VOL.2

 俺は取り合えず少年、名前を本田和也・・・・年齢は今年で九歳になるという・・・・を連れて、新宿の俺の『ネグラ兼事務所オフィス』のあるビルに辿たどり着いた。

 

 俺は事務所オフィスのエアコンを『暖』にし、温度を最高まで上げ、俺はコーヒーを、彼にはココアを淹れてやった。


 十歳以下の子供にコーヒーは早かろう。


 探偵だって客商売の端くれだからな。


 この程度のサーヴィスが出来ないとやっていけない。


 彼は湯気のたつココアのカップを両手で抱えるようにして持ち、どろりとした甘い香りのする液体を、音を立てないようにして、ゆっくりと啜った。


『さて、それでは話を先に伺おう。初めに断わっておくが・・・・』俺が言いかけると、彼はカップを卓子テーブルの上に置き、恐る恐ると言った体で、先に口を切った。


『小学生の依頼は引き受けられませんか?』


 俺はキリマンジャロを一口飲み、苦笑いをしながら答える。


『成人向け雑誌を買ったり、AVを借りるわけじゃないんだ。私立探偵を雇うのに年齢制限はないよ。ただ、規則みたいなものはある。』


 俺はデスクに立てかけてあるファイルケースから、一綴りの書類を持って戻ってくると、卓子の上に置いた。


『規則ってのは、簡単に言えば、①恐い連中のいる団体、②犯罪の幇助・・・つまりは違法行為の手助けにならない依頼。他にも色々あるが、代表的なのはこんなところだ・・・・ここまでは俺達探偵が守らにゃならん業法に明記されていて、破ると免許停止になる。後は俺個人の主義としてだが、結婚と離婚に関係のある依頼は受けない。これだけだ。何か質問は?』


 彼は何も答えず、黙って首を振った。


 次に俺は後ろのデスクに手を伸ばし、ブックエンドに立てかけてあったファイルケースを取り、中からひとつづりの書類を取り出し、卓子テーブルの上に置いた。


『契約書だ。生憎子供向けには書かれていない。それでも分かる範囲で構わないから、一通り読んでくれ。理解が出来たら最後の頁にサインを頼む』


 彼は契約書を手に取り、端から端まで目を通した。


『分かりました。』彼はそう答え、俺が貸してやったボールペンで、最終ページの記入欄に名前と住所を丁寧な字で書き、


『これでいいですか』と渡して寄越す。


 子供っぽい字ではあるが、しっかりした筆遣いに見えた。


『さて、それでは話を聞こう。』


 彼はもう一度ココアを啜り、それからまたゆっくりと話し始めた。


 彼・・・・本田和也君は母親と二人暮らしだった。


 父親は居なくなった。というより、物心ついた時からいなかったのだ。


 母親は何をしているのか分からない。自分の仕事については一言も話してはくれないという。

 どうやら普通の仕事ではない。そのくらいは自分にも理解は出来ると言った。


 短い時では三日ぐらい、長い時には半月ほどは戻ってこない。


 無論その間の生活費は置いて行ってくれるし、一緒にいる時には、どこにでもいる普通の親と変わるところはなかったという。

 

 

しかし今回は二か月は待ったが、まだ戻ってこない。

さすがに心配になり、 


 学校の創立記念日(私立の小学校に通っている)と、連休が重なったのを利用して、何か手掛かりはないかと(当てがあったわけではないが)、東京駅まで来てみたところ、丁度昼過ぎだったので食事をしようと牛丼屋に立ち寄った。そこで・・・・・というわけだ。


『お母さんの名前は?』


本田紗香ほんだ・さやかっていいます。』と、彼は傍らのバッグを探り、手帳の中から一枚の写真を取り出した。



 



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