閑話 魔族陣営・魔王復活の儀式
第5話 魔王復活
―――最果ての孤島、捨てられた大地。
その島では1年を通して厚い雲が空を覆っており、日の光を見る事は滅多にない。また異常発達した積乱雲は魔力を帯びており、頻繁に落雷や雹を降らせ、嵐の様な暴風を起こしていた。そこは人類が住むにはあまりに危険な土地である。(ここで言う人類とは人間だけに限らず、亜人種も含まれる。)
だが、そんな土地だからこそ住み着いている者達が居た。彼らは魔族と呼ばれる種族だ。魔族とは人類とは比較にならないほど強い肉体を持ち、強力な魔法を扱い、知性も優れ、平均寿命も数千年以上と長いため経験豊富で、見目麗しい。ほとんど人間の上位互換であり、言わば超人的な存在であった。人類が魔族に勝る点と言えば繁殖力と協調性くらいである。
魔族は環境適応力も人類と比すれば高いため、このような僻地にも平気で生存可能だが、別にこの環境を好き好んで住み着いているわけではない。住みにくい土地にあえて住んでいる理由は、魔族が過去に人類と世界を二分する覇権争いをして敗れたためである。人類が住むことのできない厳しい環境を持つ辺境の孤島は、支配地域を追いやられた魔族達にとっては唯一の逃げ場所だったのだ。
―――魔族と人類の覇権争い。通称人魔大戦。それは赤き龍の災厄が世界を席巻するより、もっとずっと大昔の出来事だ。
魔族達は概して個人主義であり、個々の力は強いものの人類を脅かすほどの組織力が無かった。そのため結束し組織だって動く人類国家が長らく世界の覇権を担っていた。
しかしある時状況は一変する。魔族の長い歴史の中でも例のない、ひときわ強力な力を持つ変異体が現れたのだ。彼は飛びぬけた力を持つだけにとどまらず、まとまりのない魔族達を惹きつけ、統率するカリスマ性も備えていた。いつしかそんな彼を中心にして魔族達は寄り集まり、魔族史上初の王国が誕生したのだった。
彼の名はヤクサヤ。魔王と呼ばれる存在である。
魔族は元来プライドの高い種族であるため、国家を築き組織力を手に入れた結果気持ちが大きくなり、現支配者を標榜する人類種に対して、多くの魔族達は悪感情を抱くようになった。魔王は世界の覇権に興味がなかったため、他種族と争いを起こさぬように勅命を出して、勢いづいた魔族達を頭ごなしに押さえつけた。しかし人類に対して逃げ腰とも受け取れる施策は、魔族達の不興を買い、魔王の求心力を落とす結果になった。そうして魔王の求心力が落ちると、勅命の効力が薄れ、人類と魔族が
人類と魔族との大戦は当初、力で勝る魔族が優位であった。しかしなんやかんやあって人類側にドラゴンが加勢した事で戦況は反転し、数年に渡った人魔大戦は魔族達の敗北で決着した。また大戦の最終局面において、魔王はとあるドラゴンとの戦いで致命傷を受けて眠りについたのだった。
ちなみにとあるドラゴンとは、魔族達の間では
クリムゾンは無限の闘争に身を置く事こそが望みである。ゆえに戦う相手に合わせて手加減し、できる限り戦いを引き延ばす害悪戦法を得意とするのだが、魔王と戦った当時の若き日のクリムゾンは、手加減もへったくれもない暴れ龍であったため、ちょっと手が滑った拍子に魔王に致命傷を与えてしまったのである。
クリムゾンとの戦いで致命傷を負った魔王は、咄嗟に魔力を結晶化させ自身の肉体を封印する形で一命を取り留めた。しかし生命の危機に瀕した焦りから調整が甘くなった事もあり、その封印は魔王直属の幹部ですら解除できないほど堅牢になっていたのだった。
―――時は流れて再び現代
人魔大戦から数万年が経過し、魔王に匹敵する力を持つ魔族が誕生していた。そして魔族達の悲願である、魔王の復活がついに成就しようとしていた。
魔王と同等の魔族が産まれたのならば、その者が新たな魔王になればよいではないかと思われるであろうが、そうはできないのっぴきならない事情があった。その魔族の少女『シャイタン』は力こそ魔王と同等であったが、かつての魔王の様なカリスマ性には乏しく、胸も貧しく、新魔王に据えるには役者不足であったのだ。かくして旧魔王軍残党の幹部達は、推定魔王クラスの少女の力を借りて、魔王ヤクサヤの封印を解く事にしたのだった。
クリムゾン復活の報せがロード・ドラゴン会議に届いたのと時を同じくして、魔族の住む最果ての島にも同様に深紅龍の魔力波が到達していた。
