閑話 ドラゴン陣営・若きロード達

第4話 ロード・ドラゴン会議

 天下無敵の破壊球・クリムゾンの復活は、彼の龍が情報収集目的に気軽に発した魔導反響定位マジカル☆エコーロケーションによって、文字通り世界中に伝播していた。

 とはいえクリムゾンが眠りについてから数千年もの時を経ているため、かつての災厄を知る者は少なく、たとえ異常な魔力の奔流ほんりゅうを感じ取れたとしても、それが異形の巨龍によって発せられたものであると気付く者はそう多くない。

 しかしクリムゾンと同じ時代を生きたいにしえのロード・ドラゴン達は、その懐かしくも疎ましい魔力の波長から、辛酸を嘗めさせられた記憶を呼び覚ましていた。


※ 遥か昔世界を恐怖のズンドコに陥れた悪龍は、畏敬の念を込めて数多くの忌み名で呼ばれていたが、破壊球もその内の1つである。


 ロード(支配者の意)と呼ばれる最上位の龍種にとって、当時の世界においては比肩しうる存在は同じロード・ドラゴンだけであった。そして彼らの多くは長い時を生きて力と知恵を蓄えていたため、基本的にはそれぞれが支配する地域、平易に言い換えれば縄張りを持っており、不文律ではあるが争いを避けて互いに干渉しない事で穏やかに暮らしていた。

 この様に龍種の支配闘争が平衡状態に至る過程は、もちろん争いもなく平和裏に進んだ――というわけではなかったのだが、話が脱線するので彼等の歴史に関しては折を見て語ることにして、今は軽く触れるのみとする。


 話を戻して、かつてクリムゾンが現れる以前の世界では、ヒト種の争いは絶えなかったものの、龍種は比較的平和に暮らしていた。しかしある時忽然と現れた異端のロード・クリムゾンによってその均衡は脆くも破壊された。

 クリムゾンは普通のロード・ドラゴンの様に支配地域を持たず、争いの匂いに釣られてふらふらと移動し、他のロードが支配する縄張りにも度々侵入していた。支配地域への招かれざる客人には、その地の主として当然それなりの報いを受けさせねばならないのだが、クリムゾンは侵略や支配には興味が無く闘争そのものが目的であったため、自身に対する排斥行為はむしろ望むところであった。そして性質の悪い事に彼の龍はロード達の中でも飛びぬけて強く、実質的に力による排除は不可能であった。そうして始まったクリムゾンとの戦いは、無尽蔵のスタミナを持つ怪龍に対して防衛側の迎撃能力が続く限り終わることはなく、いざ精魂尽き果てて戦闘続行不可能となると、闖入者は対戦相手への興味を失い去っていくのだった。

 このように侵入される側からすればまったく意味のない戦闘が往々にして起こっていたため、元来あまり干渉しあわないロード・ドラゴン達だが、対クリムゾンに関しては個別に対応していては身が持たないとの判断から、その重い腰を上げて正式に協定を結ぶこととなった。こうして発足したのがロード・ドラゴン会議であり、会議の発足以降は異端のロード・クリムゾンを混沌暴帝龍カオスロードドラゴンと呼称する様になった。

 第一回ロード・ドラゴン会議では被害に遭ったロード達から事情を聴き、対クリムゾンの対抗策が練られた。状況証拠から彼の龍は戦闘行動自体が目的であることは明らかであったため、対クリムゾンの施策は至極簡単に決定された。手を出さなければ何もしないミツバチの様なものなので、簡潔に言えば無視の一手である。そしてこの会議で決定した密約の履行により、クリムゾンによって発生するドラゴン種に対する災難はひとまず終息を迎えたのだった。


