第2話  その剣法、宇宙剣


☆ その剣法 宇宙剣

「弟のヨンジュはいないのか、なに、桃祭りに出ているって、囲碁の勝負の続きをしようと思ったのに、それになんだって、客人の四天王も一緒に出かけたって。アヒー」

阿部寛はかわやから出て手水鉢で手を洗いながら屋敷の中にいるこの屋敷にむかしから仕えている清べえに尋ねると弟のヨンジュは四天王を連れ立って桃祭りに出かけていると返事が返って来たので、気抜けしたようにあくびをした。

「桃祭りはこの辺では一番にぎやかな祭りだからな、きっとお客人たちも目をまわしていることじゃろうな、出店もたくさん出ているんじゃからな。あの客人たちが喜びそうなものがいっぱい置いてあるだべ」

実際、客人たちである四天王たちは出店の中を歩きながら目を回すようないろいろな種類の商品を見て興味本位にいろいろな店に首を突っ込んでいる。

彼らにとっては何もかもが新鮮だったに違いない。

藩の税の取り立ての仕組みのためにこのような露天は桃祭りのときにしか開けなかった。

この祭りのあいだだけは藩の税の徴収がこの日だけは大雑把になる。

それでふだんは商売をやっていないような町人や農民たちが露天を開いているのだった。四天王たちはある露天の前で釘付けになった。

氷をかんなで削ってガラスの器の中に雪をすくい上げたように山盛りにして中に黒蜜をかけている。その甘味がうっすらと暑い初夏に涼しげな要素を与えている。

現代で言えばかき氷であろうか。

四天王たちはその露天の前をじっと動かなかった。

「お客人たち、これらを所望ニダか」

四天王たちはどこか爬虫類じみた目を細めた。

「ピー、ピー」

さっそくヨンジュはそのガラスの器に盛られたかき氷を四つ買い求めた。

「お客人たち、ここで召し上がっていてくだされニダ」

彼らはそれらを手にとると黒蜜のかかったその冷たい氷の粉を杓子ですくって口の中に入れた。

「拙者、少し、そこらをぶらぶらして来るでござるニダ」

このことはヨンジュにとってははなはだ都合が良かった。

そのために桃祭りに来ているようなものである。

藩の威光が薄れ、いろいろなことに取り締まりが緩くなるのは露天だけではない。ふだんは外に出て来ないような町娘や村娘が異性を求めてこの華やいだ場所に出て来る機会はこの桃祭りのときが一番である。

