侵食される僕の日常
七時間目――本日最後の授業の終わりを告げるチャイムが鳴るや否や、静けさに満ちていた教室内が一転して賑やかさを取り戻す。
周りの慌ただしげな様子を見るに、大半のクラスメイトがそれぞれの放課後の居場所を見つけたようだ。
「あの、さ……今日も行くよね? 図書室……もしよければ……」
「ゴメン。今日はちょっと用事が入ってるんだ」
せっかくの崎森さんからの誘いに、両手を合わせて謝る。優先するべき事が出来てしまった以上、申し訳ないけど断らざるを得ない。
早速行動に移そうと席を立った、その時。
「瀬名君、ちょっといいかしら?」
またもや井澤さんの言葉に、がら空きだった背中を掴まれてしまった。
「先生がぼやいてたわよ。入部確認書がまだ出てないって」
「あれ? でも期限ってまだ先じゃ……」
「もうとっくにみんな提出してるんですけど? あなた以外」
眼鏡越しに呆れを滲ませた井澤さんの瞳が、僕を捉えて離さない。
しかし驚いた、もうみんな入る部活動決まったんだ。さすが苦難を乗り越えた英雄達、みんな決断力があるなぁ。
(……いや違うか、僕が優柔不断なだけか)
ちなみにこの叡桜館学園、学園の仕組み上、生徒全員が何かしらの部活動ないしは委員会への関与がほぼ必須となっている。
というのも、卒業に必要な必修単位として課外活動というものが設定されており、『部活動または委員会活動を通じて、学園の代表として学園外で貢献』しなければならなくなっているのだ。
「崎森さんも入る決まったの?」
「うん、文芸部に」
「私だって入ったわよ。色々と忙しいのに」
「あ、あの……井澤さんは、何部に……」
「とにかく早く決めなさい。これは命令でなく忠告よ」
舌っ足らずな崎森さんの質問が終わるより早く、井澤さんは足早に教室を去ってしまった。
しかし部活動、か……今の状況にマッチする部なんてあるのだろうか。
「よし、この辺なら問題なさそうだね」
いつもの帰り道から外れて、やってきた場所は一級河川である荒右川の河川敷。
数十メートルはあるだろう広い川幅に架けられた鉄橋下のところで、僕はカバンを下ろした。帰路についた人々を乗せた電車が、僕の真上を騒がしく駆け抜けていく。
この一帯はちょうど車や歩行者が渡れる二つの大橋の中間にあり、また河川敷の遊歩道の工事の準備が始まった関係で、最近は比較的人通りが少ない。
以前はホームレスの方々が集まって生活する溜まり場にもなっていたが、こちらも既に市役所の人によって完全に撤去されている。
つまり広い場所でありながら、ほとんど人に見られる心配がない――僕の知る限りでそれらの希望が一番適っている場所がここなのだ。
「周りに人の気配なし、と」
それでも細心の注意を払うに越した事はない。この元の世界で異世界の魔術を使う姿なんて、出来る事なら誰にも見られたくない。
「ましてやクラスのみんなには、絶対に……」
英雄達の足を散々引っ張り続けてきたばかりの僕と違って、死と隣り合わせの日々を過ごしてきたみんなには、元の平和な日々を謳歌して欲しいんだ。
「引き起こした行動のツケは、僕自身で払わないと」
言い聞かせるように呟いてから、空気中に散らばったエーテルをかき集めたエーテルを用いて、魔術の名を唱える。
『――
魔物がこの地にも現れるようになった以上、一刻も早くこの世界における対処能力を身につけなければならない。
魔物を倒す戦闘能力は言うに及ばず、魔物の出現箇所となる転移門の探索能力、一般市民への被害を食い止める抑止能力など、こなすべき宿題は枚挙に暇がない。
考えれば考えるほどしんどい。けれども、これも僕が選んだ道。
やると決めた以上、挫ける事なく、真正面から取り組んでいくしかない。
「はぁ、はぁ……安定するまでは、この特訓も続けないとかな」
一時間近く費やして、魔力運用の効率化の特訓と、今後の戦闘で使えるようになっておきたい魔術の練習を行った。
もっと試したい事もあったけれど、この後の探索の事を考えたら、一旦身体を休めておきたい。
「最低限のコツは、ひとまず掴めた……のかな?」
手応えは感じられたものの、果たしてそれが実践で通用するかは未知数。
この前向きな感触が本物である事を願わずにはいられなかった。
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