『七ツ森』22

 

      22


「取引?」

 ニールスは冷たく問い返した。スキンヘッドの男はあくどい顔を笑みで歪めて頷いた。

「そうだ。ここで我々を見逃してくれるなら、あんたの側についてやってもいい。俺はアシッド・スティングレイ少佐だ。この作戦の大部分を担う百人部隊を率いている。あんたの森を破壊したのは悪かったが、こっちも仕事だった。恨まないでくれ」

 スティングレイの言葉に、ニールスは顔色一つ変えなかった。

「疑っているようだな。当然だ。今、武装を解除する」

 傍らの部下がC・Pライフルを構えかけたのを制し、スティングレイは自らホルスターの自動拳銃を抜くと、手早くそれを解体して、地面に投げ捨てた。

「これでいいだろう? こうして争う事になったのは不運だったが、元々俺はこの作戦には反対だったんだ。かの森の魔術師と事を構えるなんて、何の利もないからな。全てはあのじいさん、エイボン卿と奴が崇めている化け物の暴走だよ」

 生ぬるい風が吹く。空気が通り抜けず肌にまとわりつくのは決して気温のせいではない。だが、ニールスも含めて誰も、スティングレイの話を遮る者はいない。

「俺たちでじいさんとあの化け物をやっちまおう。化け物のほうはともかく、じいさんのほうはある程度術が割れている。我々百人部隊が隙をつけば――」

 短く、吐息のような声がした。ぱちん、という小気味の良い音も。ニールスのローブの袖口が揺れた。スティングレイの目が一瞬光る物を捉えた。スティングレイの両足の間、衣服に触れるか触れないかという位置に光が降ってきた。草の擦れる音がして、地面から光の斧が生えているのが見えた。

「……ユルの、ルーンか」

 スティングレイの頬に冷や汗が流れた。傷は一切ついていない。だが、森の魔術師ニールス・ユーダリルがその気だったなら、スティングレイは今の一撃で脳天から股間まで真っ二つだったはずである。

「ルーンの勉強はしてきたようだね。とはいえ、取引というのはうまくないな」

 ニールスは丸眼鏡の位置を直すと、地面に立ち尽くす哀れな呪術師たちを見下ろした。

「アシッド・スティングレイ。わかっているだろうが、僕は誰とも取引などしない。その必要もない。この森に踏み入り、安寧を破壊した者は皆死ぬ。例外はない」

 どっ、と。スティングレイの傍らに立っていた隊員の身体が崩れ落ちた。首と胴が切り離され、赤い血が地面を濡らしていた。

 斧、だ。スティングレイの眼前に落下した魔力の斧。これが飛来する最中に、隊員の首を斬っていたのだ。

 つい先ほどプラントを囲う足場の上で隊員を絞め殺した無数の茨が次々とニールスのローブの袖に戻り、最後にニールスの手がソーンのルーン・ストーンをキャッチした。

 足場の上から、無残な姿になった死体が落下した。

「残酷だな」

 スティングレイは言った。魔力の斧は依然その形を保ったままで、いつニールスの命によって襲い掛かってくるやもしれない。

 ニールスが跳んだ。軽やかに。音もなく着地する。

「呪いに生きる者は皆、徹底的に殺すしかない。君たちは死してなお甦る可能性があるからね」

 魔力の光線によって焼かれた死体が、嫌な臭いを発していた。その背中には黒焦げた供給器ブースターのボンベが残っている。首のない死体。茨によって絞殺された死体。足場の向こうに転がっている死体。皆、供給器という呪力の塊を背負いながらも、その性能を活かせぬまま死んだ者たちだ。

「ふん。その口ぶりではずいぶんと呪術師を殺してきたようだな。俺よりも若く見えるというのに。まさか、生粋の殺し屋なのか?」

 軽口を叩きながら、スティングレイは一瞬の機を伺う。だが、今まさに生かされているだけの自分に、逆転の機会などあるのか。

 スティングレイの脳裏に疑問が湧く。――何故、俺は生かされている? 

