第5話 足尾駅前~東武日光駅

 僕は思わずユージに叫んでいました。

「おい!親父は何処行った !? 」

「えっ !? …知らないよ !! 」

 ユージも驚いて周りをキョロキョロしながら言いました。

「…間もなくバスが来ちゃうってのに!何でここで消えるんだ?クソッ !! 探せよお前!」

 僕は完全に冷静さを失っていました。

 …それにしても、今確かに3人で改札口を出たのに、何も無い駅前の、しかも改札口からバス停までたった2~30メートルの距離の間で忽然と消え失せてしまったサダジ…まるで驚愕のミステリーです。

「…探せったって、初めて降りた駅の知らない街なのに…無理だよ兄ちゃん ! …」

「だってもうバスが!…これ逃したら夜まで便が無いんだぜ!」

「そんなこと言ったって… ! 」

 …僕たち兄弟はただうろたえるばかりでした。

 通りの向こうはすぐ下に渡良瀬川が並行してさらさらと流れています。ガードレールから身を乗り出して川面を見ましたが、もちろんそんな所にサダジがいる訳もありません。


「困ったな… ! 」

 僕はそう呟いて右に顔を向け、通りの先を見渡しました。

 通りの左側は川、右側には家並みや商店が続いています。…その先はカーブになっていますが、僕がその風景を見た瞬間、何とバスがカーブからヌッと姿を現したのです。

「ヤバい!…ユージ、バスが来た!親父は?…どうなっちまったんだ?」

「さぁ?依然としていないよ…」

 そんなことを言ってる間にも、バスはこちらに向かって徐々に姿が大きくなって来ます。

「んっ !? 」

 …その時僕は気が付きました。

 バスの方向を眼をこらしてよく見ると、バスの後ろを走っている人がいます。

「んんっ !? 」

 バスを追いかけて懸命に腕を振って全力疾走している人間…さらによく見ると、それは何と他ならぬサダジでした。

「…いたぞ親父が!バスを追って走ってる !! …ユージ、バスが着いたらお前はステップに足かけてバス止めとけ!」

 僕はそう叫んでサダジの方に走りました。

「親父~っ!走れ~っ !! 」

 大声を出してサダジの姿を見れば、激走するサダジの右手にはしっかりと缶ビールが握られていました。


 …そしてバスは停留所に到着し、扉が開くとユージがステップに足をかけ、僕も全力走でUターンしてバス停に戻り、

「すいません、今もう1人走って来て乗りますから!…」

 と運転手に言いました。

 …間もなく駆けつけたサダジは、寒い真冬だというのに大汗をかいて首筋から湯気を上げ、ヒ~ヒ~と荒い息をしながら最後にバスに乗り込んだのでした。

 僕たちはガラ空きのバスの最後部の席に腰を降ろしてやれやれとため息をつきました。

「…もう、何処に行ってたんだよ親父~?」

 僕が訊くと、サダジは

「いや~、汽車を降りたらのど渇いちゃってさぁ、駅前に店も無いし、右手に建物が並んでたから路地に入って酒屋を探したんだよ!…」

 と答えました。

 …少し行ったら通り沿いに酒屋を発見、缶ビールを買ってお金を払い、お店を出ようとしたら目の前をバスが通り過ぎた…という訳なのです。

「へへ…汗かいたから旨いぜ!ビールが」

 サダジは脳天気にそう言うと、缶ビールをプシッ ! と開けました。

 途端に缶の口から泡がブシャ~ッ ! と吹き出しました。…考えてみれば今までこれを手に持って腕を振って走っていたので当然の結果です。

「あ~っ !! 」

 と3人で叫ぶ間にビールは泡とともにサダジの服にドボドボとこぼれ落ちて半分くらいの量が失われ、サダジのズボンは股間を中心にずぶ濡れとなり、バスの後席はビール臭に包まれたのでした。

「…… !! 」

 突然のことに一瞬僕たちは呆気にとられながらも、サダジは慌てて缶ビール噴出泡を口で塞ぎ、僕は旅館から持ってきたタオルをサダジのズボンにかぶせました。

 …ひっそりと3人のプチパニックが起こった日光行きバスは足尾駅前を発車して、山峡の川沿いの国道を走り、ほどなくして長い日足トンネルに入りました。

「…勿体無かった、失敗したな ! 」

 缶ビールを飲み干してサダジが呟き、車内の親子は仕方なく苦笑いしました。


 …トンネルを抜けて日光の街に入ると、せっかくだからと言って僕たちはバスを降りて日光二荒山神社にお参りした後、てくてくと市街を歩いて国鉄日光駅に向かいました。

 そこから電車に乗って家路につこうとして、立派な古めかしい駅舎に入って行くと、正月だというのに構内にはほとんど人がいない状態で、まるでゴーストタウンのようでした。

「…何なんだここは?…観光地の駅なのに人がいないよ!…薄気味悪い、東武電車で帰ろう!」

 駅舎内を見渡しながらサダジがそう言うので、僕たちは隣の東武日光駅に移動しました。

 …対照的にこちらは観光客でごった返していて、活気に溢れ賑わっていました。

 窓口で帰りの切符を買い、早々にホームに入って浅草行きの快速電車に乗るために僕たちは人の列に並びました。


(…行き当たりばったり流れ旅は面白かったけど、今回だけでもう良いや!…やっぱり次回からはちゃんとプラニングして出かけようっと!…)

 …帰りの電車の座席でほど良く身体を揺られながら、僕はそう心中で呟きました。。

 そして隣の座席では、サダジが幸せそうにうたた寝をしていたのでした…。



 自由なサダジと出たとこ旅 (赤城山麓編)


 完




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お正月、自由なサダジと出たとこ旅 (赤城山麓編) 森緒 源 @mojikun

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