にーにの日

野森ちえこ

スペシャルな記念日

 きょうは、にーにの日だね!


 ある年の2月2日


 ちいさな手で、おれを見ながらカレンダーを指さした妹の二葉ふたばは、いったいなにがそんなに楽しいのか、にーに、にーに、とはしゃいでいた。


 2月2日は『に』がならんでいるから、にーにの日。


 単純明快、そのまんま。無邪気な妹によって、おれの記念日がさだめられた。



 ◇



 中学生になったころから、妹は『にーに』ではなく『にぃ』とか『おにぃ』と、おれを呼ぶようになった。それはそれでかわいかった。


 そして、そんな妹に、はじめての彼氏ができた。


 はやい。

 はやすぎる。


 当時大学生だったおれは、ショックで3日ほど寝こんだ。比喩ではない。熱をだしてほんとうに寝こんだ。自分でもちょっとひいた。つきあっていた彼女のひややかな視線が忘れられない。自分がシスコンであることを、おれはあのときはじめて自覚したのである。


 でも、しかたないじゃないか。


 妹は――二葉は、おれのたったひとりの、大切な家族だ。



 ◇



 親はいる。父親も母親も、たぶんピンピンしている。世界のどこかで、毎日飛びまわっているはずだ。


 ふたりともやり手の事業家らしいが、正直よく知らない。興味もない。子どものころですら顔をあわせるのは四、五年に一度あるかないかだった。


 両親不在のマンションで暮らしていたのは、おれと二葉と、住みこみのお手伝いさんだけ。おれたちはお手伝いさんに育てられた。そして、金だけはたんまりあった。


 両親はおれに事業を継がせたかったようだが、冗談じゃない。他人よりも遠い人間の、興味もない仕事をどうしておれが継がなければならない。


 継ぐ継がないでもめて、おれは大学を卒業する直前、両親と縁を切った。高校生だった二葉を残してマンションも出た。


 おれと両親の板ばさみになった二葉には、ずいぶんかなしい思いをさせてしまった。


 それでも、二葉との関係は変わらなかった。ずっと大切な妹のまま、おれにとっての『家族』は、二葉だけだ。


 いや、二葉だけ、だった。ついこのあいだまでは。



 ◇



『おにぃ、仁美ひとみさんのこと、ちゃんと大切にするんだよ? 仁美さんを一番に考えて。この先あたしを優先したりしたら縁切るからね!』


 おれが仁美との結婚をきめた日、二葉は鼻息荒くそう宣言した。ひどい脅し文句である。


 また、両親にもせめて報告くらいしろと、これは仁美と二葉のふたりから、それはもうしつこくうるさく説得された。しかたなく連絡をとったはいいが、そこはやはりなによりも仕事が大切で生きがいの夫婦である。結婚式にあわせて帰国などするはずもない。それでも、次回帰国したときに紹介することにはなった。



 そして――


 令和2年2月2日


 おれたちは結婚した。



 仁美は、スペシャルにーにの日だと笑っていた。そう笑ってくれる彼女だったから、これからの人生を一緒に歩いていけると思った。


 身内と親しい友人だけの、ささやかな結婚披露宴。


「にーに――」


 幼い日の呼びかたからはじまった妹の手紙で、おれはこの先十年分は泣かされるはめになった。



     (おしまい)



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にーにの日 野森ちえこ @nono_chie

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