「時間はくれてやった。アシッド・スティングレイ」

 ニールス・ユーダリルの冷徹な瞳が、スティングレイを見つめる。

「そろそろ始めよう」

 天運に賭ける。呪術師らしからぬ言葉がふと過ぎり、スティングレイは皮肉な笑みを浮かべた。

「……やるしかないか」

 直後。

 スティングレイはこれまで磨いた戦士の直感で後方へバク転。魔力の斧が凶悪な速度で回転しながらそれを追う。連続バク転の刹那、スティングレイの背が地面と平行になり、その真上に斧が迫る。瞬間、スティングレイは汚泥の如き呪力を放出して、斧を捉えた。

呪酸カース・アシッド!」

 スティングレイが放った呪力に捕らわれた魔力の斧が、その核となっているルーン・ストーンもろとも、呪われた酸の中に溶けていく。

 超人的な発条ばねによって、横に一回転したスティングレイは軽やかに跳び回りながら、地面に着地する。

「それが君の武器か? スティングレイ」

 ルーン・ストーンの損失など意にも介さない様子で、ニールスが言った。

(手の内を見る気という事か)

 ニールスの思惑を測りながら、スティングレイは体術の構えを取った。

「そうだ。俺の呪力は酸の特性を持つ。骨をも溶かし、溶けた死体をも呪う。当然、この呪力が染み込んだ大地もな」

 魔力の斧が溶けた地点の草々くさぐさが赤銅色の呪力の中で気味悪く蠢いていた。しかもその侵食は留まる事を知らず、徐々に、徐々に広がっていく。

 森の魔術師が目を細めた。

「なるほど、これは困るね。放っておけば森があっという間に呪われてしまう。君を始末すれば止まるのかな。スティングレイ?」

「さあ? 試してみるがいい。森の魔術師!」

 スティングレイが吼えた。同時に、地面に呪力を込めた拳を叩き込んでいる。大量に与えられた呪力が土の中を走り、たちまちニールスの足元に到達する。

呪粘土レッドクレイ!」

 呪力に染め上げられ、スティングレイの意のままと化した大量の土がニールスの身体を呑み込んだ。

 沈黙。

 ニールスは無抵抗のまま土に呑まれ、スティングレイの目の前には呪力を帯びた土柱が屹立している。無論、呪われた土は呑み込んだ者を窒息死させるべく凝縮している。

「……」

 やったか。いや、そんなはずはない。C・Pライフルが欲しいところだが、一番近くても数メートル離れてしまった。ならばこのまま地面に埋没させる。一帯の土は、スティングレイの呪酸が染み込み、いわば領土と化しつつある。

 ジュウウウウ、と何かが焼けるような音が聞こえた。

「っ!?」

 スティングレイはすかさず辺りを見回した。湯気だ。一体何が起こっているのか、スティングレイが呪力を染み込ませた一帯の土から、真っ白い湯気が立ち上っている。呪力が、急速に萎んでいくのを感じる。マイナスのエネルギーである呪力が、プラスのエネルギーである魔力に侵食し返されているのだ。

 こんな事ができるのは――

「実に面白い手品だね。アシッド・スティングレイ」

 ぼろぼろと、土柱が崩れ落ちる。深緑の魔力がオーロラのように周囲に満ちていた。呪力に染まった土が次々と燃え尽きていく。

「しかし、正直に言えば期待外れだ。僕は別に残酷主義というわけではないけれど、これならさっき首を落としていたほうが時間の節約になったね」

 揺蕩たゆたう魔力のオーロラが、異様な勢いで周囲を覆っていく。ニールスの右手が掲げられ、中指と親指が合わせられた。

「〝浄められよベオーク〟」

 ニールスの詠唱とともにオーロラが大きくBに似た文字を象り、指が弾けるとともに魔力が一気に弾ける。周囲の邪気が消え去り、スティングレイの呪力が穢した土が元の清らかさを取り戻す。

