氷の轍
@Olbricht
第1話
1942年、ソビエト連邦は前年からのドイツ軍との戦闘により大打撃を受けた。
侵略者を迎え撃つべく、政府は国民を男女問わず徴兵した。
広大な雪原の上空に、ひとつの黒い機影が飛んでいた。
機影は眼下に小さな“点”を見つけると、雲間に消えていった。
深緑色の
ボデイに戦車のような砲塔を載せたこの車両は、偵察中に吹雪で部隊からはぐれてしまった。無線などなく弾薬も燃料も残り少ないため、戻って物資の集積地を目指していた。
砲塔から顔を出していたコート姿の小柄な少女が、天を仰いで眉をひそめた。長い髪をかき上げ目を凝らすと、車内に引っ込み2人の仲間に声をかけた。
「シューラ、エレンカ、上に飛行機が見えたよ!」
「ナタちゃーん、、ここは戦場だって忘れてねーか?」
シューラと呼ばれた大柄な運転手は、生来のニヤついた顔で笑った。運転席からは機銃の下に置いた鏡で、振り向かずに砲塔の様子がわかるようにしていた。
黒髪の車長――ナタはこの鏡をあまり良く思っていなかった。
「そうじゃないよ、急に雲に入ったんだ――味方なら、ボクらから隠れる理由はないだろう?」
「ではドイツ空軍でしょうか?」
ナタの右手、装填手席に座るエレンカは、大きな目で彼女を見つめた。
徴兵から間もないこの新兵は、まだ幼い雰囲気を顔に残している。お下がりのヘルメットから伸びた茶色のお下げ髪が、大きな胸の上に乗っている。自分より2歳も若い少女に体格で抜かれた事実は、車長の自尊心をへし折っていた。
「たぶん――でも1機だけだったから、向こうも迷子かも」
「んで、どうする?道を変えとくか」
「そうだね、しばらく林に入ろう」
「あいよ」
車は道を曲がり、針葉樹の立ち並ぶ林へと進路を変えた。
「そろそろ林を抜けるハズだ――上空に敵影なし」
「ん――どうもエンジンがおかしい」
「ちゃんと整備ぐらいしといてよ――困ったね、まだ遠いのに」
「あーそうね、困った困った――この先に廃村があるはずだ、寄ってみるか」
「ひょっとしたら、味方が合流してるかも!」
戦車砲にもたれかかって、エレンカがニコニコしている。
ナタには、ニコニコと運転手を見つめる新兵が癇に障った。
配属当初から、シューラが彼女にやたら話しかけたり触れたがるのが目に余った。終いには鏡を置き始め、彼女の方も満更でもないようだった。車長にとって、隊内の風紀を乱す“異常者”の抑制は急務でもあった。
「どうかしましたか?」
「何でもないよ――ちょっと外を見てるね」
砲塔のハッチを開いて顔を出すと、代わり映えのしない林の風景が広がる。散漫になっていたせいか、林を横切る黒い影に気づくのが幾らか遅れた。
それは、鏡越しに後輩とアイコンタクトしていた運転手も同じだった。
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