それは暴発を防ぐ圧力弁の一種でもあった。

「いるニダ、いるニダ、どこにもここ一番に着飾った娘たちが」

海上にだけ首を出している潜水艦の潜望鏡のようにヨンジュはあたりを見回した。

中でもとびきり美しい娘の瞳とヨンジュの瞳を結ぶ直線は空中で結び会った。

しかもその娘は何かを訴えかけるようにヨンジュの方に瞳の視線をからめてきた。

ヨンジュは片手を上げて合図をするとその娘の方に駆け寄って行った。

「わたくしペ・ヨンジュと申しますニダ。時々、記憶喪失になるニダ」          

「お武家様、どうかわたしを助けてくださいませ」

離れていたときは聞こえなかったが娘のそばに近寄ると赤ん坊の泣き声がきこえる。

林の中に赤ん坊が寝かされていてさかんに泣き声をあげている。

「わたしの赤ちゃんが、赤ちゃんがお漏らしをして、おしめをぬらしてしまったのですが、替えのおしめがございません、一体どうしたら」

「おお、おお、よく泣くニダ、よく泣くニダ」

ヨンジュは、娘御、おぬし嫁だったのか、と口の中でつぶやいてその言葉を飲み込んだ。

「とにかく どこかでおしめを替えなきゃだめニダ。おむつかぶれになっちゃうニダ」

またのあたりの濡れている赤ん坊を抱きかかえるとその娘をつれて市場の雑踏の

中に入って行った。

「おしめになる布は、おしめになる布は」

娘もヨンジュのあとをついて来る。

鉄製の鍋や釜、そしてその隣にはふかし釜があり、芋をふかしている。

市場の片方の並びの背後はお寺の辻塀になっている。

日よけのためか木で骨組みを作って幌を被せている露天がその隣にあり、頭に布を巻いた農家の嫁らしいのが地面に大きな布を敷いて少し疲れたような布をたくさん敷いている。

「あった、あった、娘御、あったニダ。失礼、娘御ではなかったニダ、とにかくだ。おしめになるような布がたくさん置いてあるニダ」

その途端、泣き続けていたヨンジュの腕に抱かれている赤ん坊も泣きやんだ。

「よし、これに決めたニダ、いくらニダ」

ヨンジュがおしめに変化しようというその布を買い求めようとしてふところの中から紐で結んだ一文銭の塊を取り出そうとすると

「待てえ、その布、わしらが買おうと思っていたのじゃ」

横から人相の悪い侍が口を出した。

その侍の横には四五人のやはり人相の悪い侍が控えている。

「そんなこと言ったって、この布は赤ん坊のおむつになる運命ニダ、ほらほら赤ん坊が泣いているニダ。邪魔しないニダ」

ヨンジュはその侍を無視した。

ヨンジュは腕をつかんで制止しようとしている侍の腕を払いのけてそのもえぎ色の布をとろうとすると背後に金属の冷たい気配を感じた。

ヨンジュが背を丸めてその楕円軌道を描く刀の切っ先が半回転する前に腰に差していた刀を抜かずに小づかで背後にいた男の顎の真下あたりを強打するとその浪人はもんどりうって背後に大の字に伸びた。

刀を抜くよりもその方が効果的なのである。と言うよりも刀を抜く時間がなかったと言った方がよいかも知れない。

「きっさま、命はないと知れ              

「お前たち、何でヨン様を襲うニダ。ヨン様は身に覚えがないニダ」

ヨンジュにはまったく身に覚えのないことだった。

しかし、この乱暴狼藉を働く侍たちは刀の鞘を払って、抜き身の真剣を頭上に振りかざしている。

「正当防衛ニダ、ヨン様も真剣で太刀打するニダ。しかしニダ、ヨン様をなぜ襲うかしゃべるなら命までは奪わないニダ」

「それはこっちのセリフだ」

一人は気絶して倒れていたがのこりの三人はじりじりとヨン様に近付いてくる。ヨン様は左の方にゆっくりと動いた。

そしてその剣のさきには雑炊を煮ている鉄鍋があった。ヨンジュは剣の先でその鉄鍋の取っ手を引っかけると煮えたぎった中身を暴漢に浴びせた。彼らは顔を覆った。

「あっちちちちちち」

侍たちがひるんだすきにヨン様は水平に刀のみねで相手の急所を打った。返す刀でもう一人も倒した。残った一人が大上段に振りかぶってくるのをまわりにまるで透明な鉄の鎧で覆われてもいるように空振りさせるとその男の背後にまわり後ろの首筋のあたりに当て身を加えると最後のひとりはあっけなく崩れ落ちた。

それはたった十五秒のあいだにおこなわれた。

「へん、口ほどにもない奴らニダ。赤ちゃんのおしめを取り替えるニダ。ぶつぶつ」

赤ん坊はふたたび泣き始めた。

ヨン様は軽く鼻歌を歌い始めた。

「さあ、赤ちゃんをここに寝かせるニダ。おしめを取り替えるニダ」

「フツフツ」

確かにフツフツという声が聞こえたのである。

ヨン様がガールハントした若い女は無言で指をさした。

するとその指し示した指の方には容貌魁偉な侍がヨン様の方を向いている。

「まだヨン様に何か用あるニダ」

「フツフツ、お前の命を頂く」

「何で、と聞いてもきっと教えてくれないニダ。さっきは余裕があったから命まで奪わずに済んだニダ。でも余裕がないと死んでもらうことになるかも知れないニダ。それでもいいニダか」

