Flashback 1

 土壁に囲まれたあの空間の黴臭い匂いを、僕は今でも鮮明に憶えている。


 綺羅びやかに装飾された王宮の本殿から歩く事数分。可愛げな鳥の鳴き声と高々と生い茂った木々とに囲まれた中に、その建物があった。

 森に溶け込ませる為であろう緑を基調とした迷彩を施された、小さな掘っ立て小屋めいた建物。しかしそれもまた一種のカモフラージュで、小屋の中に入ると王宮側が刻んだ魔紋によって照会がかけられ、認証されると同時に床から地下空間へ繋がる階段が姿を表す仕組みとなっていた。


『後方支援部隊・庶務二課』――それが零落者となった僕の転属先の名称だった。


 ここに割り振られる仕事は、主に二つ。

 まず一つは、庶務の名の通りの後方支援部隊で働く人々にまつわる様々な事務活動。とはいえ、その大半はメインの庶務一課で片付けられ、二課(サブ)に属する僕は一課(メイン)から零れた数分程度で片付く作業を与えられるだけだった。

 もう一つは、王宮魔術師が進めていた魔術の解析・研究の補助。字面だけなぞって見れば大層な仕事に見えるけど、実際は推進主である王宮魔術師達だけでほぼ全てが賄えきれていた。

 働く部屋だって、地下空間でも一番端の小部屋。となれば、仕事を共にする面々がどのような人達だって、容易に想像が付く。

 能力喪失、協調性欠如、その他諸々の事情によって、戦いの一線から戦力外通告された落ちこぼれ達が追いやられる、吹き溜まりの場――それが庶務二課という場所だった。


 けれども、落ちこぼれの烙印を押されてしまった僕や崎守さんにとって、この場所は実に居心地のいい場所だった。

 最初こそ誰一人仕事をしていないその自由奔放な部屋の光景に驚き、個性豊かな二課で働く六名の王宮魔術師に戸惑いも覚えたけれども、それも時間が解決してくれた。

 だってこの部屋の面々だけは、出会った当初から僕達と同じ目線の高さで接してくれたから。召喚された英雄候補という色眼鏡をかける事なく、一人の人間として見てくれいると、程なくしてわかったから。

 だからこそ、共に肩を並べて仕事を全うした。そして有り余った時間でもって、本来なら知り得なかったハズの、あの世界の様々な面を見聞きすることが出来たのだと思う。


 そしてその中で、僕は再び魔術の勉強を一から学び直した。

 クラスメイト達と共に学んでいた当初からなかなか発動のコツが掴めず、訓練でも魔術の発動に時間をかけて、結果クラス全体の足を引っ張るばかり。実践などもっての他だった。

 訓練を始めてから三ヶ月程経って、他の生徒達の成長に追いつく見込みがないと判断したのか、次第に教官も僕に対して魔術関連の訓練に呼ばれなくなっていった。

 今にしてみれば、この時点で僕の異世界における立場はほぼ決まっていたのかもしれない。


 ともあれ、仕事の合間の時間を練って、庶務二課の魔術師達に魔術の基礎を教えてもらう事にしたのだけど。


「いいか、魔術なんてのはな、散らばってんのをスーッと集めて、ギュッとニギニギして、最後パーンと出す。それだけだ」

「なんか教官とか色々呪文とか教えてるけどさ、あんなの飾りよ飾り。大事なのは唱えた時に一番イメージが湧くかどうかよ」


 自由奔放――はぐれ魔術師達の忠言は、その一言に尽きた。訓練の教官から教わるものとは全く違う、マニュアルから逸脱したアドバイスの数々。

 最初こそ頭にクエスチョンマークを浮かべる日々だった。けれども、これまでと違って周りを気にする事なく、自分のペースで黙々と訓練を重ね続けられたのは大きかった。その甲斐もあって、徐々に魔力の生成やコントロールのコツが掴めるようになり、数ヶ月の間で、基本的な魔術は一通り扱えるようになった。


「いいですね、基本的なものだけとはいえ、どの属性の魔術もそつなく展開出来るのは」

「とはいえ、これといって重宝されるような魔術が使えないんじゃねぇ」

「どのみち器用貧乏じゃ、ここじゃ役立たずと一緒だ。くれぐれも図に乗ったりすんなよ」


 返ってきた先生方の評価は実に手厳しいものだった。

 でも、その緩んだ口調と向けられた微笑みに、胸が熱くなったのを今でも覚えている。

 だから、心に誓ったのだ――このチームでの仕事を全うしようと。

 そして、ここから元の世界に戻る為の手助けが出来ないか考えていこうと。

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