Flashback2
魔王軍と英雄達の総力戦が始まってから、一体どれほどの時間が経っただろうか。
轟音と爆音とが織り成す凄絶な闘争の狂想曲は、未だに地下空間の天井越しから否応なく鼓膜を障り続けていた。
激しい地響きを伴って、目の前が小刻みに揺れ続ける。人々が頑丈と豪語していた天井に続々とひび割れが生まれ、土埃混じりの視界からは怪我人の姿が入り込まない時がない。
端的に言って、しんどい状況だった。
「おいおい、英雄達は強いんじゃなかったのかよ!」
「いくら個々の戦力が上回ったって、こうも数が圧倒してちゃどうしようもねぇって」
英雄達による迎撃に遭っても衰える気配を見せない魔王軍の攻勢に、悲観的な声があちこちから聞こえてくる。
ここままじゃ埒が明かない。いくら英雄達のいる拠点で勝ったところで、その間に比較的手薄になっている地下空間の人々への被害は拡がる一方なのは明らか。
だからこそ――僕は覚悟を決めてある場所目指して駆けていた。
目的地である空間最奥部の一室まであともう少しというところで、
「おいハル! お前よォ、勝手に一人でどこ行こうとしてんだァ?」
耳を打ったのは、すっかり馴染みとなったチャラついた大声だった。
「……そういうヴォルフさんこそ、どうして……?」
「野暮な事聞くんじゃねぇ。テメェと一緒だよ」
地下空間崩壊の危機に瀕しても変わらない粗暴な口調でそう返すと、庶務二課の同僚の一人であるヴォルフさんが嬉しそうに笑む。
僕の異世界生活において最も交流を深めた王宮魔術師を挙げるとするなら、間違いなくこの方だった。常に睨んだ視線を投げつけているような強面に加えて、目に余る粗野な言動や態度が王宮の規律を乱していると罰せられ、この王宮内でもお荷物と揶揄される場所に追いやられた彼だが、それでも魔術師としての技量や才覚は本物だった。
僕も転属してしばらくの間は、ヴォルフさんの表情や態度に恐れ慄き、話しかけるどころか近付く事すらままならなかった。しかし、容易く様々な魔術を操り、且つ自ら黙々と新しい魔術を作り出そうとする姿を見て、勇気を振り絞って会話を交わすようになった。
最初こそ魔術も扱えない英雄の落ちこぼれという事で、軽くあしらわれたりキツく当たられたりもした。それでも魔術を一から覚えようと努力している内に、そっけなくアドバイスや指摘をくれるようになり、いつしか普通の会話を交わせる間柄にまでなっていた。
やがて二年以上経った頃には、ヴォルフさんとは仕事面では常に行動を共にするようになっていた。
様々な事務処理は勿論の事、王宮魔術師と共同で進めていた時空転移魔術の研究も、僕と彼が率先して進めていたものだった。
だからこの時、僕とヴォルフさんの考えは一致していた。
あの部屋にある切り札を使うという賭けに導かれるがままに。
「でも、仮にやるとして、索敵をしてくれる魔術師がいないと……」
「ンなの心配無用。ビビって地下空間に逃げやがってた魔術師を二人程拉致っといた」
「ハハハッ、やっぱり敵いませんね、先生には」
「笑って返すようになっただけ、十分成長してんじゃねぇか、落ちこぼれクンもよォ」
いつもと変わらないやり取りを交わして、目的地の部屋へと入る。他の部屋同様四方レンガ造りの壁に囲まれた一室では、ヴォルフさんの言う通り、総力戦の最前線から逃げおおせてきた三人の魔術師が、各々石畳の床の隅で小規模の魔法円を描いていた。
天井からピシピシと軋む音が聞こえて止まない。もはや紙一重のところまで状況は切迫していた。
「準備はどうだ? もう時間がねェゾ!」
「索敵の方は順調です。そして転移門を開ける魔法円も――」
「こっちも出来たぞ! これでいつでも奴らを飛ばせる!」
「馬ァ鹿。いくら飛ばせたところでなァ、最後の一つが出来ねぇと……ッ!」
刹那、焦る僕達を嘲笑うように、大きくひび割れた天井から怒号が轟く。マズいと僕の中の直感が囁いた直後、頭上から岩片の雨が次々に降り注いできた。とうとう衝撃に耐えきれず天井の一部が崩落したらしい。
もっともみんな魔術が使えるので、咄嗟に自らに防御の魔術と瞬間移動の魔術を付与させ、空間内でも安全な場所へと避難する事に成功したのだが。
「大丈夫ですか!? 怪我の方は?」
「全員無事です。ですが、それより……」
「チッ、クソッ! 間に合わなかったか」
ヴォルフさんの呻きに、僕も奥歯を噛みしめる。無理もない、まだ描いている途中だった小さな魔法円が、かつて天井だった瓦礫の山に埋もれてしまったのだから。
確かに魔術を使って岩を取り除く事くらい、難しい話ではない。ただ、除去作業と魔法円の描き直しなんかしていたら――
「っく! おいおいおい、英雄さん達よォ、ちったぁオレ達の身も案じやがれっつうの!」
「で、どうすんだ!? やんのか、やんないのか!」
「アホかテメェ! こんな半端な状態じゃ……」
「……やりましょう、このまま……」
もう時間の猶予はない。
だから間髪入れずに、こう言葉が続いた。
「この時空転移魔術で、魔王軍を時空の彼方へ飛ばしましょう!」
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