小さな依頼人

冷門 風之助 

VOL.1

 やっと東京駅に着いた。


 時刻は正午少し前。


 俺はつい前日まで東北地方のある町に出張していた。


 細かい依頼を2~3片付けて、やっと帰って来たところである。

 甚だ面倒な内容ではあったが、それなりに実入りも良かった。


 後は東京駅から山手線・・・・いや、何でもいい。兎に角新宿まで辿たどり着かねばならない。


 そうしてバーボンを一杯やり、風呂に入って眠るのだ。

 俺の頭には今それしかなかった。


 その前に腹ごしらえだ。


 考えてみれば仕事を終えるまで、固形物らしき固形物を殆ど腹に入れちゃいない。


 探偵だって腹は空く。


 俺は駅を降りると、辺りを見回し、一軒の牛丼屋を見つけた。


 格別牛丼が好きだというわけでもなかったが、一番最初に目に着いたのがその店だった。


 腹が減っている時に贅沢など言っちゃいられない。


 時分どきにしては、店の中はそれほど混んではいなかった。


 サラリーマン風の中年男。


 大学生風のカップル。


 それから・・・・何故か小学校の四年生くらいの少年が一人・・・・ウィークデーの日中にこんな街中にいるなんて、俺はいささか妙に思ったが、それよりも空腹を満たす方が先だ。


 俺はカウンター越しにオーダーを取りに来たアルバイトの店員に、

『牛丼大盛、みそ汁、卵つき』とオーダーする。


 そうして注文が来るまで、さり気なくカウンターのはす向かいを見やった。


 件の少年はそこに座っていた。


 身なりはごく普通、太い横縞のセーターに半ズボン。空いている隣の席にはバックパックを置いて、丼にしがみつくようにして、黙々と並盛の牛丼を食べている。


 ただ、目の周りに少しばかりが出来ているのが気になる。


『お待ちどう様』


 店員が俺の前にオーダーした品物を置いて立ち去る。


 割り箸を取り、紅ショウガを摘み、俺は空っぽの胃袋にあの独特の甘辛いタレと玉ねぎ、それに薄切り牛肉の歯ごたえを味わいながら飯をかき込む。

 相変わらず画一的な味だ。


 しかし(空腹は最大の調味料)


 という格言を、頭の中で繰り返していた。


 そうして食事を済ませ勘定を終えた時、向かいでちょっとした騒ぎが起こった。


 あの少年が立ち上がり、ポケットを探り、慌てたような表情になっている。


 ホール係の店員と、奥からもう一人、図体の大きな男がやってきて、少年を見下ろし、何やらとがめだてするように話し掛けている。


 少年の顔が半べそに変わり、店の中がざわつく。


 俺は状況を察知した。


 カウンターを回って、少年の後ろに立ち、店員から事情を聞くと、どうやらその子は財布を持っておらず、金が払えないらしい。


 しかし店員の方は、彼が最初から無銭飲食をするつもりだったと疑っているようだ。


 肥ったチーフらしき店員が携帯を出して警察にかけようとすると、少年の頬に涙の筋が出来かかった。


 仕方ない。


 俺はもう一度財布から千円札を二枚出し、カウンターの上に置く。


『その子の分は俺が払う。文句はなかろう?』


 俺の言葉に、店員たちはまだいささか不満げな表情をしていたが、それでも札を受けとり、釣銭を返して寄越した。


 外は曇り空だ。駅に着いた時には青空が覗けていたのに、途端に肌寒くなった。


『あの、小父さん』


 後ろから小さな声がした。


 振り返ると、ボーダーのセーターの少年が、そこに立っていた。


『あ、有難うございました』彼は半ベソの筋を頬に残し、頭を下げてきた。


 俺は『礼なんかいい。それよりこれからは外でメシを喰う時は、最低限の金くらいは持ってくることだな』


『あの、名前を聞かせてください』


 面倒くさいとは思ったが、仕方がない。


 俺はポケットにもう一度手を突っ込み、認可証ライセンスとバッジを出して

見せた。


『か・・・・かん・・・?』

乾宗十郎いぬいそうじゅうろうって読むのさ。じゃあな』


『あの、待ってください!』


 少年はまた俺を呼び止めた。


『探偵さんなら、どうしてもお願いしたいんです。僕のお母さんを探して貰えませんか?』

 


 

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