンに会ったことが無く、実際に戦ったロード・ドラゴンや龍の巫女エコールからの伝聞による情報をまとめただけであるため、いわば2重のフィルターを通した状態であり、その情報の確度は一段以上落ちるものである。セイランはその事を認識しているため自分なりにさらに情報を整理していたが、少々アホなクチナシと素直なシゴクはキナリの情報を鵜呑みにしていた。
「ところでシゴクはどうしてクリムゾンの話を聞きたかったんだ?」
クチナシがなんとはなしに聞いた。
「さっきも言ったけど、私はクリムゾンがグラニアの眷属だって事知ってたからね。それと私のお母さんとクリムゾンがほぼ同時期に産まれた姉妹で、言ってみればクチナシとセイランみたいな関係だってグラニアから聞いてるんだ。だからクリムゾンならお母さんの事をよく知ってるんじゃないかと思って、会ってみたいと思ったんだ。」
「なるほどね。でもそれなら直接会いに行けばいいんじゃないのか?どうしてわざわざ私達の所に来たんだ?」
「クリムゾンがおとぎ話通りの悪龍だったら話を聞くどころじゃないでしょ?だからまずはクリムゾンに会いに行ったって聞いた二人の所に来たんだよ。二人から見たクリムゾンの印象を聞こうと思ってね。」
「そう言う事か。意外と頭いいなシゴク。」
クチナシはセイランの事は自分より賢いドラゴンだと認識しているが、シゴクは自分と同じくらいの知能だと思っていたため、いろいろと考えて行動しているシゴクに感心したのだった。
「クチナシってもしかして私の事馬鹿だと思ってる?」
「いや、そんなつもりはないぞ。」
クチナシは面と向かって嫌味を言うようなタイプではないため、心からそう思った本音であった。当人(龍)に悪気はないがクチナシと同レベルの知能と言う事は、ロード・ドラゴン基準で言えば下の下に位置するため、割と失礼である。
ちなみにシゴクはクリムゾンより範囲は狭いものの広範囲の
「シゴクちゃんはこれからクリムゾンに会いに行くつもりなの?」
「そのつもりだよ。」
「ふーん。」
二頭の会話を聞いていたキナリは、シゴクがアクアマリンの事を知るのはあまり好ましくないのではないかと懸念した。しかしシゴクの誕生の秘密に関わらない、アクアマリンの人(龍)となりを知るだけなら問題はないのではないかと思い直した。
キナリはあれ以来アクアマリンの動向にそれとなく注意を払っていたが、アクアマリンはグラニアとの決戦の後一度も姿を見せておらず、クリムゾンの厄災が起きた頃から現在に至るまで、その魔力の痕跡すら感じなかった。そのためクリムゾンとアクアマリンが、シゴクを産んで以降に出会い、シゴクの卵をグラニアに預けた件について話をした可能性は低いと考えた。それゆえにクリムゾンがシゴクの誕生に関わる秘密を知っている可能性は限りなく低いであろうと推測した。
また母の事を知りたいと思っているシゴクを止めるのは、キナリがアクアマリンに関する何かしらの秘密を知っている事を意味するため、できればそれは避けたかったのである。
キナリはシゴクを止める事はできないが一頭で行かせるのも心配だったので、折衷案として自身もシゴクに同行する事を決めた。そして何か問題が起きたらフォローすればよいと考えたのだった。キナリは普段からシゴクに付きまとっているため、急に付いていきたいと言っても特に不自然に思われないであろうことも、もちろん織り込み済みである。付きまとい行為自体の是非は別として。
「シゴクちゃん、私も一緒に行っていいかしら?」
「え?どうして?」
シゴクは前述の通りキナリが苦手だったので、断りたいのが本音だったが、クリムゾンの話をしてくれた借りがあるため無下に断るのも憚られた。なのでとりあえず理由を聞いた。
「私もクリムゾンに会ってみたくなったのよ。」
もちろんそれは建前である。
「さっきは興味ないって言ってなかったっけ?」
