第1話

 作家になりたいと思ったのはいつだったか。

 夢の印税生活とか、ちやほやされたいとか、いろんな理由があったと思う。そのために本も沢山読んだし、小説だって書いてきた。

 最初は下手くそな文章だったが書いていくうちに少しは読めるようなものになっていく、その成長は楽しかった。それは20歳までの話だった。


 だけど、どれだけ書いても読んでくれる人が少ないことはとても息苦しい。せっかく書いているのだから、たくさんの人に読んでもらいたいと思うのは当然だった。

 そのうち気づくこともあった、それは読める文章になるまでは自分でも成長が見えていたが、それ以上となると読者の声が無ければまるで分らない。

 自分が面白いと思ったことが、読者にとってそうであるとは限らないということだが、そこで否定されているということが、まるで世界から否定されているかのようにも感じていた。


 そんな私は、小説というものに魅了されながら高校を卒業していたが、やりたい仕事も見つからなかったのでアルバイトをしながら、小説をウェブに投稿する毎日を過ごしていた。

 だけど鳴かず飛ばず、どれだけ書いても送っても賞に引っかかることもなく、ウェブで人気が出るといったこともまたなかった。

 そんなある日、私の目に一つの募集が留まった。それは作家志望の人間を集めるセミナーだった。

 そういったものはいくらでも目にしてきた、そしていくつも参加してきたが結局どれも実を結ばなかったのは言うまでもない。

 だけどそのセミナーの売り文句の『誰でも売れっ子作家になれる』という文字に目が留まった。

 作家になりたいという気持ちだけはまだ枯れていなかった私は、その宣伝に興味を持ったので調べてみると、募集条件なんてものまであることを知った。幸いにもすべて満たしていた。

 読書数や執筆歴、現在投稿している作品をすべて記すといったものまで、ある程度の実力を見ているようだった。


 だけど気持ちの半分くらいは胡散臭いとも思っていた、本当にそんな簡単に売れっ子作家になれるなら苦労はしないと。

 何かしらの詐欺とか、人の夢を食い物にする下種な奴らの集いに違いないとさえ思っていた。

 思っていたが、私はそんな疑心暗鬼の気持ちよりも、そんなうさん臭さよりも、自分の小説が全く読まれもしない、見向きもされない苦痛が半分以上を占めていた。

 その成長が目に見える形で表れなければ、人間はあっさり折れてしまうものだと身をもって味わっていた。

 投稿しても変化がないことは、日々心を蝕んでいく。

 私自身何度も考えたことだった、自分には才能なんてないんじゃないのかと。もうなんでもいいから手に職つけて、筆を折って普通の暮らしをした方がいいんじゃないのかと。

 そんな気持ちもあったはずなのに、気づけば募集要項をひたすらに埋めて申し込みをしていた。情熱は絶えてはいなかった。




 セミナーの募集を送って暫くすると、当選通知がメールで届いて、私はそのメールに指定された場所へと向かった。

 そこはどこにでもありそうなビルの中で、私の他に30人くらいの、同い年か少し上下しているくらいの年齢の人たちが集められていて、それが全員作家志望だということもわかった。

 それから何故かビルの中で様々な検査をさせられた。ペーパーテストに、何故か体力テスト、面接のようにマンツーで会話をさせられたかと思えば、最後には採血といったものまであると、だんだん私は怖くなっていた。

 自分は何かとんでもない裏の世界の人間とでも関わってしまったんじゃないのかと、だけどそう思う頃には全ての検査と試験は終了していた。

 そして危惧していたことは何も起こらず、その日は解散になった。結果は後で送るという、結局検査の意味も目的も詳しくは説明されなかった。


 そしてまたある日、メールのチェックをすると受信ボックスの中に合格というタイトルのメールが入っていた。読んでみるとセミナーの主催者からのメールで、最終選考を突破したという話だった。

