第1章 やらかしたら空を見上げるのって万国共通なんかな
小さな、六畳一間の庵。
明かり取りの丸障子を通して、陽光は昼を告げる。
隅に敷かれた布団では、上に着物を掛けた徹斎が、丸くなって寝ていた。
目を醒ます。
寝ぼけ眼で辺りを見渡し、あくびをひとつかみ殺してから、もっさりと起き上がる。
布団を畳んで押し入れにしまい、作務衣に着替えて土間に出る。
居間より広いその土間は、瓢箪が並んだ棚、煮炊き用の
とりあえず竈に火をおこし、茶を沸かすため、水を汲みに外へ出た。
玄関の雨戸を開けると、そこには着物を着た狸の姿が。尻っ端折りで、炭の詰まった俵を運んでいる。
「おうおう、元気かよ炭屋さん」
「これはこれは、お世話様です、鍛冶屋の旦那。……そうか、遅いと思ったら昨日は満月か」
「そうそう、白翁のところで飲んできてね。いやぁ、しこたま呑んだ。二日酔いが酷いから、今から茶を沸かすんだよ。あんたもそれが終わっても帰るんじゃねぇぞ、一服つけていけ」
「それはありがたい。今日はやけに喉が渇いてねぇ」
それだけ言うと、炭屋は俵を担いで、瓢箪の
鉄の急須に水を入れた後は、火にかけてしばらく放置。
ふと顔を上げて虚空を見つめると、徹斎は湯飲みを三つ用意した。
縁側に回って、そこも雨戸を開放する。障子を開けると、部屋に籠もった酒臭さがずいぶんとマシになる。積み卸しを終えた炭屋が、チョコチョコと歩み寄ってきた。
「やぁ、早かったな、一服つけてここで待ってな」
床の間から煙草盆を取り上げ、縁側に置く。
かたじけない、と炭屋。ポスリと縁に腰を下ろし、懐から煙管を取り出す。
それを見届けてから徹斎は土間へ。急須はシュンシュンと湯気を噴いている。手ぬぐいで取っ手を掴み、お盆に並べた湯飲みに一杯分ずつ注いだ後、急須に茶葉を放り込んだ。温まった湯飲みから急須へお湯を戻し、お盆を持って縁に移動。そこで改めて、湯飲みに茶を注ぐ。煙草を吸い終えた炭屋が、水筒の水を飲んで待っていた。
「ありがてぇ、旦那ン所のお茶は美味しいんで、煙草の灰臭さがない状態で楽しみたいんでさ。煙草を吸い始めた後にそれに気付いちまって、後悔したのなんのって……」
そんなことを言いながら茶をすする狸。ここが仙境でなければ、ただの怪談だ。
「あぁ、うまい」
一口毎に、そんなことを言っていた。
なんともなしに、世間話を振る。
「最近はどうよ。仙籍に入る者も滅多に出なくなったから、客足は落ちる一方だろ」
「まぁまぁ、旦那の所みたいな大口のお客さんは、そういないねぇ。それでもほら、炭って煮炊きするにも、暖を取るにも、何かと入り用でしょう? そういう小口の客を掴まえて、なんとかやっていけてますよ」
のほほんと笑う狸。と――――
「うちもお世話になっとるよ」
声がかかり、二人の視線がそちらに集まる。
大きな一つ目、黒衣、袈裟。
「
妖怪・青坊主。神出鬼没、知恵に優れた妖怪で、七十二の変化の術、各種
「ほい、あんたの分な」
徹斎は慌てる様子もなく、残った湯飲みを差し出した。
「いただこう」
立ったまま、青坊主は茶をすすり始める。
「さて、あっしはそろそろお暇させていただきやす。次の納品があるもので」
ポテッと縁から転がり降りて、炭屋は丁寧に頭を下げた。
「そうかよ、お世話様。またよろしく頼むよ」
「こちらこそ! 以後も変わらぬご愛顧、よろしくお願いいたしやす!」
俵の載った台車を引いて、炭屋は森の中へと消えていった。
「さて」
向き直る徹斎。
「今回はどんな御用向きだい。地獄耳の青坊主様が来るのには、なにがしかの理由があるだろ」
青坊主に問いかける。
一口茶をすすった後、青坊主が口を開く。
「昨晩はお楽しみだったようだが、なんぞ、落とし物でもしておらんかな」
はて、とあごに手を当てる徹斎。部屋を見やる。
「……落とし物? なんかあったかな……」
庵に上がって、何が無いかと、一つ一つ確認してゆく。
それを眺めやる青坊主、続けざまに言い放つ。
「水仙郷から現世にかけてな、身の丈にそぐわぬ
ビシリと、徹斎の動きが止まった。
「何でも土の鎧を纏い、力任せに暴れ出したとか」
ビシリ、ビシリ
「どうやらその鎧、百人力の神通を使用者に授けるものらしい。今までとはその邪仙、脅威度が段違いなんだとか」
ピッキーーン
「天界では、托塔李天王をはじめ、上位の武神達が討伐に向けて準備を始めておるとか。きっと元凶が分かれば、そちらにまで攻めかかってくるじゃろうなぁ」
もはや物も言わぬ徹斎。
「ところで水仙郷のすぐ近くにワシの庵があってじゃな、その賊共のせいで、迷惑を被っとるんじゃよ」
「だ~~分かった! 今日のうちになんとかする! それで文句ねぇな!?」
「頼むぞ~。ワシは現世で釣りにでも興じておるからの、その終わりに帰れんかったら、あることないこと天界へ吹き込んでくれる」
「いいからさっさと行っちまえジジイ!!」
徹斎は、昨晩とはまったく違う心境で、青く澄んだ空を仰いだ。
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