第2話

「まずいよ、今の背丈は確実に子供だ……」

 路端では、黒い帽子をくわえた狐がこちらを見ていた。

 人影はアレを追ってきたらしい。

「クソッ、何でこんな所に……」

「早く助けないと!」

 車外に出た3人は、車両後ろの血溜まりに向かった。

 轢かれたのは、ナタに近い背格好の少女だった。

 黒ずくめの服は車体に引っかかって裂け、下腹部から臓器が押し出されていた。

 うつろな目で天を仰ぎ、聞き慣れない言葉で何か呟いていた。

「金髪碧眼、鷲の紋章に丈の短い黒の背広――ドイツ兵だな、脅かしやがって」

「ひどい……これじゃもう助からない」

「6tの鉄の塊に轢かれたんだ、ペシャンコさ」

「見てください――SSエスエスの帽子です」

 いつの間にやら狐を捕まえたエレンカは、黒い帽子を取り上げて差し出した。

 帽子の額には、銀のドクロの紋章がついていた。

 SSこと“親衛隊”シュッツスタッフェルはドイツ政府の正規軍ではない、ヒトラーの私兵とされた。彼らは積極的に一般市民の虐殺を行っていたため、特に警戒されていた。

「なるほどな、そりゃいいや」

 シューラは少女の傍らにしゃがみ込むと手袋を外し、卵ほどの肉塊を手にした。

「それは?」

「さあな、ヒトサマの国に土足で踏み込んだバツだ――ほら食え」

 そう言うと、手にした肉塊を少女の口にねじ込んだ。少女はなけなしの力で手を掴んで必死に抵抗するが、彼女は構わず肉塊を喉の奥に押し込んだ。エレンカは真っ青になって固まっている。

「どうだオイ、ざまーみろこの……」

「よしてくれ、悪趣味だぞ!」

 車長は頭一つ分以上大柄な運転手を力任せに突き飛ばし、広い額に青筋を浮かばせた。

「何のつもりだ?このSSのチビ助をかばおうってんなら――」

「かばう?アレが敵だったから良かったようなものの、危うくボクらは民間人殺しだ!」

「あのなぁナタちゃん」

「またソレか!ボクは車長だぞ?上官に向かってそれは何だ!」

 ナタはつかつかと運転席へ向かい、機銃の下から鏡を引き剥がした。

「何してる!」

「そもそもこんな物――」

 車体に鏡を叩きつけ、言葉を失う運転手を怒鳴りつけた。

「もう2度と身勝手はしないでくれ、いいね!」

「……そうかい、わかったよ」

 彼女は憮然とした様子で黙り込んだ。

「君なあ!」

「あのう、喉に詰まったみたいです」

 新兵が指差す先で、少女がくたりと脱力した。

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