Stopping invation
「さてと、そろそろ始めようか」
宿題を一通り終えたところで、椅子の上で伸びをしながら自らに向けて宣言する。
睡眠の方だって、夕飯を食べ後に三時間近く確保出来た。欲を言えば、もう一時間ほどベッドで横になりたいのだけど。
「休みたいなら、まずは
今夜も今夜とて、階下から男女の怒鳴り合う声が聞こえてくる。
いつからだったっけ、夫婦喧嘩を騒がしいBGMとして聞き流せるようになったのは。
剣呑とした空気から逃げるように、二階にある自室の窓から外に出る。窓下にある瓦屋根を足場にして、そこから地面にジャンプ。これが異世界に転生する以前から重宝している、僕専用の秘密の抜け穴だ。
午前二時過ぎの無人の街並みを駆け抜けていく。節約の為魔力も借りていないので、純粋なまでに温まる一方の肌にとって、冷たい夜風がこの上なく心地よい。
迷う事無く、真っ直ぐに走り続ける。既に目的地は一箇所と決めていた。
「スライミーの習性からして、転移門から遠く離れたりはしないハズ」
魔物は一度決めた縄張りから離れたりはしない――魔物に関する基礎知識は、異世界でとうに履修済みだ。
もっとも魔物のレベルが高くなればなるほど縄張りの範囲も広くなるし、ある程度知性も高くなれば縄張りを捨てて移動する事もあったりするけど、昨晩の襲い方を見る限り、その心配も杞憂だろう。
『――
商店街付近まで来たところで、索敵魔術を発動させる。
特訓と睡眠のおかげもあって魔力の貯蔵は十分なので、昨日よりは多めに用いて、潜伏している魔物、ひいては
「……よし、見つけた」
手応えあり。思わず小さくガッツポーズしてしまったけど、すぐに頭を振って気を引き締め直す。
反応があった地点は、南北に数百メートル続くアーケードの北端部――ちょうど不況の煽りを受けて相次いで店じまい・撤退してしまった、いわばシャッター街と呼ばれる一帯だ。
「確かあの一帯って、日中から人通りが少ないかったよね」
おまけに暗いし不気味だし。いずれにせよ、転移門を置くにはお誂え向きである事には違いない。
分析もそこそこに、シャッター街の中心部まで走って向かってみると、件の転移門はあっさりと見つかってしまった。
「あったよ……本当に……」
降ろしたきり手入れがされていないのか、すっかり錆びきってしまったあるお店のシャッター。
不良達の手によって描かれたと思しきスプレーの落書きの数々に紛れ込むような形で、ソレはシャッターの中心に堂々と佇んでいた。
大きさ的に、子ども一人が通れる程のミニサイズ。それでも、低レベル帯の魔物が通るには十分すぎる程ではある。
傍から見れば教会などで見かける木製の玄関扉と何ら変わりない。しかし普通の扉と違って、転移門には外枠の木にしっかりと刻まれているものがあって。
「間違いない、オムリアの文字だ……」
それは転生先の世界で四苦八苦しながら読み書き出来るようになった言語だった。
王宮の図書館に残された書物を読めるようにする為に、後方支援部隊での活動報告を書き残せるようにする為に。
英雄として対魔王軍の前線に立ち続けていたら、まず覚える事もなかった文字たち。自業自得とはいえ、元の世界に戻ってからも対峙する事になるとは。
「読んでて楽しい文章なら、まだ気も滅入らずに済むんだけどな」
当然ながら扉の外枠に刻まれた文字列に、そんなユニークさやウィットさなどは微塵も富んでおらず。
外枠いっぱいに記されていたのは、研究を通じて諳んじられる程になるまで見知った、紛うことなき転移呪文の詠唱文。それも単なる転移呪文ではなく。
「特定の次元点まで転移先を絞った、次元転移呪文……」
もし仮に、本当に魔術を発動させた結果、ここまで転移門を繋げたとしたら。
そんな芸当な可能な
「……って、思考に費やすのは後回しかな」
背後からにじり寄ってくる複数の薄ら寒い気配に、すぐさま思考を切り替える。
索敵の魔術を使った際に、既に魔物が近くを徘徊している事は把握していた。
確認出来たのは全部で四体。そして察知したシルエットから、どの魔物かまで概ね見当は付いている。
まず二体はスライミーで間違いない。そして残り二体は、小太りな二足歩行の魔物。
「ゴブリン……いや、あっちではゴブールって呼んでたっけ」
どちらも僕がまだ英雄候補でいた頃によく戦闘訓練で相見えた相手ばかり。
あくまでシルエットまでしか判別出来ない以上、同じ魔物でもよりタチの悪い強力な亜種である可能性も否定は出来ない。
しかし徘徊する範囲がこの転移者周辺に留まっている様子からも、その可能性は低いと見ていいだろう。
ならば早々に排除して、勢いそのままに転移門を破壊するまで……なんだけど。
「この時間なら人の気配も感じられないし……うん」
今後の事も見据えて、ここで敢えて試してみようかな。
僕なりの、対魔物の戦闘の
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