 選考なんてものに聞き覚えもなく不安はあったが、私は指定された場所へと足を運んだ。

 何故ならそこが大手出版社のビルだったからだ。

 憧れの出版社の中に入ることができた感動や興奮と、だけどその華やかさとは関係のなさそうな地下へと向かうことが、私の中でごちゃ混ぜになっていった。

 関係者に案内されるがままに入った、無骨なコンクリートと鉄筋だけで固められたような部屋には私ともう一人、人のよさそうな男だけがいた。

 他の30人近くいた他の候補者は全て落とされたのだとわかる、そしてそのセミナーの関係者と思わしき男が前に立った。


「おめでとう、きみ達二人は選ばれし作家だ」

「え、なに、デビューでもさせてくれんの」


 もう一人の男がそんなことを言う。私もその可能性は考えていたがありえないだろうとも思っていた。


「いえ、そういうわけではありません。売れる商品が生み出せなければ何の意味も価値もありませんから、わたくしどももビジネスですので」


 作家になってもその作品が売れなきゃ何の意味もない。そこにはただただ現実だけあった。


「ところで君たちは、職業作家と趣味の作家の違いは何だと思いますか」

「書く量、かな」


 隣の男がそう答えた、私もそうかなくらいに思った。


「そう言った方もいるかもしれませんが、しかしそれだけで成れるほどの作家はまずいません」

「じゃあ何だっていうんですか」

「わたしたちはリアリティだと思っています。読む人間に、このキャラは、この世界は実際にあるもののだと思わせる必要があると思っています。キャラクターに感情移入できなかったら、もしめちゃくちゃに破綻した世界観だったら、読もうと思いますか」


 ある程度予想はしていたが、セミナーの男もやはり出版関係者なのか、全く持って創作の世界を知らない人間だというわけではなく、その言っていることも納得できるものだった。


「ですが、現実に起こっていないことを文字に書き起こすことそれ自体が、一種の才能でもあると認識しています」


 そしてそのことも痛いくらい知っている、だからこんなセミナーにだって参加しているんだと思ったが、それを口には出さなかった。言っても意味などないからだ。


「ここに来ていただいたお二方は読書量も十分、執筆も十分にこなしている人間です。つまり基礎はある程度できていると判断しました。今までに書かれたであろう作品も拝見させていただきまして、そんなあなた方だからでこそ、題材さえ良ければ十分にチャンスがあると思ったのでお呼びしました」

「じゃあ、じゃああとはどうすりゃいいんだよ」


 候補者の男は興奮気味だった。可能性が見えれば、人は蘇る。


「簡単な話ですよ、実際に見てくればいいんです」


 私も一瞬興奮したが、その途端に熱が一気に引いていった。

 候補者の男は眉をしかめていたし。私も何を言ってんだこいつはと思ったが、そんな様子を意に介さずセミナーの男は続けた。


「あなた方にはこれから異世界へ三日ほど旅をしていただきます、行先はわかりませんが、そこまで危険な世界はないでしょう」

「そして三日後に、最初に召喚された場所へ戻っていただければ、あなた方はそのままここに戻ってくることができます」

「ちょ、ちょっとちょっと、何言ってんだ。異世界、そんなものあるわけないだろ頭おかしいんじゃねえのか」


 割って入る気持ちもよくわかる、異世界なんて現実にはない、魔法も行き過ぎたテクノロジー世界も全ては空想の世界だろうと思っていたから、彼がそう言う気持ちはよくわかった。


「それでも構いません、信じていただけず、その機会を失うのは我々としてはあまり喜ばしい事ではありませんが、無理強いも出来ませんので」


 だけどセミナーの男も嘘をついているようには見えない、男の反応もそれは当たり前の事だとでもいう、その堂々たる態度が、男も私も信じるだけの価値があるように見えた。


「ほ、本当に行けるんだな信じていいんだな」

「もちろん、そのためのセミナーですから」


 その一言を聞くと男は次の瞬間には行くことを決めていたようだった。

 私は、そんな機会が本当にあるんだったら見てみたい、そして書いてみたいという気持ちが生まれていて、気が付けば頷いていた。

 




「こちらへどうぞ」


 セミナーの男に案内されるままに歩いていく、そしてその部屋の扉を開くとそこにはでかい穴が開いていた。

 穴の先は壁のはずだが、その先が見えなかった。本当にどこか別の場所へとつながっているように見える。


「では、行ってらっしゃいませ、お気を付けを」


 そういうとセミナーの男はじっとこちらを見て、入るように促していた。

 得体のしれない光景に最初はしり込みしたが、もう一人の候補者が私の手首を掴んで引っ張ってきた。

 私も不安だったが、その手に勇気づけられ、自分の足でその穴の中に入っていった。

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