「……聞いていた話と違うぞ。ルーンは手ずから刻まねば効力を発揮しないんじゃないのか」

 脂汗を流しながら、スティングレイは問うた。

「ルーン・マスター特権の一つだ。僕はルーンの名を唱えるだけであらゆる対象に刻印する事ができる。とはいえ、美学には反するよ。マスターたるもの、伝統を守るのも使命だからね」

 言いながら、ニールスの右手がゆらりと動いた。

「せっかくだ。もう一つ見せてあげよう。ルーン・マスター特権が一つ、拡大解釈オーバールーネをね」

 再び深緑の魔力が文字を象った。アルファベットのXが二つ、縦に並んだかのような形である。その文字が浮かんだ場所は、つい今しがた呪酸によって、魔力の斧が、そしてその核のルーン・ストーンが溶けた場所だ。

 まさか……

「〝甦れイング〟」

 ニールスが指を鳴らした。イングのルーンが弾けて消える。直後、ほんの小さな光の粒がちらつき、たちまちその数を増し、即座に無数となった光の粒がニールスの掌の上へと収束する。

 光がいっそう強く瞬いた。次の瞬間、ニールスの手の中には一つのルーン・ストーンがあった。ユルのルーン・ストーンが。

「馬鹿な……分子レベルにまで溶かしたはずだ」

 魔術は奇跡の業であって奇跡そのものではない。どれだけ人智を超えていようと、できる事には限界があるのだ。いや百歩譲って、目の前の魔術師が万能の力を持つというのならこの現状も呑み込める。だが、それならば。スティングレイの打つ手は全て……

「イングのルーンは『成長』という意味を持つ。ほかに、『新しい始まり』という意味もある。これを特権で拡大解釈すると、たとえ滅んだものでさえ『甦れ』と唱えて完全修復する事も可能だ。まあ、さすがに限度はあるがね」

 言いながら、ニールスの手の中で斧のルーン・ストーンが光り、魔力の斧が再びその姿を現した。

「さて。これで状況はあっという間に元通りだ。君がどんな手を打とうと僕はあらゆる手段で盤面を返せる。たとえ逃走しようとも無駄だ。君はここで死ぬ」

 魔力の斧が一回転し、ニールスはその柄を掴んで握り直した。

 スティングレイの脳裏で時計の針が動くような音がしている。待ち受ける結末へのカウントダウン。

「だが、一つ計算外だったのは君らの霊視対策だ。ヘルメットをしていない君でさえ頭の中が読めない。まだ何か秘めている事があるはずだ。つまり今すぐに君を仕留めてしまうと、大事な情報を逃がす可能性がある」

 ニールス・ユーダリルの両目が深緑の色に燃えていた。恐るべき大魔術師であり、冷酷な処刑人。スティングレイが生き延びる可能性は万に一つもない。カチ、カチ、カチ。幻聴めいて聞こえる針の音。

 深緑色の魔力が昂る斧が、ゆらりとスティングレイに向けられる。

「何か、ここから手があるなら見せてみたまえ」

 刑を執行する審判者の声で、ニールスが最後通告をした、その瞬間だった。

 ビィイィイイイという、警報めいたけたたましい音が二人の虚を突いた。来た。スティングレイはタイミングが訪れた事を知った。直後、強烈な呪力の波動が広がる。その発信源は、つい先ほどスティングレイが解体し投げ捨てた自動拳銃だ。

 ――来た!

「隠し玉かい」

 ニールスの声が赤い粒子に染められた風に巻かれ、

「そうだな」

 スティングレイの返答に呼応するように、そこかしこで破裂音が連続する。

 ニールスが跳躍する。異様なシルエットの者どもが参集していた。モスグリーンの迷彩服にタクティカルベルト、だがその頭部は人間のものではなく、花の蕾のようなロケット状だ。触腕は取り付いた人間の首をしかと掴んで離さず、蕾のような部位が開くと、びっしりと細かい歯が並んだおぞましい内側が涎でぬらりと光っている。怪殖子ゾルファーケン。プラントから産み出される怪物の子が、死亡した百人部隊の隊員の肉体に取り付き、触腕から神経に接続して自身の操り人形にしていた。

