The bigining
冷たい北寄りの風が鋭く肌を刺す。さっきまで暗がりだった空も紫から橙へと、その明るみを滲ませようとしていた。
あのオムリアの魔物との
あれから商店街周辺を中心に散策したものの、結局他の魔物との遭遇は叶わなかった。
もっとも遭遇しないに越した事はない。それでも今夜、現実問題として一体の魔物と遭遇し戦ったという事実は変わらない。
「たまたま流れ着いただけ、なのかな?」
夜明け前の無人の公園、そのブランコに揺られながら、小さく頭を横に振る。
いや違う。僕らが関わったオムリアの魔物が、ここまでピンポイントに辿り着く事なんて、とても偶然には思えない。
そもそも異世界召喚などを含めて次元間移動を行う際は、移動する対象に必ず様々な補正の術がかけられる。魔法円の記述なり対象者への詠唱なりで予め施しておかないと、移動中の負荷によって肉体や精神が変質が変化してしまい、最悪の場合耐えきれず消滅してしまう事もあり得るからだ。
スライミーなどの低レベル帯の魔物に、自らに補正の術をかける能力などは備わっていなかったハズ。
「となると、何者かが放流したって事?」
目的地がこの座標で合っているのか、確かめる為に……そう考えた方が、まだしっくりと来る。
仮にもしそうだとしたら、真っ先に取るべき行動は一つ。
「一刻も早く探さないと……
ブランコに腰掛けたまま、すっと目を閉じる。同時に皮膚の毛穴一つ一つを微小な吸込口だと思い込みながら、大気中に漂っている目には見えないエーテルを掻き集めるイメージを働かせる。これが庶務二課の面々のアドバイスを下に編み出した、僕なりの最適な魔力の集め方。
そして収斂させた未定物質を、自分がイメージした物質へと変換・具現化させていく。
『……僕にしか見えぬ
ちなみに今僕が試そうとしているのは、周辺までに魔力を伴った存在がいないかを探知する、いわば索敵用の補助魔術。
異世界(オムリア)にいた頃は、僕をもってしても周辺一キロ近くまでの探知が出来たけれども。
「やっぱりダメだ……公園周辺までが精一杯みたい」
発達したこの世界の文明下では、既に多数のエーテルが電気やガスなどの物質変換に費やされている。それはすなわち、魔術が容易に使えない環境である事に他ならない。
元の世界に帰還した翌日から始めた特訓を通じて、今のところ唯一確信をもって言える結論だった。
「魔力の蓄積方法や運用の効率化も、本気で考えていかないと……」
三年近くにも及ぶ異世界生活を通して、ついに戦闘に役立つような高等魔術を扱えるようにはならなかった。
その代わり、魔術理論の基礎は徹底的に学ぶ事が出来た。閑職に追いやられた事で生まれた有り余った時間で、同僚からアドバイスを貰えただけでなく、王宮の図書館に眠っていた本を読み耽る事が出来たからだ。
幸い何度も繰り返し読んでいた魔術理論の本の中に、そういった魔力制御の方法も事細かに記されてあった。今夜の特訓からでもその辺りの知識も掘り返しつつ、色々と調整していこう。
カラスの鳴き声につられて空を見上げる。日の出の時間が迫っているのだろう、東の空が煌々と鮮やかに染まり出していた。
これまでは空が暗いうちに自宅に戻って、軽く仮眠をとるようにしてきたのに。
「眠れない日々が続きそうだね、これからは……」
覚悟はしていたし、後悔もしていない。
とはいえ、ちょっとしんどい日々になりそうだな。
胸の内でぼやきながら、出かけた欠伸を噛み殺す。
始まりを告げる朝日は、すぐそこまで迫っていた。
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