17

「叶くんはさ、背がとても高いね。どれくらいあるの?」と元気よく叶の隣を歩いている祈は言った。

 二人はぎゅっとお互いの手を握りながら、ときどき、周囲の森の木々の様子を見たり、こうしてたわいのない話をしたりしながら、ゆっくりと木漏れ日の差し込む森の中の道を歩いている。(二人は今、縦に並んでではなくて、手をつなぎながら、お互いの肩を寄り添うようにして、横に並んで歩いている)

 叶は祈に「180センチくらいかな?」と答える。(実際の叶の身長は178センチだった)

「へー。そんなにあるんだ」と祈は叶とつないでいないほうの手を自分の頭の上にあげて、背伸びをしながら、叶のことをちょっと見上げるようにして、二人の背を比べるようにしながら言った。

「私、167センチなんだ。結構身長高いでしょ? 女の子としてはさ」と祈は言った。(祈の身長はほぼ、叶の予想通りだった)

「叶くんは、女の子の身長も、高くても、低くても、あまり気にならない?」

「うん。ならない。その女の子の背の高さが僕の好きな女の子の背の高さだよ」叶は言う。

「ふーん」と祈は言う。

「叶くん。背も高いし、顔もまあまあだし、性格も真面目で、優しいから、きっと女の子にもてるでしょ?」

「覚えてないよ。記憶喪失だからね」叶は言う。

「本当かな? 怪しいな」楽しそうな顔で祈は言う。

 そんな祈に叶は、曖昧な表情をする。

 空の上で、鳥が鳴いている。

 その鳥の鳴き声を聞いて、叶は一度、青色の空を見上げた。

「ねえ、叶くん。今日の晩御飯。なに食べたい?」祈は言う。

「晩御飯の献立?」

「そうだよ。今日は特別に叶くんのために、祈お姉さんがなんでも作ってあげるよ。今日は二人が出会った記念日だからね」にっこりと笑って祈は言う。

 ……二人が出会った記念日。と叶は思う。

「本当になんでもいいの?」叶は言う。

「もちろん。倉庫か冷蔵庫の中に食材さえあれば、どんなものでも作ってあげる」自信満々で祈は言う。(どうやら祈は料理の腕に自信があるようだった)

 その祈の言葉を聞いて、少し考えてから、「じゃあ、カレー、かな?」と叶は言った。(ちょっと手間がかかるかな? と思ったけど、せっかくの記念日なのに、そっけない料理はちょっと嫌だなと思った。それに叶は料理を自分も手伝うつもりでいた)

「カレーね。わかった。任せておいて。それなら全然大丈夫。食材もちゃんとある。家に帰ったら、すぐに作ってあげるね。普段よりも、豪華なやつ」

 とにっこりと笑って祈は言う。

「ありがとう」と叶は言う。

 少し歩くと、風景にまた変化が訪れた。

 二人の正面には小さな土色の道の先で、森の木々の葉が、大きく開いている場所がある。

 そこはどうやら、森の出口のようだった。

 ……森が、もう直ぐ終わるのだ。(森には本当に『終わり』があった)

 その場所は、太陽の光で満たされている。その先の風景がよく見えないほどに、眩しい光で満ちている。

 叶はぎゅっと、祈を手を思わずちょっとだけ強く握る。(祈の手が、その叶の手を握る強さに少しだけ反応する)

 ……二人の手が離れることは、もう絶対に、二度とないように叶には思える。

 ……でも、僕の握っていた赤い紐は切れていた。『きっちりと、半分に、切れていたのだ』。そんなことを叶は思う。

 叶は高校の制服のズボンのポケットの中に祈とつないでいないほうの手を入れて、その切れてしまった赤い紐を手で握ってみる。そこには確かにあの半分に切れてしまった赤い紐があった。

 神様が奇跡を起こして、あるいは魔法で時間が巻き戻って、いつの間にか、祈と一緒に森の中を歩いている間に、叶の制服のズボンのポケットの中で、その赤い紐は元通りに一本の紐に戻っていたりはしなかった。

 叶はその赤い紐をぎゅっと強く握りしめる。強く。……本当に、力強く。

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