 人間の時よりも異様な速度で迫ってくる元隊員たちの攻撃を紙一重で躱しながら、ニールスはちらと横目で地面を見た。隊員たちが背負っていた供給器のボンベが破裂している。なるほど。察するに中身は――

「供給器の中身は怪殖子。いざとなれば、俺の持つコントローラーで中身を解き放ち、プラント候補をさらに増やせるというわけだ!」

 スティングレイの声がする。ニールスは囲まれていた。怪殖子に取り付かれた死体は六体。ニールスがこの場で倒した隊員の数である。スティングレイが自動拳銃の中に仕込んでいたコントローラーから発せられた呪力の波動が指向性なら怪殖子付きの元隊員はこれで全部だろう。だが、万が一さきの波動が森の中にも届いていたら、あるいは死体の隊員と生体の隊員を識別できるとしたら。ニールスの危惧は森の中に残してきた隊員たちの死体である。すぐに手が出せない場所で、プラント候補が一気に増えてしまったかもしれない。

「面倒な――」

 魔力の斧を振るい、怪殖子の取り付いた死体の頭部を狙う。手応えが妙だった。まるで分厚い肉に突き刺さったかのように斧の刃先がめり込み過ぎていた。その癖、相手方に怯んだ様子はない。六体の死体は骨と筋肉の構造を無視した奇怪な動きで次々とニールスの胴や足や首を狙ってくる。素手だが、掴まれればたちまち損傷するだろう。彼らの肉体が纏う呪力は死体というネガティブな素材をベースにして、生きている時とは比べ物にならないほどの密度を持っていた。

「ぬっ――」

 斧の回収を諦め、包囲網の穴を探す。秒単位の判断。抜ける。しかし、死体どもの動きも速い。

 ――スティングレイの姿は……

 油断ではなかった。ニールス・ユーダリルの戦闘経験から言えば今の状況は過去にも似た経験があった。スティングレイの姿を探したのはまだ幾分か余裕があったからだ。だが、不意を突いて脇腹を襲った衝撃には、さすがのニールスも一瞬、思考が停止した。何かが、突き刺さっている。傷口から焼けるような痛みが全身に走る。酸だ。呪酸。溶け始めている。傷口から肉体が。いやそれだけじゃない。ニールスの身体に満ち満ちていた魔力が次々と分断されていく感覚がある。酸だけではない。別のものある。

 毒。

「ようし、いいぞ! いったん止まれ」

 スティングレイの声がして、死体たちがたちまち棒立ちになった。ニールスは両膝を地面に突いていた。スティングレイの背中から尻尾のような長いものが伸びている。先端にあるのは凶悪な針で、それがニールスの脇腹を一瞬で貫いたのだ。

「スティン……グレイ……」

 声が出しづらい。毒がたちまち肉体を巡っている。

 スティングレイ。その名の意味は……

「ようやく仕留められたぜ。まさかわざわざこっちの策が発動するのを待つとは。あらゆる手段で盤面を返せるんじゃなかったのか? ええ? 森の魔術師殿よ」

 スティングレイはニールスから距離を取った位置で煽りの言葉を吐いた。その体表を模様のようなものが移動する。まるで描かれた絵のようなそれは、アカエイだった。毒棘を持つ海の生物。しかし、今、スティングレイの肉体に浮かび上がっているのはまるで墨絵のように二次元的である。

「死にゆく偉大な魔術師殿に解説してやろう。こいつは俺が灰色異海グレー・オーシャンで使い魔にした毒エイだ。見ての通り俺の肉体に棲んでいる。こいつの毒は強力でね。地球上の魔力を簡単に破壊する。このクソみたいな森を覆っていた結界も、こいつの呪毒で腐らせたんだ」

