第5話 イタリア料理店のコーヒー
それなりによく利用する駅のすぐ傍に、とあるイタリア料理の店がある。
本来は夕方以降、豊富な酒類と共にアルコールに合うイタリアンを楽しむ――という趣旨の店なのだが、ランチタイムにビュッフェスタイルのメニューも提供していたりするのだ。自分は主にそちらを利用している。
焼き立てが並べられる複数種類のピザに、日によって変わるパスタ、こちらも日によって変わるスープに、色々な味のドレッシングを選べるサラダなど、味わい甲斐のある料理が並ぶビュッフェなのだが……その中で、常に自分の胸に一際強く印象を残す物があるのだ。
――コーヒーである。
追加料金を支払い、ドリンクバーを付けると飲むことが出来るそのコーヒーが、自分の心を奪って離さないのだ。
何故そこまで心を奪われるかと言えば……ぶっちゃけて言おう、自分はそこまでコーヒーが好きではない。
どちらかと言えば紅茶の方が好きだ。茶葉にこだわりを持つほどのめり込んではいないが、紅茶を全く飲まない日というのはそれほどない。一ヶ月に一度、あるか無いかというところである。
そんな自分は、基本、コーヒーを飲む時は砂糖もミルクもたっぷりと入れる派だ。コーヒー本来の香りや風味? そんなものはどうでもいい。豆の種類? 興味が無い。自分がコーヒーを飲む時、それは眠気覚ましとついでの糖分摂取、それ以上の意味など無いのである。
……例外が、上記の店でコーヒーを飲む時だ。
コーヒー好きに喧嘩を売るようなコーヒーの飲み方をする自分の舌が、生まれて初めて純粋に美味しいと感じたコーヒー……それが彼の店のコーヒーなのである。
どれくらい美味しいかと言えば、コーヒーの味も香りも砂糖とミルクで塗り潰して飲むことが当然の自分が、余計な物は一切入れないでブラックで飲んでしまうレベル。
何というか……コーヒーなら当然『苦い』ものであるはずなのだが、件の店のコーヒーはブラックで飲んでも苦くないのだ。より正確には、苦味はある。ただ、その苦味は後には引かず、口の中に長く残らない。刹那の時間、舌を洗うように撫でていき……消えてしまう。そんな苦味が、何とも面白く、美味しいのだ。
逆に、普段通りに砂糖やミルクをたっぷり入れて飲んでもそれはそれで美味しいのだが……ここの店のコーヒーだと、折角の美味しい苦味が薄れてしまって勿体なく感じてしまう。だから、この店で飲む場合に限り、自分はコーヒーに砂糖もミルクも一切入れない。
ビュッフェで様々な料理をたらふく食べて、満腹になったその頃に、そのようなコーヒーを喉にそっと流し込む。それが何とも至福の時間なのだ。
……そんな風に、ビュッフェの片隅の飲み物にさえ丁寧な仕事をする店である。きっと、夕方以降の酒類に主眼を置いた時分も良い料理、良い飲み物を提供しているのだろうが――生憎、自分はそちらでこの店を利用したことは一切無い。
……酒が一滴も飲めないせいである。
そのことを本当に残念に感じてしまうほどに、そこの店のことを気に入っているのだ。
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