VOL.3
その写真は、和也少年の小学校の入学式の際に写したもののようだった。
校門のすぐ前に立ち、紺色のブレザーに半ズボン、それに蝶ネクタイに真新しいランドセルを背負った、まだ少し幼い少年と、そしてその隣に立っているのは、グレーのスーツ姿で背が高く、真っすぐな髪を後ろで束ねた、地味な顔立ちの女性である。
だが、目だけがやけに鋭く感じたのは、俺の気のせいだったのだろうか?
『これが母です』
少年は彼女を指差して言った。
『母はこの時、確か21~2歳でした。この入学式の後、やっぱり”またママは3日ほど留守にするから”といって、直ぐにどこかに出かけてしまいました』
約束通り、3日後、当然のように、
『ただいま』といって戻って来た。
その間彼もまた当たり前のように学校に行き、勉強をしていた。
掃除、洗濯、炊事など家事一般も殆ど全て自分の手で行っていたという。
特に母親が教えてくれたわけではない。
彼女が家に居る時、側にいてじっと見ているうちに手順を覚えたのだそうだ。
『お母さんが何処で何をしているか、興味はなかったのかね?』
俺が
『興味はありました。でも聞いてみようとは思いませんでした。僕はママ・・・・いえ、母を信じていますから。』
ごく当たり前、と言った口調で彼は答えた。
俺は腕を組み、彼を見つめた。
家に居る時はごく普通の母親が、定期的にどこかに出かける。息子は気にはなっていたが、一度も訊ねてみようとは思わない。
その理由が、
『信じているから』だという。どこかで無理をしているんじゃないか、そうは思ったが、敢えて聞かずにいた。
『でも、どうしてオ・・・・いや、警察に届け出なかったのかね?』
『そこまでは考えませんでした。ただのカンみたいなものですけど、警察にだけは話したくなかったんです』
俺はコーヒーを飲み干し、シナモンスティックを咥え、しばらく天井を向いて考え、そしてきっちり一分後、結論を出した。
『よし、引き受けよう。勿論タダ働きと言う訳にはゆかない。仕事なんだからな。料金は一日につき六万円、他に必要経費。拳銃が必要な事態になったら、危険手当としてプラス四万円の割増しだ。学割はなし、但し特例として分割払いは認める。それでいいかね?』
『構いません。家に来てくれれば、僕名義の預金通帳と、それから財布がありますから』
彼はようやく一安心したような、そんな表情になった。
俺は彼を連れて、住まいである南青山までジョージの車で出かけた。
『俺だって暇じゃねぇんだぜ』
『まったくダンナは人使いが荒いんだから』
ジョージはいつもの如く憎まれ口を叩いていたが、チップをはずむと約束すると、途端に機嫌よくハンドルを握ってすっ飛ばしてくれた。
彼のマンションは、港区南青山の表参道に面したタワーマンションの10階、4LDKというから、俺のネグラなんか足元にも及ばない。
フロアーにはオートロックが付いており、掌紋認証でないとドアもエレベーターも開かないというから、セキュリティーも万全だ。
10階に上がる。
確かに息をのむほど広く、おまけに掃除も行き届いている。
とても小学四年生の子供が一人で暮らしているとは思えない清潔さだ。
中に入ると、彼は俺のためにスリッパを用意してくれる。
彼はまず留守電を確認し、何もメッセージが入っていないことを知ると、少し悲しそうな顔をした。
それでも気丈にふるまい、
”コーヒーを淹れてきますから、リビングに座って待っていて下さい”といい、キッチンに入っていった。
俺はソファに座り、室内を見渡していた。
室内には母親と写した写真がそこかしこに置いてある。
無理もない。
幾ら気丈に振舞っていても、まだ小学四年生だ。
淋しくない訳がなかろう。
それにしても、こんな子供を一人置いて、どこに消えたのだろう。
俺はソファから立ち上がり、部屋の中を見て回った。
母親の書斎に入ってみる。
飾り気のない部屋。
ライティング・テーブル。
横文字から縦文字まで、様々な書籍が並べられた本棚。
それに今時珍しいアナログレコード専用のステレオ。書棚の片隅に何枚かのレコード。
ターンテーブルにはLPが一枚載っていた。
古いレコード。
ジュリー・ロンドンだ。
"end of the worlfd"
試しにかけてみる。
あのハスキーな声が、物憂げなメロディーと共に紡ぎ出される。
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