それはタイミングの悪い事に、魔王ヤクサヤを今まさに復活せんとする儀式の最中の出来事だった。
魔王復活の儀式は、まず旧魔王軍幹部達の血を使って巨大な解呪の魔法陣を描き、その中心に魔力結晶に包まれた魔王を設置したのち、魔王クラスの膨大な魔力を持つ術者、すなわちシャイタンが魔法陣を起動するという方法だ。魔王が自身に施した封印は特殊であるため、専用の魔法陣を用いた上で、その起動には繊細な魔力操作が必要なのだ。しかし魔族としては若いシャイタンはクリムゾンの異常な魔力波に気を取られ、手元が狂ってしまった。
「あっ・・・」
「あっ?」
シャイタンの思わず漏らした声に、儀式を見守る幹部達はオウム返しした。
その直後、解呪の魔法陣は暴走し、やたらと眩しい光とともに、けたたましい爆音を伴って爆発した。
<ドーン>
爆発により儀式を行っていた建物は倒壊したが、特に用途のない遺跡で儀式を行っていたのは不幸中の幸いであった。それは儀式の失敗を危惧しての対策ではなく、魔法陣で床が汚れるために取られた措置であったが、偶然にも功を奏したのだ。
特に悪気はない偶発的な事故であったが、一応爆発の原因であるシャイタンは少々気まずかった。元より魔王復活の儀式自体、幹部達に半ば押し切られる形で引き受けた依頼であり、困っている彼らを助ける形で仕方なしに受けたものな上、特に報酬もないボランティアだったので、どちらかと言えばシャイタンの方が心情的に優位である。それはそれとして、やはり失敗すると気まずいのだった。
シャイタンは気後れする心を奮い立たせ、まずは被害状況を確認しようと問いかけた。
「みなさん大丈夫ですか?」
これに幹部の代表が答える。
「大丈夫だ問題ない。」
魔法陣の暴発程度では魔族の体は傷つかないため、巻き込まれたシャイタンと幹部達は、少々埃に塗れた程度で全員無傷だった。彼らはお互いの安否を確認しあうと、次いで肝心の儀式はどうなったかと爆発の中心に視線を移した。
すると、モワモワと砂煙が立ち昇る爆心地に、小さな
「げっほ、げっほ!埃っぽい!」
妙に高い声で咳込みながら煙の中から現れたのは、魔族達が復活を待ち望んだ威厳に満ちた魔王・・・ではなく、少女であるシャイタンよりも、さらにやや幼い容姿の少女だった。
思いもよらぬ事態に幹部達は困惑して顔を見合わせていたので、シャイタンは意を決してその少女に話しかけた。
「えーっと・・・魔王様ですか?」
結晶に包まれた状態とは言え、本来の魔王の姿を事前に知っていたシャイタンだが、状況的に他の候補がなかったので、最も確率の高い可能性から捻りだした問いかけだった。
シャイタンの問いに、やはり妙に高い声で少女は応えた。
「いかにも我こそは魔王ヤクサヤなるぞ!頭が高いわ小娘!・・・って、我縮んどる!それになんだこの声!?」
魔王を名乗る少女は自身の置かれている状態に気付くと、体や顔をぺたぺた触りながら打ち震えた。その様子があたかも産まれたての子鹿の様で少々滑稽であったため、シャイタンは思わず笑いそうになってしまったが、おそらく自分が解呪を失敗したせいで起きたであろう事態なので、流石に笑うのはどうかと思い、ぐっと堪えたのだった。
見た目に反して高圧的な少女は、なんだかプルプルしながら黙ってしまったので、とりあえず放置して、シャイタンは幹部達の方に話しかけた。
「失敗・・・ですかね?」
シャイタンにとってはそこまで思い入れのない魔王復活であるが、旧魔王軍の幹部達にとっては数万年越しの悲願であったため、失敗という事実を突きつけられる衝撃は計り知れないものであった。
「う・・・うーん・・・」
幹部達はうなり声をあげてふらつくと、バターンと音を立てて後ろにひっくり返ってしまった。幹部達は倒壊した建物の瓦礫に頭をぶつけていたが、例によって魔族なので大事ない。
「魔王様ー・・・」
「あわわわ・・・」
「・・・って聞いてないですねぇ。」
シャイタンは頼りにならない大人達を後目に、二人きりになってしまった魔王に意見を求めようとしたが、当の魔王は未だ事態が飲み込めずに慌てふためいていた。
軽い気持ちで受けた依頼がとんでもない事になってしまい、途方に暮れたシャイタンは、ただただ立ち尽くすのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます