第9話
士官は装甲車に駆け寄り、ボディを叩いた。
「生きてるかね?出てきたまえ!」
ナタ達はふらつきながら車外へと這い出した。
既に敵のエンジンには火炎瓶が投げつけられており、兵士たちは物陰から手榴弾を投げ上げた。
「伏せろ!」
兵士たちが遠ざかると、車体の上で激しい爆発が起こった。
歓声とともに、兵士たちは戦車に駆け寄った。
「すごい……」
「よし、諸君も手榴弾を取りたまえ。我々も――」
そう言って士官が手榴弾を手に取る背後で、ロケット花火のような音がいくつか響いた。兵士たちの頭上に、大振りな缶詰のような物体が複数打ち上がった。見上げる兵士たちの顔めがけて、焼けた鉄片が矢のように降り注いだ。
打ち上げられた
士官は地面に伏せ、3人はあたふたと車両の影に転がり込んだ。
「そんな……全然効いてない」
「おのれ……」
士官は怒りに震え、手榴弾を握りしめ駆け出した。
「化け物め、これでも食らうがい――」
手榴弾が手を離れる前に、電ノコのようなひと連なりの銃声が響いた。士官は腰の位置で真っ二つになり、手榴弾は点火されないまま3人の足元へ転がってきた。
戦車に取り付けられた
呆れ返ったシューラはぶつぶつとぼやきながら手榴弾を拾った。
「何だあのバカ――おい、さっさと逃げるぞ」
「そんなこと言ったって――」
「あのう!降伏しまーす!」
エレンカの言葉に、思わず2人は振り返った。既にその姿はなく、敵の前に身を晒していた。
死骸を踏みにじりながら前進していた敵は立ち止まり、SSは小首をかしげていた。
「バカがもう1人――おい戻ってこい!」
「話の通じる相手じゃないよ……」
「あーうるっせえなあ!」
突然声を張り上げた新兵に、2人とも凍りついた。
「これ全部テメーらがアイツ轢いたせいだろ!?いい迷惑だよ!」
2人の戸惑いをよそに、彼女はさっとSSに向き直った。
「私ねえ関係ありませんから!アイツ殺したのあの2人ですから、だから――」
彼女の言葉を遮るように、挙げられた両腕を機関銃が引きちぎった。
悲鳴を上げてのたうち回る姿を見下ろしながら、SSの車長が車両から降りてきた。
「痛い、痛いよ、おおお、お前らおかしいよ……」
SSは芋虫のように這って逃げようとする彼女の頭を踏みつけた。
「よせ、やめろ!――俺がやった」
思わず立ち上がったシューラは、必死に手振りでSSの気を引いた。
「あれだろ、こんくらいのチビの事で追っかけてきてんだろ?俺がやった、そいつは関係ねえ――離してやれ!」
SSはじっと彼女を見つめ、手にした
エレンカは仰向けにされ、服を引き裂かれた。SSは力任せに彼女の胸を鷲掴みにし、ポケットから何かを取り出した。いびつに光を反射するそれは、ナタが叩き割った鏡の破片だった。
「何だそれ――やめろ!俺が出てきたろ!」
這いつくばるシューラの背後に、ゆらりとナタが現れた。ガッチリと足の銃創を掴み、痛みで抵抗できないよう押さえつけた。
「テメェ離せコノヤロー!エレンカーっ!」
「無茶だよ、その傷で何ができるのさ!」
彼女にとって、これはチャンスだった。あの新兵がいなくなれば、このつむじ曲がりも制御しやすくなるだろう。
ぼろぼろと涙を流す新兵に目もくれず、彼女はシューラを引きずり遠ざけ始めた。
「待ってぇ、助けて……」
「見殺しにできるかよ、離せーっ!」
その時、SSがすっと2人を指差した。そこで見ていろ――炎を背に揺らめく影がそう言っているようだった。
SSは一分の迷いもなく、鏡の破片を新兵の胸に突き刺した。膝で鳩尾に体重をかけ、動きを封じたまま力任せに肉を切り取り始めた。
悲鳴を上げて抵抗しても、払いのける腕がなければ無駄に筋がちぎれるだけだった。
運転手が危険を犯して飛び出してきた時点で、この新兵の“価値”は充分に理解していた。
ぶつりと音を立てて、手に収まらないほどの肉塊を切り取った。
「あああふざっけんな!何で!あたし何も――」
エレンカの口がこじ開けられ、切り取られた肉塊が力任せにねじ込まれた。下顎がゴキゴキと音を立てて外れた。
「やめろ―っ!」
拳で何度も殴りつけるように、収まるはずのない物体が奥へ奥へと凄まじい力で押し込まれていく。
「よせ!やめて……やめてくれ……俺が悪かったから……」
SSの手が離れ、彼女はもう動かなくなった。
うなだれたまま動かないSSを前に、ナタは足元で泣きじゃくるシューラをどうにか抱き起こした。
「今のうちに逃げよう、早く!」
「俺が……何で……」
炎は村全体に広がりつつあった。
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