01-02 廃墟にて

 空は青。


 輝く太陽は喧騒けんそうにまみれた雑踏を照らし出す。行き交う人々の顔に余裕はなく、それを眺める人々の顔にも余裕はない。飽き飽きするほどの平和の中を通り過ぎ、ニトの心は鬱屈うっくつする。

 誰しもが自らの運命から逃れる術はないように、彼の重い足取りもまた、の光が薄れる路地裏へと向かわざるを得ないのだ。


 入り組んだ路地を進みさらに入り組んだ路地を進むとそこは、まさしく彼の職場であり住処すみかであり根城ねじろであった。


「あら、珍しいわね。こんな真っ昼間に」


 とうの昔に廃墟と化し、今では違法な商売人がたむろする建造物ビルの一室で、ニトは背広に身を包んだ女と向かい合っていた。


「リクから連絡がないんだよ」

「……は?」

「まだ埋めてるのかな」

「まさか」

「だよね」

「そうじゃなくて。せっかく"記録屋"を雇ってあげたのに」

「無理やり押し付けられた親切は、とても迷惑なものなんだ」

「彼からの連絡も?」

「もちろんないよ」


 困ったわね。目を閉じ、深い溜め息をついて女が言う。


「几帳面を絵に描いたような男が連絡を寄越よこさないのは」

「事件だ」

「事件ね」

「それも、とても深刻で」

「厄介な事件」


 二人はどちらからともなく目を合わせ、クスクスと笑う。こういうときは笑うに限るとニトは理解している。こういうときは笑うに限ると互いに理解している。そこに宿る感情は、諦念ていねんか、愉楽ゆらくか、はたまた別の何かなのか。


「……ん?」


 突如、女の持つ携帯型端末がけたたましい音を立てた。


「あ。記録屋から」

「え。見せて見せて」


:緊急事態発生のため取り急ぎ。:

:事態の詳細は追って連絡する。:

:ヤマダ:


「あれ? 今はタナカじゃなかったっけ」

「今朝変わる予定だったでしょ。本人に間違いないね、これは」

「あいつのことはどうでもいいから。キミが覚えててくれればそれでいいや」

「その性格、いつか命取りになるわよ。さて、と」

「ちょっと待って。依頼者はどうするの」

「さっきからひっきりなしにクレーム送ってきてる。鬱陶しいから放置してあるわ」

「その性格、いつか命取りになるよ」

「さて、と。じゃあ行きましょうか」

「どこへ?」

「依頼者のとこ」

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