第4話

 少女を轢き潰してから、車内は険悪な空気に包まれていた。

「そもそも、君はいつも軽率で利己的すぎるんだよ」

「何ィ?」

「最近、整備士の酒盛りに混じってるじゃないか!わざわざ酒や食料を調達して」

「あー、それで?」

「あんな学もない不良連中とつるんで、装甲部隊の品位を落とさないでくれ」

「は?そうかい――品位ね」

「あのう、味方を悪く言うのは……」

「だいたい、あんな男ばかりの集まりに紛れ込むなんて!まさか、君は酒じゃなくておと――」

 車両が急停車し、ナタは砲塔の椅子から転げ落ちた。ぐらつく頭で起き上がった彼女は、そのまま壁に押さえつけられた。

「このクソガキ!」

「あのう」

「何だコノヤロー!」

「地響きがします」

 エレンカの言葉に2人が沈黙すると、遠方から微かに地響きが聞こえてきた。ハッチを開けて音の方角を見渡すと、およそ1km後方――先程の林の方角に高く雪煙が上がっている。

「ありゃあ何だ?」

 雪煙は徐々に速度を上げ、ついに道沿いの木を突き倒した。黒い影が路上に現れ、獣の咆哮のような轟音が耳を突いた。四角く平たい輪郭は、明らかに味方の車両ではなかった。

「戦車だ!」

「あのガキのお守りか」

「こっちに来ますよ!」

「どうしよう……」

「叩き潰すに決まってんだろが!」

 車長の頭を掴んで怒鳴りつけると、運転手はさっさと戻っていった。エンジンがかけられ元きた道を戻り始め、砲塔の2人も戦闘準備を始めた。ナタは挫けかけていたが、車長――兼任の砲手として、立ち直るよりなかった。

 ゆっくりと接近する影に照準を合わせると、500m程に近づいた影は徐々に輪郭が鮮明になってきた。角張った車体の上、円筒状の砲塔に小さな展望塔キューポラが据え付けられ、そこから敵の車長が上半身を出している。幅の広い履帯キャタピラでガチャガチャと雪を踏みしめながら、一直線に歩み寄ってくる。

「いいか、コイツの主砲45mmならどんなドイツ戦車も撃ち抜ける――焦らず当てにいけ」

 彼女たちの知る限り、ドイツ戦車の装甲板はせいぜい5cm程だった。

 距離を詰めてしまえば、小回りの効く装甲車に分があると踏んだ。

「装填完了です」

 敵はついに300m程に接近した。この距離なら、彼女たちは大抵のドイツ戦車の装甲を撃ち抜ける。

 敵は停車してナタたちをじっと見据えている。

「……停車、ここで撃つよ」

 車体の揺れがおさまるのと同時に、敵戦車めがけてトリガーを引いた。重い発砲音が響き渡り、車内は白煙で満たされた。

 鈍い金属音がして、規則的な重低音がこちらへ迫ってきた。

 ――砲弾が弾かれた!

 今までにない事態に、じわりと冷や汗がにじむのを感じた。

「まさか!」

「もう1発だ!」

 再び発砲音が響く。間髪入れずに、再び跳弾の音が返ってくる。

 そして100m程に迫った影は、よりハッキリとその姿を見せた。自分たちよりも遥かに巨大な車体、ガッチリと分厚い壁のような装甲板、5m近い戦車砲――完全に敵を侮った。

「どうなってる!」

「どうしよう!」

「バカ!早くヤツを止めろ!」

 ナタは戦車を停めるにはどこを撃てばいいか、そのぐらいはよく解っているつもりだった。履帯をちぎれば、逃げる時間ぐらいは稼げるだろう。続けて砲撃するが、1発目は外れ、2発目、3発目は履帯に直撃したものの容易く跳ね返された。

「駄目だ、全然効かないよ!」

「振り切るぞ、砲塔回せ!走りながらでも撃てるだろが!」

 ナタにはもう主導権を取り戻す気力はなく、ただ眼前の巨大な影に釘付けにされていた。

 再び急加速した敵はすぐ背後に迫り、彼女たちを見下ろすSSの姿も鮮明に見て取れた。

 背の高い、サイドテールの少女。小柄で幼かった少女と対照的に、このSSはかなり大人びた体つきをしていた。どす黒い制服は、逆光の中でくっきりとその輪郭を浮かび上がらせた。

 スコープの視界が一気に闇に包まれ、凄まじい衝撃が車体を揺さぶった。

 ナタは身を引くのが遅れ、照準器に叩きつけられた。

 砲身がへし折られ、目の前の装甲に亀裂が走った。

 よろめきながら、照準器を覗き込んだ。先程まで目の前にいた影は遠ざかり、じっとこちらを見据えていた。

 シューラは必死にアクセルを踏み込むが、衝突のダメージで速度が上がらない。

 距離が開くのを待って、またあの咆哮が聞こえてきた。

「また体当たりです!」

 もう1発喰らえば、確実に車体は破壊され踏み潰される。

 鈍痛で混濁するナタの頭上から、微かにエンジン音が響き渡った。

 鋭い閃光が走り、直後に敵の足元で爆発が起こった。土砂が噴き上がりガラガラと音が響き、少し横を向いて停車した。

 上空からの爆撃によって、履帯がちぎれていた。

「あの飛行機だ!味方だったのかな……」

「何でもいい、今のうちに逃げるぞ」

 怒り狂ったSSの車長は上空に拳を振り上げていた。

 爆撃を済ませた黒い機影は、大きく旋回して飛び去っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る