 スティングレイは得意げに語り終えると、エイの尾をニールスの身体から引き抜いた。棘の先からニールスの血が滴り落ちる。毒のせいで視界が霞む。限界が迫っている。

「つくづく間抜けな奴だ。さっき森の中から勢いつけて飛んできただろ。あれもものすごく馬鹿っぽかった。カスめが。せっかく勝てたのに。拾えた命だったのになあ!」

 スティングレイの罵倒も遠く聞こえる。耳も聞こえなくなってきたのだろう。気道が狭くなっているのを感じる。呼吸も、もうすぐ止まる。

「……返事もできないか? まあ、これ以上何かされても困る。お前の身体はこいつらにバラバラにさせよう。間抜けとはいえ、あのニールス・ユーダリルの身体だ。バラでもさぞ高値で売れるだろうよ」

 スティングレイの言葉に、異形の頭部を持つ六つの死体がニールスににじり寄る。だが、ニールスは動けない。毒が身体を巡っている。十二分に。ニールスの命を奪うその寸前まで迫っている。

 スティングレイが、号令を発するために息を吸った。

「っ、や――」

「スズリ、走査スキャン開始。呪毒のデータを取れ」

『はい。あるじ

 森のどこかから声がした。ニールスの使い魔、魔力管制を務める泉の間にスズリの声が。無論、スティングレイにはスズリが何者かなど知る由もない。スティングレイは死体に出すはずだった号令を止めてしまった。自身の知らない魔術の発動を恐れたための、脊髄反射だ。直後、青い燐光がニールスの身体を下から上に向かってなぞり、その身体の随所に行き渡った呪毒を解析する。その時間は、およそ十秒にも満たない。

走査スキャン完了。毒素を打ち消す魔力配置を主に送りました。自動で配置します』

 深緑の魔力がニールスの中で即座に湧き出る。まるでパズルゲームのように毒素の侵攻を防ぐべく、たちまち魔力がニールスの中で防壁のように配置された。毒に侵されていた肉体が急速に回復していく。

「ありがとう。スズリ」

 ニールス・ユーダリルは立ち上がっていた。スティングレイの顔色が青くなっていた。ニールスは深く息を吸い、獲物の顔を見た。

「これが欲しかったんだよ、アシッド・スティングレイ。これで結界を直せる。森に逃げた連中も残した死体も跡形もなく消さねばならないね。古き王の森にプラントを蔓延らせるわけにもいかない」

「――ッ、やれ、やれ! 殺せ!」

 何とか発した号令に反応して、六つの死体が動くよりも早く、ニールスの右手が素早く矢筒から矢を引き抜き、黒い弓につがえていた。スティングレイの目には何故かその様子がまざまざと見えていた。予感があった。絶対的な命の危機の予感。

「〝古き王よウル〟」

 一瞬、黄金色に光った矢が、ニールスの手によって引き絞られる。めりめりと弓が音を立てる。はずから指が離れる。弦が鳴った。深緑の魔力の旋風を纏って、古き王の名を冠するルーンが刻まれた一本の矢が放たれる。スティングレイは逃げた。全速力で。地を飛ぶように。その背後でニールスに襲い掛かった六つの死体がウルの矢によって文字通り粉砕された。一つ二つ死体を貫こうと、矢の勢いが衰える事はない。ニールスの弓術には多彩な技があるが、その神髄は一つである。すなわち、どこまでも飛び行き敵を討つ一射を放てば、それでいい。

「はっ、はっ、はっ、はっ――!」

 スティングレイは走り続けた。逃げなければ。逃げ切れさえすれば。だが、風切り音が迫っている。もう。すぐそこまで。

「はっ――」

 思わず、振り返った。その瞬間、深緑の旋風を伴った矢がスティングレイの胴に的中する。

 爆発。スティングレイの身体が強大な魔力によって吹き飛んだ。毛の一本さえ残らず、爪の先さえ魔力に呑まれ消し飛ぶ。

「王の森を汚した罪だ。スティングレイ、肉体は決して残さぬ。魂はニヴルヘルまで落ちてゆけ」

 森の魔術師は静かに、討ち滅ぼした敵に告げた。

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