第2話

 気を失っていたのか、目を覚ますとそこは外だった。

 遠くまで見渡せる一面草原の場所に男と私は倒れていた。少し離れた場所には町が見えたが、距離がありすぎるのか全体像はあまり良く分からなかった。

 町とは反対側を見てみると、少し離れたところに見たこともないサイズの鳥が上空を旋回していた。

 そんな鳥は日本はおろか、世界中を探したって発見されたという報告はない。その時私はやっと、いまいる場所が違う世界だという可能性を感じていた。 

 隣で倒れていた男も目を覚ましたのか、ゆっくりと起き上がって辺りを見渡した。


「うおおおおおおおお、すげえええええええ……まじだったのか」


 そしてそんな雄たけびをあげた。男の方も見たことがない世界のようでここが異世界だとすんなり受け入れたようだった。


「ステータス……あれ、でねえな、プロパティ、能力値開示……まあそんなもの実際にはないってことか」


 彼はどこかで聞いたことのある台詞を何度も横で唱えていたが、変化はないみたいだ。

 私も小さな声で言ってみたが、なにも現れはしなかった、異世界に夢はないようだ。

 ポケットを探ってみるといくらかの硬貨が入っていることに気付いた、いつ入れられたのか気づかなかったが、どうやらこれが当座の生活資金らしい。

 そしてもう片方のポケットには見覚えのないメモ帳が入っていた、これで記録を残せということなのだろう。


「おお、でもすげえ体かりい、なにこれ俺じゃないみたい」


 男の興奮は冷め止まなかったようだった。

 私は別に体に変化を感じてはいない、若返ったわけでもなく、年老いたわけでもなく、違う誰かになったわけでもない。

 男の方も入る前にちらっと見たが、その姿が変わっているようには見えなかった。

 だが男がそう言ったかと思うと、男はその場で跳躍跳びで3メートルくらい飛んで見せていた、それはどう見ても人間を辞めていた。

 姿かたちは気を失う前の男と何も変わっていない、だけどそうなると自分もすごいことになってるのではないのかと、私もワクワクしながらその場で飛んでみた。

 そして気を失う前と何も変わっていなかった。


「なあ、なああの街行ってみようぜ」


 男にとても嬉しそうにそう誘われて、また手首を掴んで引っ張られた、無理やりではなかったが、多少の強引さで。

 私はそれに抵抗することができなかった、そりゃそうだ、彼はすでに人間離れした力を持っていたのだから。

 私は特別な肉体は持っていなかったみたいだが、それでもきっと何かすごい力を身に着けているに違いないという可能性を信じて、引っ張られるがままに町の方へと向かっていった。





「猫耳だ、犬耳だ、亜人だ、獣人だ、なんだこりゃ」


 男の眼は輝いていた、私の心も踊っていたし筆も進んでいた、メモ帳もとにかく感じたものを全て写す勢いで書いていた。

 本当に異世界に来たのだとその時初めて実感した。つけ耳と違って自然と動いているし、喧嘩をしている猫の人なんかは、見えていた尻尾がぶんぶんふるっていた。

 そして見たことのない容姿の彼ら彼女らだったが、恐れずに話をしてみると意外と親切な人たちばかりだった。この世界では言葉も通じると一安心した。

 そしてそんな彼らに宿の場所を教えてもらいながら、街の中を見ていった。

 魔法を見世物にしている人もいた、見たことがない果物を売っている店もあった。怪しいアングラな店も遠目に見た、それはまさにファンタジーの世界としか言いようがなかった。


 教えてもらった宿をとりあえずで取ったが、三泊してもまだ余りあるほどの通貨を持たされていたらしく、遊んでもこの三日は過ごせるくらいはあるそうだった。

 じゃあ一体何をすればいいんだと私は考えていた。


「なあ、ギルド、ギルド行ってみようぜ、きっとあるだろそういうところ」


 子供の様に目を輝かせていた男に、私は引っ張られるようにして、そして道行く人に聞きながらギルドへと連れられて行った。

 ギルドに着き受付と話をしてみると、なんでも実力試験が受けられるという話だった。そしてそれに男はすぐさま飛びついた、もちろん私の手首を掴みながら。

 そのころには理解していた、彼は誰かと一緒に行動するときに腕か手首を掴んでいくのだなと。

 そして分かってはいたことだったが必然的に私も参加することになった。

 そんな私が試験官にぼろぼろにやられるのは当然の道理だった。別にトレーニングなんてしてないのだ、渡された木剣を振り回すことだってできない、そんな肉体派な人間ではない。

 だけどこの痛みも学びだなんて思いながら、気づけばメモ帳を取り出して書いていた、もとよりメモを取ることも趣味だったが、その時にはもはや性と呼べるようなものになっていた。

 そんな私に比べて男は凄かった、チートな身体能力を持っているのだ、ふるう木剣で試験官が吹っ飛ばされた時などは、野次馬の口も閉じなくなるほどで、そして次の瞬間には大歓声が沸き起った。

 勇者の再来だとか、英雄の降臨だとか、とにかく誉めそやされて、少し頬を赤くしていた男も、それはまんざらではなさそうだった。

 それから簡単な受付のあとに、ギルドで等級が与えられた。私は当然一番下のものだったが、男は特例でかなり上の方のものだった。




 それから毎日、私はやはり男に連れまわされていた。どこに行くにも腕を掴んでいくので強制的に参加させられる。

 確かに薬草採取や、失せもの探しなんかに比べれば胸躍るものがあったが、それは身の丈に合ったものだった場合だ。何しろ私は最低ランクの人間なのだから、生きるのにも必死だった。

 危険な生物の討伐、ダンジョンの調査、明らかに私には分不相応なクエストを何故だか参加させられる。

 だけど男は私が弱いという事情もちゃんと分かってるのか、私に注意を向けながら戦ってくれていた、無理強いをするわけでもなく、本当に嫌な事だと伝えるとわかってもくれた。

 そんな楽しそうにする男の姿もいつしかメモに取るようになっていた。なんだかこっちも嬉しくなるくらい、彼は楽しそうだった。


 

 私に備わっている能力はその間も分からない、男も気になっていたようだったが、もしかしたらもっと長い期間滞在しなければ判明しない能力かもしれないし、もしかしたら何も持っていないかもしれない。

 だけど、もうそのタイムリミットはすぐそこまでやってきていた。

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