「フツフツ、誰がお前と剣で勝負をしようと言った。俺の背中に担いでいるのが何だかわかるか」

男はそう言うと背中に背負っているまるで死んだ水子のようなものを肩から下ろすとヨンジュの方に向けた。

大きな金属製の筒が主になっていてその先に十本くらいの金属製の筒がついていてその先についている筒は一つの円周状に並べられてあり、その円周に沿って回転出来るようになっている。

どうやら西洋から渡来した飛び道具のようだった。

「これはなガトリング砲と言って瞬きするあいだに十もの鉄砲玉が飛び出す仕組みなのだ。さあ、ヨンジュ、お前の身体は蜂の巣になっちまうぜ。くっくっくつ」

「卑怯ニダ、卑怯ニダ。お前は卑怯ニダ。少なくとも侍の魂があるなら正々堂々と剣で勝負するニダ」

「卑怯もへったくれもあるか」

「いやだもん」

ヨンジュは鉄鍋で顔を隠しながら、この暴漢の方を盗み見ている。

「あっ、あれは」

この血なまぐさい騒動のために市場にいた群衆は遠巻きにこの死闘を見物していた。

その中から人の波を押し分けてガラスの容器をかかえて四人の子供が前の方に出て来た。

四人の子供という言い方はおかしい。

その中の一人は顔中を毛だらけにしたけだものだったからである。

「客人」

ペ・ヨンジュは絶句した。

四天王たちはやたらに興奮し、かつ憤慨しているようだった。顔を真っ赤にしているからそう解釈するほかない。

何かわけのわからない言葉を発した。

市場の群衆たち、暴漢、そしてヨンジュまでがその突然の訪問者たちをじっと見つめた。

すると彼らは何かを期待されていると誤解したのか両手を合わせてさかんに振った。

そしてそこには見る側と見られる側のあいだの越えられない誤解の壁による沈黙が重々しく流れた。

静寂の世界が広がった。

その均衡が突然に破られた。

この中の一人が腰にさしている剣を突然に抜いたのである。

すると他の三人たちも剣を頭上に捧げた。

そして四人たちは誰がリードをとるでもなく踊りを踊り始めた。

それを遠巻きにしている群衆は誰でもなく歌を歌い始めた

ひとり、ふたり、三人のインディアン

四人、五人、六人のインディアン

・・・・・・

十人のインディアンボーイ

彼らはインディアンの歌を歌い始めた。

すると天上は一天にわかにかき曇り、巨大な何者かがやはり巨大な杖を使ってかき混ぜているように、暗雲が水槽の中に水をためて急に栓を抜いたときのように巨大な円錐型の底を見せた。

「何をしやがるんでぇ」

ガトリング砲を持った暗殺者はいらだちと半ば恐怖の感情にとらえられ、その速射砲を四人の居候の方に向けた。

四天王たちは剣を暗雲に向けた。すると巨大な光に包まれ爆発音がきこえた。

天と地上をつなぐ幾本もの光とエネルギーの矢が降ってきた。

暴漢も大鉄筒を落としている。

寺の築地の上から顔を出している松の枝がめらめらと燃え、築地が五メートルの長さに渡って崩れ落ちている。

その爆発によって倒れた市場の商人が十四五人気絶して大の字になっている。

「ピーピー」

四天王たちは何かが不満のようだった。

今はもうその恐怖によって身動きもせず暗殺者は地面の上に倒れている。

ふたたび四天王たちは暗雲の渦巻きの中心に向かって剣を捧げるとその渦巻きの中から毛むくじゃらな豚鼻のわけのわからない巨大なけだものが自分の身体のまわりにいかづちをしたがえながら降りてくると暗殺者の首を食いちぎり空中に投げ上げた。

ペ・ヨンジュはあまりのことに言葉も出なかった。

「今の術は、なんニダ、なんニダ」

としっこく聞くと居候たちは

「宇宙剣」と

ぶすっと答えた。

その様子を少し離れた大木の高いところから白い太股もあらわに見物しているくのいちがいた。

「ふん、ばかめらが」

女は吐き捨てるように言った。

くのいち、山田優であった。

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大江戸パープルナイト @tunetika

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