シゴクは少し子供っぽい所はあるが、意外と洞察力が優れていた。
「覚えておきなさいシゴクちゃん。女心と秋の空は変わりやすいものよ。」
キナリは痛い所を突かれたと思ったが、そこは年の功で切り抜けた。
「何それ?」
「まぁまぁいいからいいから。」
シゴクはいまいち納得いかなかったが、それっぽい諺とキナリの勢いで言いくるめられてしまった。
キナリの言動はシゴクが傷つかずに済むようにという善意から来るものであったため、いつもの気持ち悪さが前面に出ておらず、図らずもそれが功を奏してシゴクの警戒心が解けたのだった。
「それじゃあ行きましょうか。」
キナリがシゴクに出発を促した。
「うーん?そうしたいのはやまやまだけど、さっきからクリムゾンの気配が見つからないんだよね。」
シゴクは例の索敵法でクリムゾンの動向をチェックしていたが、クリムゾンが地下深くに潜ってしまったためその魔力を見失っていたのだ。キナリもすかさずクリムゾンの魔力を探すが、同様に発見できない。
「あら本当ね。どこか遠くに行っちゃったのかしら?」
「さっきまで北の方に居たのは確かだけど、急に反応が消えたから索敵範囲の外にまで行ったわけじゃないと思うんだよね。地下にでも潜ったのかな?」
魔力の反応が消える理由は限られているとは言え、察しがいいシゴクだった。
「それなら反応が消えた辺りに行ってみましょう。」
「そうだね。」
いつもの気持ち悪さが消え失せまともな反応をするキナリを見て、シゴクは彼女に対する苦手意識が薄れつつあるのを感じたのだった。
「それじゃまたねクチナシ、セイラン。」
「おーまたなー。」
シゴクの別れの挨拶にクチナシが軽い返事をした。
「うんまたね。それと大丈夫だとは思うけど一応気を付けてね二人とも。」
セイランは自身の見立てではクリムゾンが悪龍ではないと結論付けたものの、彼女が過去に問題を起こしているのもまた事実であるため、念のため二頭が油断しない様にと釘を刺したのだ。
「うん分かってる。ありがとね。」
<ピシャァッ!>
シゴクは現れた時同様一筋の稲妻に乗って、空に浮かぶ雷雲へと戻っていった。
「それじゃまたねー。」
キナリも同様にキラキラときらめく雲に身を包み、普段と変わらない感じを装いつつ飛び立った。というのも、口に出さなかったもののクリムゾンとの邂逅はキナリにとっても意味のあるものだったからだ。
クリムゾン、アクアマリン、そしてキナリの母サンライトは同時期にグラニアが産み出した姉妹であり、キナリにとってもクリムゾンは因縁の有る相手なのだ。そしてシゴクとクリムゾンの話す内容いかんによっては、サンライトにも触れられる懸念があった。
キナリはグラニアに娘の様に育てられ、彼女もまたグラニアを母として慕っていたので、亡くなった実の母の事を知りたいと思った事はなかった。しかし今回、思わぬところで自身のルーツに触れる機会が訪れてしまい、少々戸惑っていた。つまるところ実の母についての話を聞くのが少し怖かったのである。
あまり会いたくない叔母ではあるが、シゴクを心配する気持ちが勝り一緒についていくことを決めたキナリは、ひそかにその胸をざわつかせていた。
「キナリちょっと様子がおかしかったね。」
二頭を見送ったのち、セイランはクチナシに問いかけた。
「キナリがおかしいのはいつもの事だろ?」
「いやそうじゃなくて・・・まぁいいけど。」
セイランはキナリが発するどことなくぎこちない雰囲気を感じ取っていたため、クチナシの意見を聞こうとしたのだが、クチナシは特に何も感じていなかったため話にならなかった。
こうして二頭のドラゴンは、クリムゾンに会うために北の孤島を目指し飛び立ったのだった。期待と不安をそれぞれの胸に抱いて。
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