Flashback3
瓦礫の崩落音が遠くから断続的に聞こえて止まない中、魔術師たちがヴォルフさんの指示通りに、発動の準備を整えていく。
そんな切迫した樣子を、僕は部屋のど真ん中で立膝をついたまま、来るべき時が車で黙って見守るしかなかった。
小刻みな揺さぶりが続く室内の空気は、いつしか冷たく張り詰めたものへと変わっていた。無性に何度も唾を飲み込んでしまう。
「わかってんよナァ? 仮に発動に成功したとこで……」
「それは成功してから考えます。だから、ヴォルフさん」
「ああ、全体のコントロールはオレがやっから、テメェはメインの魔法円の発動だけに専念しやがれ!」
粗野な口調はいつもの事。むしろ変わらない口ぶりを聞いている内に、胸の内で凝り固まりかけていたものも溶けた気がした。
そうだ、今は自分の仕事だけに集中しよう。深呼吸を繰り返し、両手を床に置く。
「ヴォルフ、ハルト、こっちは準備完了だ!」
「同じく、魔法円の発動準備整いました!」
魔術師二人からの合図に首を巡らせてみる。南東と南西の床隅に描かれた完成済みの小魔法円は、薄っすらと白光を滲ませていた。
やがてその白光は、小さな魔法円の弧に接するように石畳に刻まれていた大きな円弧へと伝播していく。
部屋の面積の半分以上を占める、時空転移魔術の巨大な魔法円へと。
そして僕は、これから部屋の中心――すなわち魔法円の中心で、その幾重の小さな術式を組み合わせて完成させた高等魔術の術式を発動させようとしている。
状況を再確認してる内に、また緊張してきた……いけないいけない、自分で宣言しておきながら、気を確かに持たないと!
「なぁデリエ、索敵の目処は立ったンだろうなァ!?」
「ええ。双方拮抗してるおかげで、かなり釣れてますよ」
本来なら残っていた一つの魔法円を発動させる役割を担うはずだった王宮魔術師が、嬉しげな笑みを浮かべてみせる。言葉から察するに、魔力の質――魔質を用いた索敵魔術が相当効果を発揮しているみたいだ。
「特にとてつもなく膨大な魔質の塊が一つ……間違いなく魔王のものでしょう」
「ソイツが捕捉出来てりゃ上々! あとはハルト、テメェの仕事だ」
ヴォルフさんのGOサインに、黙って頷き返す。
「魔力は魔法円にしっかり溜め込んである。だからキッチリ決めやがれ」
元よりそのつもりです。返事を目配せに込めてから、仄かに白光する床の魔法円へと再び向き合う。
そして瞳を閉じて、声にならない声を零す。
「これが英雄になれなかった落ちこぼれの、精一杯の戦い方――」
クラスメイトの成長についていけず、最前線からも追いやられ。
結局最後の最後まで後方支援と研究に費やす日々。
戦場で必死に闘うみんなやこの世界の人々に対して何もと言っていいほど貢献出来なかった。
別に戦果を自慢したいわけでも、みんなに褒めそやされたいわけでもない。そんな承認欲求、零落者の烙印を押された時点でとうに捨ててる。
あくまで動機は、これ以上王宮の人々やクラスメイト達の傷つく姿を見たくないという極め付きの自己満足。
だから術式成功後の事は考えない。この時空転移魔術で魔王軍の軍勢を時空の彼方まで飛ばせるのなら。この世界に住む人々が救われるのなら。
「この身体、この命……何一つ、惜しくない」
小さく息を吐き出してから瞳を開けて、すぐさま詠唱に入る。
『――果つる底なく広がりし、刹那冠する無数の砂礫の連なりよ――』
研究過程において、幾度も繰り返してきた長々とした詠唱。
術式展開のイメージを頭に描きながら、反復練習によって暗記した起動の呪文を淀みなく唱えていく。
『――自然に育まれし力を束ね、今こそ因果を歪めん――』
術式に用いる呪文自体は、召喚の儀や帰還の儀に用いる呪文をアレンジしたものなので、思っていたよりは容易に暗唱出来るようになった。
更に言ってしまうと、展開に用いる魔法円に刻まれた記号や文字の配置なども、概ね召喚の儀式魔術を模倣したものだったりする。
そう、儀式魔術の傍流として、時空転移魔術を運用する――それが僕達庶務二課と王宮魔術師との共同研究を通じて辿り着いた結論だった。
難解且つ精緻に組み合わされた英雄召喚の儀式魔術は、もはや手の施しようがない程まで完成された、まさしく【魔法】だったのだ。
『――混沌の果て、黄金の底……拡散されし全を、この一に委ね――』
概ね儀式魔術を流用したとはいえ、この術式が果てしなく難しい事に変わりはなかった。
魔法円の中に描く記号や文字の内容や配置、術式の発動や展開を補助する為の小さな魔法円の同時展開など、難しいポイントは枚挙に暇がない。
とりわけ発動に費やす魔力の量が尋常ではなく、今発動させようとしてるこの床に刻まれた巨大な魔法円には、約半年以上も前から僕達庶務二課や協力してくれた十名ほどのの王宮魔術師達が、毎日コツコツと注ぎ続けてきた魔力が溜め込まれていた。
『――我らも届かぬ未知なる域へ、既知なる力を以て今かの者たちを導かん!』
帰還の儀に用いる魔力量と大差ないんじゃないか。数日前にとある魔術師が苦笑交じりにそんなボヤきを零していたっけ。
もしその言葉が真実なら……成功した暁には、魔王達をこの世界から追い出せる!
『――ラスツィエ・ヅェルト・カタスタラフィア!』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます