第32話 マルチーズとスマホ  -岩崎渚 目線-

俺は教室に戻ると鞄を掴んでとぼとぼと力なく玄関に向かった。


 下駄箱に着いたとき、自分の後ろを急いで追ってきた足音が聞こえてくる。


 俺を追いかけてきてくれたんだ!



「修斗っ………!」


「えっ?」



 足音の主は修斗じゃなかった。


 嬉しさで膨らんでいた心は一気にしぼんだ。



 目の前にいるのは大柄でがっしり体型の男子。


 学年カラーは2年生だった。


 彼の髪の毛は全体的に長く胸の所まである三編みは綺麗に編まれている。


 前髪はマルチーズのように伸びていて瞳はほぼ見えない。




 誰? この人………




「岩崎先輩、これ。」


「あ、スマホ…」



 彼の手には俺のスマホがあった。


 ただ、スマホの画面には蜘蛛の巣上のヒビが入り、光を失っている。



「拾ったときにはもう、落としたときに壊れてしまったみたいです。」


「有難う…」




 修斗…俺を追いかけても来てくれないんだ。




 スマホを握りしめると、また大粒の涙がぽろぽろと溢れて頬を濡らす。



「だ、大丈夫ですか?」


「大丈夫…。」


「帰るんですか?まだ文化祭は終わってな…」


「帰る…」


「あの………はい」



 マルチーズ君はゴソゴソと小さなハンカチを差し出した。



「優しくしないでよ。余計泣けちゃうじゃないかぁ。」



 我慢していたのに堰を切ったように声をあげて大泣きしてしまった。


 三編みの2年生はオロオロしていたけど優しい声で



「大丈夫ですよ?ショップに行けばきっと直りますよ。」



 見当違いな慰めに俺は首を振って答え、涙を手の甲で拭いながら歩き出した。


 彼は体に似合わない小さなハンカチを手にして、壊れたロボットのように「データはきっと大丈夫ですよ」と何度も声をかけ続けてくれた。


 俺に付き添って励ましてくれた彼は駅まで付いてきてしまった。



「有難う、もう大丈夫だよ。」


「本当に大丈夫ですか?」


「大丈夫、キミのおかげで少し元気出たよ。名前聞いてもいいかな。」


「2年の白山明央です。」


「白山くん、本当に有難う。」



 彼は体育会系らしくきっちり90度腰を折ってお辞儀すると駆け足で学校の方へと戻って行く。




 モヤモヤした気持ちを吐き出すように深い溜め息をつくと重い足取りで改札を通り抜けた。

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