―――時は流れて現代、親龍王国グランヴァニア郊外の平原にて

 不定期開催のロード・ドラゴン会議が今まさに行われていた。会議はクリムゾンが姿を隠したのちも惰性で続いていたのだが、その開催は有事の際、あるいは気が向いたときに開かれる同窓会の様な物であり、はっきり言って益体もない集まりであるのが常であったが、強大な力を持つロード・ドラゴン達が特に何をするでもなくのんびりしている事は、それだけで世界の安定に寄与しているのだった。ちなみにロードに至らない木っ端ドラゴン達は、多くの場合近縁のロード・ドラゴンの庇護下に入り、その縄張りに棲んでいるため、ほぼ無意味な会議の内容ではあるが、その議題は概ね全ドラゴンに周知されるのだった。

 ただし今回の会議は珍しく有事の招集であり、穏やかな雰囲気ではある物の、一応の議題が存在する稀有なケースでの開催だった。その第何回なのか数えるのもやめて久しいロード・ドラゴン会議の真っただ中に、かつての災厄の波動が飛び込んできたのである。もちろんその波動とはクリムゾンが世界情勢を把握するために放った魔導反響定位法マジカル☆エコーロケーションの魔力波の事である。

 過去、実際にクリムゾンの被害に遭った事のある老齢のロード達は、苦い経験を思い出し一時恐慌状態に陥ったものの、伊達に長生きしていないため、若輩への見栄を張って平静を装っていた。

 一際年老いた風貌を持つ議長ドラゴンはその様子に気付きながらも、とりあえず無視して会議を進行した。

「えー、皆さんお気づきとは思いますが、混沌暴帝龍カオスロードドラゴンが復活したようですね。」


 平時であれば会議の間、概して半分くらいのドラゴンは居眠りしているのだが、クリムゾンの魔力を感じ取るや否や、眠っていたドラゴン達も一様にその身を起こし、静かな平原はざわざわとにわかに色めきだつのだった。

 古龍達が表面上はさして慌てていない様子であるのに対して、クリムゾンが眠りについた以降に産まれ、比較的若いロード達は議長の言葉に驚きを隠せない様子で、仲間内で話し合っていた。彼らは古龍とは少々成り立ちが異なり、古龍と比して若く経験が浅いものの、戦闘面での実力に関しては遜色のないドラゴンである。

「カオスロードって小龍のしつけのために使うお伽話じゃないの?」

 一匹の元気なドラゴンが友人に話を振ると、眠たそうな顔で友人は応えた。

「うん。うちのかーちゃんも喧嘩してるとクリムゾンが来るぞってよく言ってたよ。」

 クリムゾンの存在はドラゴンの間でも深くは教えられておらず、当時を知る古龍以外にとってはロード・ドラゴンを一方的に蹂躙するような存在は半ば創作であると思われているのだ。


「はい静粛に。今回集まって頂いたのは、最近の魔族の動向に関する対応が議題でしたが、予定を変更してこちらの対応を先に決めてしまいましょうか。」

 議長ドラゴンはざわつく会場を鎮めつつ話を続ける。

「とはいえやる事は決まっていますが、今回も前回と同様で、あの龍には極力関わらず無視するという事でよろしいですね?」

 当時を知る古参のロード達に異論はなく、ひとまず様子見との見解で一致していたため、クリムゾンに対する話は意外にもあっさりと終わった。


「続いて本来の議題の方へ移りたいと思います・・・」

 議長を含む古龍達は泣いても笑ってもクリムゾンに関しては放置一択なので、見なかったことにして早々に次の議題へと移っていたが、当時を知らぬ血気盛んな若者たちは、おとぎ話の怪物が実際に存在すると聞いて興味津々で、年寄りたちの退屈な話は耳に入らない様子であった。

 そしてそんな若者の中にあって、特にクリムゾンに執心する二頭のドラゴンが居た。彼らは若いながらも戦闘力は古龍に勝るとも劣らず、自分達こそが世界最強であると若者らしい驕りを持っていた。

 二頭のドラゴンはこっそりクリムゾンに会いに行こうと画策し、ひそひそと内緒話をしていたが、内緒話と呼ぶには普通に声がでかかったので割と周りに筒抜けだった。

 彼らの計画を知った古龍達は制止するかと思いきや特にそんな事はなく、彼らの若さを羨みながらほっこりと見守るのだった。

「まぁ若いうちはなんでもやってみるものさ。」

 ザ・無責任。

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